第51話「魔王軍の人道とは?」

 ───勇者を殺す気はないかの?


 唐突に切り出した魔王。

 クラムとしては思いがけない……。

 そして、願ってもない話だ。


 もちろん、手助けをしてやると言われたわけではない。

 だが……!!


「もち───」


 いや──……。まて、今はがっつく・・・・な! まず話を聞こう。


「戦争をしているうえで、こういうことを言うと偽善臭く聞こえるじゃろうが……」


 魔王は、一度そこで言葉を切ると、

「ワシらの組織は『人道』を重んじておる───ゆえに強制はせんし……できん」


 ましてや、一度命を救った身じゃしのー──と続ける、


「命を?」

「何じゃ? 知らんのか?」


 …………は? 何を?


「お主……。ちょっと前まで、死にかけとったぞ」

 そういって、クリッと首をかしげる魔王。


「え゛……」


 ま、マジか?


 魔王はクラムのベッドの傍らにある紙挟みを取ると、ペラペラとめくり始める……。


 っていうか、凄い紙だな……?!

 真っ白で、高級品っぽい。


「内臓破裂多数……骨折23か所、頭がい陥没、火傷、切創、打撲、捻挫、脱臼、水虫、インキン、……etc」


 ペーラペラと得意げにしゃべる魔王に、クラムは青ざめたり赤くなったりと忙しい。


 いや、インキンて───。


「ま。治療はしておいた、あとは2、3日寝とれば大丈夫じゃ」


 は?

 2、3日って……オマッ。

 ……な、内臓破裂に骨折だぞ!?


 しかし、魔王を見るに嘘でも冗談でもなさそうだ。

 実際にあの戦場の最中……今のように五体満足でいられるはずもない。


 だが、現状としてクラムは殆ど無傷に近い───。


 すごい技術力だな……。

 魔法にしても、ここまで効果のあるものは聞いたことがない。


「魔王軍……す、凄いんですね」

 急に敬語になるクラム。


 だって命を救われ、インキン治療までしてもらって、タメ口を利けるほど図太くはない。


「急に口調を変えるな。……気持ち悪いぞ」

 シッシッ、と手で追い払うようなしぐさ。

 魔王軍トップの発言にしては軽い。


「しかし……」

「よい、よい。気にするな。それよりも、」


 話を続けるぞ? と魔王は言う。


「はい……ぁ、ああ」

 口調を変えるな、と睨む魔王に従って砕けた口調に戻すクラム。


「で、だ。──お主勇者を殺したくはないか?」

「殺したい」


 ……あ、がっついちゃった。


「そ、即答じゃの」

 そりゃあ、そのためにここにいるようなものだしな。


 それよりも……。


「──────できるのか?」


 勇者の死と復活をの当たりにしたクラムは、当然ながら疑問顔だ。


 この驚異的な技術や、ドラゴンという戦力を目の当たりにしても、……あの不死身の化け物に勝てる気はしなかった。


「できる───と、言いたいが、今のところ不可能じゃな。……せいぜい、無力化まではできるだろうが」

 腕を組んでムン! と鼻息荒く唸る魔王。

「あれは正真正銘の化け物じゃ……」

 さも恐ろしいと、首をふる。


 そして、まるで学校の教師のようにペラペラと語りだした───。


 『勇者』といっても、いくつかのタイプはあるのじゃが、あれはαアルファ個体と言って、


 ウンタラカンタラ…………。

 ちんぷんかんぷん…………。


「あー、話長くなる?」

 ぶっちゃけ半分も理解できません。


「む? まだ触りじゃが?」


 いや、ゴメン。無理! そんなにいっぺんに理解できないから!


「ふ~む? エルフで聡明じゃと聞いておるがの?」

 箱を取り出し、何かを確認している。


「エルフが賢いってのはどうなんだ?」

 ポヤンと、シャラの顔が浮かんだ。


「エルフは長命じゃろ? なら、知識もたくさんありそうじゃが……、違うのか?」


「……まぁ、世渡りはうまいのかもな」


 テンガに取り入ったシャラを思うと、そうとしか考えられない。

 義母さんだった頃・・・・・・・・のシャラからはそれほど聡明さを感じなかったが……実際はどうなんだろうな。


 披露する場がなかっただけで、かなり賢かったのかもしれない。


「エルフも、色々さ。……魔王軍にはいないのか?」

「おらんよ? 知っているエルフも───。うぅむ、一人だけじゃしの」


 ……意外だな。

 これほどの技術と組織だ。


 エルフの知恵があったものとばかり。

 ───あー、俺も無条件にエルフ=賢いとか考えてるな。


「そうか。俺の知ってるエルフは、……まぁ、要領がいい人だよ」


 そうだろ?

 ……義母さん。


「フム?…………まあよい。で、だ」

 そろそろ本題に行くかの、と──魔王。


「勇者を殺すための装備がある。それを見せよう」


 そのほうが早いと言う。


「そんなものが?」


 奴の持つ宝剣の様なものか?


 ただの鍛冶屋見習いで、囚人兵だった俺に扱えるとは思えないが、


「うむ……少なくとも、正面から戦えるはずじゃ」


 「殺せるかは別じゃがの……」と、付け加える魔王。

 確かに不死身の相手に、殺すのは不可能というものか。


「ま、体を治してからじゃな。後日また来るからの? 覚悟はしておけよ……。生半なまなかの方法では、使いこなせんし、」


 そこで言葉を区切ると、


「──ある意味……お主にしか使えんじゃろうな」


 ………?


「それはどういう意味だ?」

「……物を見てから話そう」

 じゃから、まずは体を治せ──と、魔王はいたわった。


 クラムからすれば、今すぐにでもその方法が欲しいのだが、


「言っておくが……断ってもええぞ? これでも人道主義で、自由意志を尊重するのが我々のモットーじゃからの」


 カカカカカ! と、笑いのける魔王を見て、なんとなく並の手段ではないことだけは察せられた。


 クラムにしか扱えないという───それ。


 一体なんだ?


「では、また後日な……今はゆっくりと考えるがいい」


 そういうと魔王は去っていった。

 キュムキュム……。という独特の足音が去っていく。





「考えろと言ってもな───」





 まずもって方法が分からないし、そもそも、結論はとっくに出ている。


 ドサッとベッドに体を預けると、天井を見上げた───。


 本当に恐ろしいほどに白だ。

 シミ一つない。





 そのさまが、恐ろしい魔王軍というそれを完全に払拭ふっしょくしていた。





 魔王───か。





 ──……「おとーたま」


「ッッ!!」


 不意にルゥナの声が聞こえた気がして、凄まじく心がザワついた。


 疲れてはいたが、とても眠れそうにない。

 眠れ……そ、




 ……………………ぐぅ───。

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