第49話「それは人ならざる……」

 援護!

「───ッぇぇぇえええ!」


 パパパパッパパパパパパパパパパッパパパパパパパン!!!


 連続する破裂音の先がテンガに集中する。


「うがぁぁぁ!」

 ここで、初めてテンガがうめき声をあげた!

 あのテンガが、だ!


「いってぇぇえぇぇ!」


 ゴロゴロと、突撃コースを外れて転がるも、


「続けろ! あれぐらいで殺せたら苦労はない! 撃て撃てぇ!」


 パンパンパンパパパパパパッパパパ!

 ───パァン!


「弾切れです!」「右に同じ」


 一斉に黒い塊を投げ捨てる魔王軍。

 しかし、期待に満ちた目を魔王軍の指揮官格に集中させると、

「班長! 今ですッ」

「上等ぉぉお!」


 ドカンッッッ!


 痛みにのたうち回るテンガに向けて、白銀に輝く楽器のような武器が打ち鳴らされる。


「ぎゃやああああ!!」


 ドカンッ……ドカンドカン! ドカンッドカン!


「どうだ!?」

 

 連続する巨大な破裂音に、クラムの心臓がギュゥ、と縮こまる。

 あの破裂音は、生物を畏怖させるものだ。


「ってー……。めっちゃ痛いっての」


 と、

 いつの間にか起き上がって魔王軍の背後にいたテンガが──。


「───お返しだ」


 既に、剣を振り抜いた状態で立ち尽くしていた。


「な、なんで??」


 あぁ?!

 魔王軍のリーダーの体が、ブチブチブチ、と───……。


「あ? これだよ。これ」

 チャプチャプ、と試験管の様な容れ物に入った、赤い液体を軽く振る。


「な……よ、そ───」

 ブチチチチ……と、縦に半分に割けていく魔王軍のリーダーは驚愕の表情のまま、ドザ……ベチャ、と───倒れ割けた。


「あ?! あー! しまった! 銃も半分にしちまった……。あーくそ」


 ヒョイっと拾い上げた銀色の塊を惜し気に見ていたが、


「しゃーなし。じゃー、あとはお前らな? はい………………死刑ぇ!」


『ッ───全員伏せい!!』


 魔王軍の指揮官の男が切り裂かれたのを見て、沈痛そうな表情を浮かべていた少女が、ハッとした顔で魔王軍にげきを飛ばす。



「っっ! 伏せろ! 対ショック姿勢!!」



 ゴォォォォォォォォォォオオオオ!


 轟く爆音の向こう側にドラゴンが二機。

 そいつらが、クルクルと周りながら互いに交差したかと思うと───。


 ポロポロと何か糞のようなものを腹から投げ落とした。


「ふっっざけん───」


 テンガが顔をひきつらせて、腕で全身を庇った。


 そして、糞のようなもの───もといドラコンの吐息ブレスがついにテンガに着弾した!


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!

 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!





 ブワァァァっ!! と、ものすごい熱風が吹き寄せ、クラムの肌をチリチリと焼く。


 これは───さっきのドラゴンと同じ!?


 やはり、ドラゴンブレスなのか……?!


 クラムの目の前で花咲いたそれは───それは、無慈悲な一撃で、そいつが直撃したテンガは、跡形もない。


 ブレスの命中した爆心地は火山の火口のような有様ありさまで……、テンガは間違いなく死んでいるだろう。


 そして、至近距離にいた魔王軍も無事ではなかったらしい。

 全員がヨロヨロと頼りない足取りだ。


 いや、そんなことよりも───!


 リズを……!

 俺の大事な最後の家族をッ!!

 

 『教官』に痛めつけられた体にムチ打ち、奴を追いかけようとするが───当然、その姿はどこにもない。


 だが、目を凝らせば遠くを駆ける騎馬が数騎───。


「あぁ……」


 あぁぁあぁぁ…………!!




 あああああああああああああああ!!!!




 リズ……。


「リぃぃぃぃぃぃっぃぃぃぃぃぃズ!!!」


 リーーーーーーーーーーーーズ!!



 また。

 また奪われた……!


 また!!

 まただ!!!



 テンガ……!

 勇者テンガぁ……!!


 そして、

 この世界がぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!

 また、俺から家族を奪った!!!


 なんでだ!

 なんでだ!


「なんでだぁぁぁぁ!!!」


 くそぉぉお!!


 今度は……。

 今度はきっと帰ってこない……!


 リズは、今まで勇者に半ば無視されたような存在だったかもしれないが───。

 テンガに目を付けられろ『教官』が直々に奪っていったのだ。


 再び、クラムのところに帰る可能性なんて……もう、ない。


 もはや望みはゼロだ。


 せめてもの救いは───テンガにもてあそばれないくらいだろうか。



 そうとも、テンガは死んだ………。


 この目で見た。


 ──ブレスに焼かれて、溶けて消えた。

 ざまぁみろだ!


『───警戒をげんにせよ……! やはりαアルファ個体だ。時間の猶予ゆうよは、さほどないぞ』

了解コピー!」


(……まだいたのか?)


 魔王軍の兵が引き返してきたらしく、何かを探している。


『───細胞の採取は無理でも………なんでもいい。奴の遺留品を探せ、データを解析する』

「遺留品っていうんですかね?」


 ザッザッザ……。


「所長。……職員の遺体回収はいかが致しますか?」


『うむ。現地軍に依頼した。これ以上職員の損害は出せん』

了解コピー


 ザッザッザ……。


『警報?! む……! もう、か……!?』


 空に浮かぶ少女の像が視線を動かし一点を見つめる。


 ザッザッザ……!

 その間にも魔王軍の兵が近づいてくる。



 リズを失い……。

 家族を奪われ……。


 誰も救いのない中で、クラムは何もかも諦めようとしていた。

 伏していた体を起こし、座り込む。


 死んだふりをすれば魔王軍もやり過ごせるかもしれないが………もはやどうでもいい、とさえ───。


 なによりも、テンガは死んだ。

 それでも、ちっとも心は晴れなかったものの、喪失感の様なものがぽっかりとある。


『くっ、組織再生率……10、15……な、は、早い! 早すぎるぞ!?』

「じょ、冗談きついぜ……!」


『───勇者が復活するぞ! 退却せよ!』

「しかし! 今、退さがっては犠牲が無駄に!」


『諦めろ! 情報が取れただけでも良い! 勇者を一時的にでも、行動不能にしただけでも良しとせい!』

「せめて奴の女なり、護衛を捕らえなければ! 接触があった人間なら、僅かでも組織がとれます」


『そんな時間はない! 急げッ』


 何か、ごちゃごちゃと言い合い押している魔王軍だが、いま聞き捨てならないことを言ったな?



 言ったよなぁぁあ!?



「勇者が復活…………?」


 ポツリとこぼすクラムに、

「誰だ!」


 ジャキっと金属の棒を構えた魔王軍の兵が言う。


「───敵性、生存者! 敵の優良部隊ではないですが……」


 ジリジリと、クラムと距離を取り警戒した目でこちらを見ている。

 彼の目は黒く、肌は黄色───人間だ。

 どう見ても、普通の人間……。


 これが魔族?


『ほおっておけ。後始末は現地軍がやる』

「奴の護衛では? 捕らえる価値は……」


 耳に手を当て、箱のようなものを操作しつつ少女と会話しているらしい男。


 どういう技術か知らないが、魔族の魔法だろうか?

 空に浮いた少女の像といい、随分と技術が進んでいる。


『どう見ても、2線級部隊の兵じゃろが。護衛であるはずがない───』


了解コピー


 この進んだ技術。

 『勇者』に対抗する組織───。


 そして、魔王軍……………。


「勇者が復活って……言ったよな?」


 一瞬、魔王軍の兵がピタリと足を止める。

 答える義務などないのだろうが、彼は律儀りちぎな男だったようだ。


「見ろよ。お前らの英雄は……バケモノさ」

 吐き捨てるように言うその先で───ジュウゥゥ……ブクブクブク! と、ドラゴンのブレスの余波で、いまだ溶けて流れる大地の最中さなかで人影がユラユラと揺れている。


「『勇者』…………テンガ!?」


 あの影、

 あの形、

 あの体───!


「い、生きてるのか?!」

 もはや、唖然とするほかない。


「……そうさ、バケモノだよ」

 再び魔王軍。

 彼の嫌悪がまざまざと理解できる。


 そして、クラムの中にも、ふつふつと沸き起こる……殺意───。


 バケモノが……俺の家族を……!?


 生き返って、また義母さんやネリスやミナ……そしてリズを!?


 ここにきて、怒りが頂上を突き破り、疲労と、絶望と、恐怖により───クラムの意識が朦朧もうろうとし始める。


 『教官』に痛めつけられた傷もただでは済まないものなのだろう。

 露出している肌は妙に赤黒いので、酷く内出血している可能性があった。


 きっと内臓も傷ついているのだろう。


 ぼーっとし始めた意識の中、動き始めた『勇者』を見て───。


αアルファ個体の再構成を確認! 撤収します!」

 慌てた様子の魔王軍の兵。

 

「──れていけ……」

「あん?」


 コイツを殺すには───悪魔に……。


 いや、魔王に───。




 魔王に、魂を売るしかない!




「俺を連れていけ!」

 怒鳴るクラムを訝し気に見る魔王軍の兵。

「俺は……」


『捕虜なぞいらんぞ。奴の護衛なら別だが───』


「俺は勇者の寝所番だ!!」


『───……なん、だと?』


────────────────────

回想おわり!

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