第44話「魔王の名を冠する」

 あ、あれ?




 足が…………………。


 軽い……?!




「あぁ……! あの目障りな足枷は外しておいたぞ?」

 何でもないように言う魔王に驚きを隠せない。


「そ、そんなことをしたら、王国軍に殺される!」


 逃亡兵として捕まればどうなるか。

 ましてや羽より軽い囚人兵の命。


 たしかに、一度は元盗賊の囚人兵と共謀して逃げることも考えてはいたが、それもアテがあっての事。


 こんな訳の分からない状態で、王国軍に捕まりでもしたら……。

 引き渡された時点で、クラムは即処刑されるだろう。


「ん~? 何を心配しとる? 王国軍など居るわけがなかろう」


 くだらないとばかりに首を振る魔王に、

「だ、だけど…………あ、アンタら、ま、魔王軍なんだろ?」


如何いかにも、」

 

 やっぱり……!


「と言いたいところだが……少々違う」

 は?

「いや、だいぶ違う……──」


 え??


「魔王軍じゃ………ない?」

「あー面倒じゃの……、お主らの言うところの魔王軍で間違いないが──ワシらは魔王軍ではない」


「はぁ??」


 意味が分からない。

 魔王軍じゃないなら一体……?


「───魔王軍は、お主等側の勝手な呼称じゃ。ワシらは、」


 ……フフン、と小さな胸をはる魔王。


「Malignant and Oracle Hackers───通称:MAOHまおー、または『魔王』で通っておるな」


「M……何?」

 意味が分からない。


 マオーで魔王なら、やはり魔王軍じゃないか。


「Malignant and Oracle Hackers──じゃ。……偉そうに人の運命を弄ぶ、諸悪の根源を叩きつぶしてやろうという組織じゃよ。……ま、わからんか」


 うん……わからない。


「ふむ……。細かいところを説明しても理解できまい。まぁ、簡単に言えば、巨大な民間資本の研究機関じゃよ──普段はNGOとして、我々サイドの通称は『機構』で通っておる」


 ……ゴメン、全然簡単じゃないです。


「えっと……?」


 更にハテナ顔のクラムに、

「ふむ? クラム・エンバニア───エルフで、魔術に長けた才気あふれる男とあるが?」


 懐から小さな箱を取り出し、指をツツツと動かしながら何かを確認している。


「エルフ?」


 そりゃ、確かに多少ないし血が混じているが───。


「むぅ?……情報の改ざん跡があるの───ふむ??」


 ツツゥーと綺麗でしなやかな指が箱の上を踊っている。

 何をしているのだろう。


「ふーむ……。囚人兵になる前の情報がいい加減じゃのー? まいったな、紙媒体の情報ゆえ、これ以上は追跡調査せんとわからん」


 軽くため息をついた魔王は、未だに警戒している男たちを追い払うと、

 白衣の女性だけを残し、医療処置を続けさせた。


 頭が状況についていけず、しかめっ面のままボンヤリしていると──チクリ! と腕に痛み。


 驚いて見ると、腕に針が……!

 うぉえ!?


「な、なにを!?」


「暴れるな。針が腕の中で折れるぞ」

 そして、やれやれと大きくため息、


「痛み止めと、抗生物質……それに栄養じゃ。お主の生命維持に欠かせぬものじゃよ。しばらく我慢せよ」

 ポテポテと歩み寄ると、クラムの体を押さえつけ無理やりベッドに横たえた。


「本来ならの。我々は現地生物を確保したりはせん。……あー、要するに捕虜など捕らんのだよ」


 捕虜……?


 ほ、

「───捕虜!!」


 ガバリと起き上がるクラムに、白い服の女性が驚いている。

 彼女は腰のベルトから黒い塊を抜こうとしているが、魔王がそれを押しとどめた。


「いい加減落ち着け……」


 お、

「思い出した」


 そうだ。


 なぜ……。

 なぜ───。


 なぜここにいるのか……!!


 なんのために、捕虜になったのか───!

 それも、人類の天敵……『魔族』の捕虜として、だ。


「やれやれ……。記憶障害でも起こしておったのか? 脳波は正常なんじゃがの~」


 ふふふん、と不敵に笑う魔王……──。


 


 そうだ、

 そうだ、


 そうだ!


 俺が魔族の捕虜に───!

 いや、魔族と…………『魔王』と手を組もうと考えたのはッ!






 欲したからだ───。




 あの力を……。


 あの圧倒的なまでの──力!




 近衛兵団を滅却し、『勇者』を滅ぼせる、圧倒的な力をぉぉぉぉぉぉぉ!!

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