第41話「彼の者───」



 ───クラムは聞いていた。


 主にリズの身の安全のためだが、キャンプ地ではワザと監視の傍で宿営していた。

 その介もあって、監視たちの雑談もよく耳に入った。


 その中で聞いたふざけた話の一つに……『勇者』の戦い方というものがあった。


 一騎当千。

 最強の戦士。


 その勇者が───。

 並の兵など意にも介せぬ勇者が、何故、最初から戦場に立たないのか……?


 初めから『勇者』が戦場で立ち振る舞えば、軍の先駆けなど必要ないのでは───というもの。


 では、何故───初めから勇者は戦わないのか?


 監視ども曰く、理由は簡単。

 嘘か本当か知らねども。



 ピンチに颯爽さっそうと登場する───あるいは、戦いの決着のつく場面の一番カッコイイ場面に登場したいというものだ、と……。


 

 雑談していた監視の兵は、「そんなわけねぇよなー」とゲラゲラ笑っていたが、クラムはわかった。


 わかりすぎた───。

 あの、テンガなら在り得ると……!


 むしろ、ひどく正解をついている話だ。

 あの色ボケカス野郎なら、絶対にヤル。と……。


 クラムには、それだけは確信できた。



 ……………………だから、さ。

 来るんだろ!?

 今がまさにお前が求めていた瞬間!


 そうだろ? イイ格好しぃのぉぉおお!!




 テンガよぉぉぉおおお!!





 ビュンビュンと飛び交っていた矢が一瞬だけ、止まっ……た。


 戦場の空気が明らかに変わったのが、身に染みてわかる。


 そして、来た。


 後方で控えている近衛兵団の声が高らかに上がる。


 やはり、来た……!!



 ───勇者!

 ───勇者!

 ───勇者!



 勇者、勇者と……!!



「ついに、来たな……」

 死体の中から這い出ると、クラムは近衛兵団のほうを睨みつける。


 その視線の先───!

 まるで、海を割るかの如く、近衛兵の群れを割り───現れたのは、やはり『勇者テンガ』その人だ。


 豪奢ごうしゃな鎧と、業物とみえる宝剣を担いだ、如何いかにも強者然とした様子。


 腰にまとわりつくシャラの髪を撫でながら悠々と歩き───……。


 そして、なぜか、死体に隠れるクラムを見つける。ニィと……顔を歪めて!


「あ、あの野郎……!」


 そういう技でもあるのだろうか? と勘繰りたくなるほど。

 そうれはもう、クラムが初めから生き残るのを知っていたかのようにこっちを見ていた。


 それはもう、鼻につく仕草で……!

 ニィィィと口角をゆがめ、シャラを抱き上げると激しく口づけして見せる。


「はッ! 『勇者』の力を見せてやるぜ!」


 そう言い置くと、シャラの手をとり気障ったらしく地面に降ろすと、宝剣を構えた。


 しかし、その攻撃の瞬間を待っていたかの如く、魔族側から砲撃が始まった。


 図ったかのように絶妙のタイミングでだ。


 勇者よ───死ねッ!!……と。


 バンバン、ギュンギュン、ガキュン! 

 と、激しく弦を打つ音に、重りが動く音が響き───……!


 その後を継ぐように、巨大な矢と岩石と、油壷と鉄球がテンガ目掛けて飛び込んでくる。


 魔族側の遠距離攻撃───大型投石器の一斉射撃だ!!


「ははははっはは! 甘いぜぇぇ」



 だが、テンガは少しも慌てることもなく、グッ───! と、宝剣の刃先下に向け、切っ先を後ろにしてフルスイングの構えを取ると、



「───オオオラァァァァッァァアァ!!」



 ブワァ! とすさまじい衝撃波を生み、砲弾を払いやがった!


 ゴガパパァァァンズガングシャっ!!

 と、空中で───そのことごとくが破裂される!


 鉄球も岩石も、油の詰まった壺も───ほぼ全て、細かな破片に分解し───……少なくとも、テンガの周りには何一つ降り注がない。


 いくつかの取りこぼしや、油壷から燃え広がった炎が近衛兵団に降り注ぎ、ものすごい絶叫が上がっていたが、テンガは気にするそぶりもない。


 その光景をみて、うっとりとした表情のシャラとじゃれ合いつつ、


「さって、仕上げだなっと!!」


 次に構えるのは大上段に構える大雑把なそれ。剣技というよりもガキ大将のこん棒の如くだが───、


「ぶっとべやぁぁぁ!!!」


 ギャンンンっ!! と、ブーメラン状の衝撃波が、地面を波立たせてまるで津波のように死体と土を巻き上げつつ迫る!


「ぐぉぉぉぉ!」「ぎゃあああああ!!!」


 と防御姿勢で固まっていた元盗賊の囚人兵達が射線に捕らわれ凪ぎ払われていた。

 そして、何の抵抗もできぬまま、ごと城壁にぶち当たり四散する。


 立っていたもの例外なく死に絶え───。


 低い姿勢と、死体に埋もれていたクラムだけは何とか無事だっだ。

 だが……テンガの目を見るに、わざとクラムだけ外したのかもしれない。


 そして、ズガァァァァァッァァァン!! と轟音が響き、

 続けて、ガラガラガラ──と、崩れる城壁。


 当然ながら、城壁上の魔族の兵もバラバラと落ち息絶える。


「はははは、見ろ! 魔族がゴミのようだ。ははははは!!」


 大笑いするテンガは悠々と歩き、クラムに声が届きそうなくらいのぎりぎりの距離で笑う。


 その傍には『教官』がヘコヘコしながら追従している。


 その『教官』の手には……。












 え?







 その手には……。



 な、なんで?














 ───なんで、リズがそこにいる?













 茫然とするクラムに顧みるものなどなく、勇者どもの背後からは、近衛兵団の重装騎兵が余勢を駆って突撃を開始した。


「城壁は崩れた! 今が千載一遇のチャンス!!」

「「「おおおおう!!」」」

「突撃ぃぃぃいい!!」


 ドドドドドドドドドドドドドドドドド!

 ドドドドドドドドドドドドドドドドド!


 大地が沸き立つような馬蹄の騒音!

 ついに王国の最大戦力が総攻撃を開始したのだ。


 だが、その様子に興味もなさげなテンガは、リズを連れた『教官』と笑い合っていた。


 『教官』のびた笑いと、テンガの醜悪な笑い声───。


「よぉぉぉ? クラムぅぅう…! お前、処女飼ってたんだってな? えー、この子は姪だってー??」


 おい、止せよ!

 触るなッ!!


 俺のリズ・・・・に触れるんじゃない!!


 だが、クラムの慟哭など届くはずもない。


 その間にも、ドンドン迫る重装騎兵。

 あの馬蹄がクラムを引き裂くまでが彼の命の最後の時間───。


「くそぉ!! ここまで、生き残ってきたのにぃぃい!!」


 クラムの予定では、勇者の攻撃まで予想していた。

 そして、それが城壁を破るところまでは。


 そこまでは予想通り、そして、うまく距離も稼げたし───五体満足、生きている。


 生き延びた!!


 だから、あとは重装騎兵の突撃に巻き込まれないように、敵の城内へ突っ込み、うまくすれば元盗賊の囚人兵と合流して、それと分からぬように足枷を破壊してもらい、後ほど脱走するつもりだった。


 足枷さえなければ、リズと一緒に………。

 あの子と、リズとなら……いくらでも、どこへでも逃げ出せる、と───。


「コイツあれだろ? たしか、俺のとこの中古じゃねぇか? ははは。悪いなー」


 綺麗にしてくれてよー、と。


 リズの顎に触れ、馴れ馴れしく手をまわすテンガ。


 震えるリズは気丈にもテンガを睨む。


 それは怯えと憎しみのこもった眼ではあったが、リズはテンガを真っ正面から見据える。


 負けないと言う意思と───!


 まるで汚物を見るかのように……視線でせいいっぱいの抵抗をする。


 リズ、よせっ!


 おまえの………リズの心が傷ついたのは、テンガのせいなんだろ?


 戦うな!

 逃げてくれ!

 生きてくれ───!!



 また、絶対に迎えにいく!!


 お前を守る──────!





 リ───、


 



 ドドドドドドドドドド!!!! と、馬蹄が響く。

 

 無情にもクラムの命の時間は尽きて、予定は狂い……もはや、逃げることはできない。


 早晩、あの近衛兵団の重装騎兵の馬蹄に牽き潰されて死ぬ───!

 まるでボロ切れや石ころのように、なんの興味もひくことなく───死ぬ。


 リズの無事を見ることもなく、家族を奪われたまま───…………勇者を、殺すこともないままに!!!





 あああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛──!





 テンガ!!

 テンガ!!!


 テぇぇンんんガがぁぁぁぁぁ……!!


「すまねぇぇな? シャラはよぉ、まぁだ、お前の事は残しとけっていうんだけどよ、」


 え?


 そういわれて、シャラの顔を見たクラム。


 何の感情見見えないそれは、前髪を下ろし…………表情をかくしたシャラ義母さんのもの。


「───いい加減よぉ、俺はお前に飽きてきたんでな! だけどまぁ、ギャハハハハ! このガキは貰ってくぜぇぇ? 中古の中古だけど上玉だしな! よぉ、抱き心地は良かったか? 身内の処女は旨かったかぁぁ? ヒャハハ!」


 ───ゲスがぁぁ!!


 クラムの怒りなど目に入らぬかのように、ボロボロの服を破いて、下着姿同然のリズを抱き上げるテンガ。


 その姿に、

「テぇぇぇンガぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!!」


 喉が破れんばかりに声を振り絞り叫ぶ。


 だが、その声もかき消えそうになるほど迫る馬蹄ばてい───!!


 ああああああ!!


 頼む!

 頼む!

 頼むよ!


 リズだけは……!

 リズだけはぁぁぁぁあ!!


「シャラ、シャラぁぁ…──か、義母さん…それで、それでいいのかよ! なぁ!? なぁぁ!!」


 最後には泣き言のようにシャラにすがる。……縋るしかないクラム。


 しかし、微動だにしないシャラ。

 だが、その口が薄く笑っているようにさえ見えて───クラムの心は絶望に包まれる。


 シャラは………助けてくれない。


 なら、

 なら、リズは?


 奪われる唯一の心の拠り所よりどころ───リズ。


 俺のリズ───。

 その平穏を思うこともできずに……!!




 俺は、


 クラムはここで死ぬ───?!


「ごめんよ……リズ」


 最後まで握りしめていた槍。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!


 だが、目の前に迫る重装騎兵の前にはなんの役にもたたず、いつか、勇者の顔面に突き立ててやろうと画策していたその槍も、地面に落と……。








 ───ブゥゥン……!



『──困るのぉぉぉ……招かれざる客人よ』


 その時、…………空が震えた。


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