第42話「その名は『魔王』」
『困るのぉぉぉ───招かれざる客人よ』
ブゥンと、空気が震えるような音が響く。
すると、まるで空間が割れて、そこに窓でも開いたかのように、綺麗な四角の額縁の様なものが浮かび上がり───少女がそこに映し出される。
突然に、なんの脈絡もなく。
突撃の興奮状態に陥っている重装騎兵隊を除き、この戦場に全ての将兵がポカンと空を見上げた。
ドドドドドドドドドドドド!
ドドドドドドドドドドドドドド!!
まるで空気を読まない重装騎兵隊だったが、それを鬱陶しそうに空から見下ろす少女。
───彼女は言った、
『───まずは、……我が領は土足厳禁じゃ……。
パチンっと、空間に映し出された少女が額縁の中で指を鳴らすと─────チカチカチカッ! と、城壁の一部が輝いた。
その、瞬間。
───ヴァァァァァァッァァァァァァァッァァァァァアアアアアアアアアンン!!!
───ヴァァァァァァッァァァァァァァッァァァァァアアアアアアアアアンン!!!
と、巨大な蜂の羽音の様なものが響いた!
「ひぃ!?」
クラムの頭上を何か圧倒的な質量が駆け抜けていき……突如、人類の軍勢の目の前に真っ赤な花が咲いた。
いや、花ではない。
花なものか───!!
否………、花だ。
真っ赤な、真っ赤な───血の赤い花だ。
赤く、
鮮明で、
生臭い、
人体と、
軍馬と、
英霊と、
暴力と暴力と暴力と暴力が生み出す、理不尽で圧倒的で驚異的な、酷く汚い──真っ赤で、真っ黒な血だ……!!
それが、
───ヴァァァァァァアアアアアアアアアンン、ヴァァァァァァアアアアアアアアアン、ヴァァァァァァアアアアアアアアアンン!!
狂おうしく鳴く獣の咆哮のようなそれは、人々を食らいつくし、赤黒い絨毯を丁寧に、
それはそれは、圧倒的で……。
それはそれは、暴力的で……。
それはそれは、魅力的だった───。
なんと言えばいいのか……こう───掃き清める?
その表現が正しいのかどうかは知らない。
ただ、クラムを───。
生き残った囚人兵をまるで
そうだ、もう……なんていうか、グッチャグチャに──だ。
まるで巨大な圧搾機にでも掛けられたかのように──グチャグチャに潰れた近衛兵団。
強大で、軍の象徴たるべき最強兵力の重装騎兵が壊滅するほどに───
その結果、彼らの大半は──潰れた果実のようなありさまとなり、その場に───。
ブチ撒けられた───……!!!
「うそ…………だろ?」
一体、何が……!?
『まったく。これで少しは話ができるか?』
映し出された少女。その姿は───!
まるで、
ル……。
「
クラムの娘。
そう、行方の知れない………会いたくて会いたくて、会いたくて堪らない存在が、
───そこにいた。
クラムの記憶の中にある姿に、成長していたらこうだろうな──という姿がありありと映し出されており。
愛娘は、空の窓から顔を見せ、クツクツと笑い、美しい声を振りまいている。
あぁ……。
ルゥナ───そこにいたのか……!
しかし、映し出されている少女はクラムには目もくれず、
どうやって話しているのか知らないが、王国軍の指揮官クラスに話しかけているようだ。
そこには、当然『勇者』も含まれる。
「──おいおいおいおいおい? なんだ? 誰だこのワガママボディの美人は!?」
突然の事態に、さすがの勇者も動揺しているのか、捕まえているリズをボトリと、腕からずり落としてしまう。
それに気付くこともなく、
答えを知っていたのは、すかさずリズを取り押さえた『教官』だ。
「───あぁぁ、ま、『魔王』だ……!?」
は?
ま、
まお?
──────魔王ぅ?
……え?
ま、魔王って……? この少女が??
まさか……ルゥナが!?
『ふむ。
フフンと不敵な笑みを浮かべる魔王に、
「ゆ、勇者殿……──『魔王』は認識阻害の技を使います! おそらく、それぞれが見る姿が違うかと───」
コソコソと話しているつもりのようだが、『魔王』には筒抜けのらしく、
『───ほぉ? お主少々は訳知りのようだな? ふむふむ……? ほほぅ……面白い経歴だ』
ツツーと視線を『教官』に飛ばしているらしく、
『なるほどのー……。かなり高位の人物か。よかろう。この場は貴様らを相手に交渉しようかの?』
「交渉だぁぁ!?」
テンガはすぐに調子を取り戻したらしく、
「おい何だこりゃ? SFの
『んー? ほぉう……お主が
フムフムと、
少女は『勇者』を恐れもせずに、
『どぉれ、経歴は……っと。フーム、まるで
下らないとばかりにテンガそのものを笑い飛ばす少女。
いや、『魔王』か。
「───ゆ、『勇者』殿! こ、ここは、」
私に任せて───と、教官は言う。
この場での権力順位。
状況的には、野戦師団の将軍だが、彼が戦死した以上──階級順になるはずだ。
その上でみて、高位のものは王国内でいうと───軍なら、勇者や近衛兵団長のはずだ。
だが、『教官』はそれを差し置いて話をしようという。
「『魔王』よ! 我らは王国軍。人類の代表たる『勇者』を
先の近衛兵団の重装騎兵を一瞬で滅した威力に脅えているのか、『教官』は真っ青になりながら、空に映し出される『魔王』に向かって話す。
『
ゴクリと唾を飲み込む『教官』に対し、
『……貴様ら、失った土地は取り戻したじゃろ? 失地奪還。それでよいではないか? 故に、以後の不可侵を求める』
「不可侵です、か?」
『いかにも──』
ツツと垂れる汗をぬぐいもしない『教官』に対し、
「はははははははっはははははは!!!」
テンガはどうでもいい、とばかりに笑い飛ばした。
「なんだなんだぁぁ!? 戦争吹っ掛けておいて、負けそうになったから、引き分けにしましょうってか?」
バカバカしいとテンガは吐き捨てる。
『はぁ? 負けそうになった? はて……なんのことだろうかの?』
『魔王』は可愛らしげに首をかしげているが、見るものからすれば挑発にも見えるだろう。
「はぁぁん? 手も足も出なくて、ここまで逃げ回ってたじゃねぇかよ……。そんで今日また負けそうになってるだろうが?」
『んーー?? もしかして、国境まで兵を
はぁ、と移しだされる映像越しに、大きなため息───。
『……手加減してやったのじゃろうが? 元々
その声に、見てわかるくらいに『教官』がギクリと体を震わせる。
『あー……。お前らのところでは第一次「北伐」というのか? 人様の領土に踏み入ってきての、無礼千万の行為!』
え……?
北伐って?
それは、魔族の
「歴史の講義なんざ興味はねぇ! 俺はお前を討つのが使命らしいからな。……ヤらせてもらうぜ、ビィィッチ!」
そういって、テンガを『教官』を押しのけると、
「おらぁぁ!
まるで発破でもかけるかのように、残存する近衛兵団の歩兵達に怒鳴り散らす。
同時に、後方で予備待機の各国軍にも呼び掛ける。
「聞けぇぇえ! 『勇者』である、俺が先陣をきる! 魔族領に踏み込むぞぉ!」
宝剣を高らかの掲げると、「宣戦布告だ!」と、すでに攻撃しておいて、今さら宣戦布告もなにもないのだが、
容赦のない一撃を「おらぁぁぁぁ!」とばかりに、さらに追加と城壁に叩きつけた。
その一撃で、まだまだ健在であった城壁がさらに崩れ、魔族側に被害が広がっていく。
そして、
「突撃ぃぃぃぃいい!!」
と、テンガの奴が、本当に先陣を切って走り始めた。
その目にはすでにクラムは映っておらず、『勇者』の使命とでもいうのか……それは『魔王』の首を討たんとする
それに続く近衛兵と、予備部隊。
騎兵の攻撃がなくなり、クラムは圧死の危機こそ
『やれやれ。……徹底的に戦いたい───ということで、いいのじゃな?』
「クドイぜビッチ! 震えて待ってろ! すぐに、ヒィヒィ言わせてやるぜッ」
『下品なガキじゃ……んんッ───機構全職員に次ぐ、
ノラリクラリとした喋りの『魔王』が、急に事務的な口調に移行したかと思うと、
『
……………………。
そして、国境に突撃した王国軍、各国軍の連合部隊は…………。
その日をもって消滅した。
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