第50話「知らない天井」

「思い出したか?」


 ベッドで横になっているクラムに話しかけるのは、ルゥナ───……ではなく魔王。


「あぁ……」

 勢いとは言え、クラムは魔王軍に投降した。

 いや……違うな。自らの意思で、の軍門にくだったのだ。


 それもこれも『勇者』を殺すために!!


「で、じゃ……。ここ最近のお主の記録は、確かにあった。お主の言う通り『勇者』の寝所番でもあったようじゃな」


 また、あの小さな箱をせわしなく触っている。


「あぁ。嘘は言っていない」

 寝所番であったことが、どうして捕虜にするという案件に関連しているか知れないが。


「うむ。それは調べがついた故、もうよい」

 スススっと箱に指を滑らせつつ、

「治療も兼ねて、既にサンプルも採取させてもらった。……酷い扱いを受けたようじゃな。他人の血液以外にも───確かにαアルファ個体……『勇者』の尿に、体液が付着していた」


 少女の姿で、淡々とクラムの有り様を述べる。


「ま、主に微粒子じゃがな。犬なら嗅ぎ分けられる程度には接触もあったようじゃが?」


 ……接触。


「勇者のことか?」

「うむ」


 あれを接触と言っていいのか───まぁ、痛めつけられたり、唾をかけられたりしたことならある。


 最後の晩には、ションベンをかけられ、シャラ達との絡みの際には、…………体液も付けられた(第8話「旧国境会戦」参照)。


 なるほど、確かに接触とも言えなくもない。


「あれだけでは、十分なサンプルとは言えんが……。ま、対策を立ててることはできる」

 そこで、ジッとクラムを見つめる魔王。

「対策?」

「むろん。……対『勇者』のじゃ」


 な………?!


勇者あの化け物を倒すのか!?」


 体がきしむのもいとわずに、身を乗り出すクラム。


「カッカッカッ!……そりゃあ、儂らは魔王軍ゆえな? 儂らを止めるか?」

「それはない」

 間髪入れずに帰すクラムに──「ん?」と顔に疑問符ハテナを浮かべる魔王。


「勇者はお主らにとっては英雄じゃろ?」


 ………………あれが英雄?


「ふん。控えめに言ってもクズ野郎さ」


 ……これだけは事実。


「ふむ? 何やら事情があるようじゃの?」


 は!

 ……聞いて驚くなよ?


 ───クラムは会って間もない魔王に事情を説明した。

 極力、客観的になるように心掛けたが、憎しみがにじみ出てどうしても主観が交じるものの、身に起こった全てを話した。


 なぜ、魔王に身の上話をしているのかわからなかったが、ルゥナの姿をした魔王になら話していいと───そう思えたのだ。


 話終えると、魔王は神妙な顔つきで

「なんと………………」


 「むぅ……」と、眉間にしわを寄せて難しい顔をする魔王に、クラムは肩をすくめた。


 もちろん、話の内容には所々支離滅裂な部分もあったかもしれない。

 それは、自分の視点だけで話しているので、裏事情や多少の感情も含まれているためだろうが……。少なくとも、嘘はついていない。


 まったく関係ないところは端折はしょっているし、元盗賊の囚人兵たちや、『教官』………近衛兵団長のイッパや、裁判長のモチベェらのことまで話しても仕方がないだろうからな。


 いずれは話すことになるだろうが、今は『勇者』のことだ。


 そして、シャラ達のこと───。


 家族………リズと、シャラ達ハレムの女のこと、そして勇者テンガとの確執かくしつだけをなるべく、淡々と話したつもりだ。


 そうでもなければ怒りで、我知らずと叫びだしそうになるのだ。



「勇者の女癖の悪さは───まぁ、昔からあるものだが。いやはや……その犠牲となる夫や子の話は、さすがに身に詰まされるのー」


 うんうん……。と、しみじみ頷く魔王。


 見た目が少女ゆえ(魔王曰く認識疎外の魔法らしいが……)、年寄り臭いしぐさが物凄くアンバランスで───どこか微笑ましい。


 ルゥナと同じ見た目だというのも、クラムをしてすんなりと心を許してしまいそうだ。


 ルゥナか……──。


 魔王のその姿に、少しだけ頬が弛む。


「何がおかしい?」

 苦笑いをしているクラムに気づいて、魔王がまた眉間にしわを寄せる。


「いや。見た目とのギャップが……ね」


 「あー……」とあきれた声を出す魔王。


「どう見えておるのかしらんが、多分、全然違うからな?」

 見た目ほど若くはないという魔王。


 そうは言うけどな。

 少女の──ルゥナの姿で言われてもね。


「まぁいい」


 そこで、話を切る魔王。


「所で、儂は雑談するためにここに来たのではない、」

 こう見えても忙しいのだよ、と。

「あ、あぁ? 他に何かあるのか?」


 クラムからすれば、魔王軍については知りたい事だらけだ。


 あわよくばその軍に入り、勇者を殺す機会を得たいとすら考えている。

 その機会ともいえる魔王軍のトップ。

 まさにその『魔王』が目の前にいるのだ。


 がっつく・・・・わけにはいかないが、何かこう……組織に食い込む手掛かりが欲しいとは考え始めていた。


「お主と話してわかったのだが……、」

 一応の提案・・・・・じゃがのーと、区切る魔王は言う───。





「───勇者を殺す気はないかのぉ?」




 願ってもない話が向こうから舞い込んできた───。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る