第39話「旧国境会戦」
その日は、蒸し暑い日だった。
陽は早いうちから昇り───湿った大地の朝露を蒸発させ、すべて湿度に変えていく。
徒歩主体の歩兵たちは、すでに疲れ果て士気は危険なくらい低下していた。
一方、クラムはといえば、戦い前夜の景気づけと言わんばかりに3人を同時に抱くテンガのバカ騒ぎに付き合った後、寝不足のまま───この戦場にいた。
そうだ……。
ここにいる。
俺はいるんだ………………。
昨夜のこと───!
思い出すのもおぞましい……だが、忘れる筈もない、昨夜の屈辱───。
いつもは、外での立哨を命じるくせに、勇者テンガの野郎が、昨日に限ってクラムは勇者の寝所の中に通した。
悪趣味な絵画には、悪魔やら天使やら裸婦が投げつけたクソのように意味なく絡み合うようにして描かれており、
成金趣味な食器類は金銀のみならず、使用に邪魔だと一目でわかる宝石が散りばめてあった。
更には、魔族やら捕虜の生首が防腐処理を施されて棚にところ狭しと並べられ、恨めしげな表情でこちらを見下ろしている。
床には、スノコが敷かれているため、少々の体液やら腐敗汁やら、その他のドロドロとした液状の何かは地面に染み込むように考慮されているようだ。
それでも、顔をしかめずにはいられない強烈な異臭が漂っている。
酒や、
血や、
体液や、
吐瀉物の入り交じった匂い───。
地獄の香りとでもいうのだろうか……?
男女の混じりのソレが加わり、クラムをして
そして、あろうことか……。
拘束されたクラムは、
その目の前で絡み合い、挑発する男一人と、女三人───。
クラムを中に引き摺りこんだのはテンガ、
クラムを縄で拘束したのはシャラ、
クラムを嘲笑うのミナ、
クラムを無視するのはネリス、
ゲラゲラと、
ゲラゲラと、
ゲラゲラと───!!
醜悪な宴はいつまでも続き、唇が割けるほど、きつく口を噛み締めたクラムを面白がったテンガが尿をかけた。
それにも飽くと、行為の果てにでたそれを───クラムにわざわざかけ回す。
家族の───家族だった彼女らのあられもない姿を見せつけ、彼女達のその身すら匂い立つ距離で物のように扱い、それを
クラムの反応を楽しみ、散々に汚物やら、彼女らのモノすら浴びせて
テンガも彼女達もわかっているのだろう。
明日が激戦の日であり───クラムの命が尽きる日であろうと……。
だから、最後な最後に憐れな男の
そうして、明け方近くまで続いたバカ騒ぎに身も心もボロボロになったクラムは、頼りない足取りで「家」に帰った。
そして、リズを抱き締め、
リズから抱きすくめられ───。
僅かな癒しを得て、ほんの少し眠りに落ちた。
ドロドロでベタベタで、
悪臭漂うクラムを───リズはただ、だだ、だだ優しく抱き締め、髪を撫でていた。
「ぉやすみなぁさぃ……」
───それが昨夜出来事……。
屈辱とともに、リズの温かさが肌を撫でる。
屈辱には報復を。
思慕には愛情を。
勇者には酷死を。
家族には─────。
ギリリリ……と、槍を握る手に力がこもる。
今は、
今だけは戦場に集中しろ───!
クラムの視線の先。
ギラギラと照りつける太陽のもと、人類は圧倒的物量と人海戦術をもってここに集結していた。
桁違いの数をそろえた人類に対し、元の国境線まで引いた魔族は、長大な城壁を築き───そのうえにズラリと布陣している。
両者一歩も退かぬ構えだ。
魔族側の布陣は完璧で、その城壁上には、ところどころに本来なら攻城に使うべき兵器もチラホラと並んでいる。
鍛冶の見習いであったクラムも、多少なりとも触った経験のある巨大兵器が───燦然と配置されているのだ。
人類を睨み付ける兵器群。
シャフトまで鉄でできた大型のボウガン───バリスタ。
スプーンのお化けの様なものに石やら鉄球やら油壷やらを乗せた投石器───マンゴネル。
城壁の裏には明らかに巨大さゆえに隠しきれていない、超大型の
それらがずらりと───!!
対する王国軍は、兵士の補充こそされたものの、総数は初期の攻撃の頃より変化はなし……。
相も変わらず『勇者』を押し立てて攻める戦いのようだ。
まともな兵力としては、
歩兵中心の野戦師団は、遠距離射撃戦を演じるべく、同じみの囚人の盾を前に押し出す構え。
そして、近衛兵団は重装騎兵を待機させ機動打撃の構え。
どちらも囚人など、ただの道具……。それ以下程度にしか思っていないのが
囚人兵たちは戸惑いつつも、味方の殺気に押しやられて、ぐいぐいと前に出る。
クラム達───先の戦いを生き延びた古参の囚人兵はここぞとばかりに準備に
すなわち、隠し持った防具の準備だ。
ごそごそと服から取り出した盾やら胸当て、兜を見て新人の囚人兵が目を丸くしている。
その視線をすべて無視して、元盗賊の囚人兵を中心とした古参の囚人兵は着々と準備を整えていた。
その様子に気づいた監視の兵が何か言おうとしていたが───。
軍のラッパ手が、高らかにホーンを鳴らした。
パッパカパー!
パーラパラパラパラッパッパッパー!!!
先の戦いで、近衛兵団に手柄の大半を奪われた! と、息巻いている野戦師団はここぞとばかりに張り切りだす。
もはや、囚人の命を軽視していることを隠す様子もなく、囚人兵を前へ前へと押し出し始めた。
そして、野戦師団の将軍が声を張り上げる叫ぶ、
「総員! 王国の栄光はこの戦いにあり!
そして、
つられるように、
「我らに栄光を! 『勇者』とともに!
さらに、
『教官』が声を張り上げる。
「
おおおおおおおおおッ!!
おおおおおおおおお!!!
ザッ! ザッ! ザッ!
ガシャガシャガシャガシャ!!!
ガッチャガッチャガッチャガッチャガッチャガッチャ!!!
唯一、比較的音の出る防具を身にまとった元盗賊の囚人兵達も、背後からの圧力に足枷を引きずりつつ前に出る。
いや、押し出される。
防具を準備していた元盗賊の囚人兵を
そうだ……。
この先は死出の旅路───!
半端な奴らは、ただ見るだけ──端から鑑賞するだけだ。
「いいな! 生き残るぞ!」
「「「おう!!」」」
防具に身を包んだ元盗賊の囚人兵達は密集し、防御力を高めようとする。
しかし、目立つのは避けようと姿勢は低い───。
前の囚人大隊の生き残りたちも、先の戦いを思い出しつつ、今にも城壁から射撃戦が始まりそうで気が気ではない。
いつだ。
いつくる……?
今か?
───そろそろか!?
城壁から降り注ぐであろう矢の嵐に備える元盗賊の囚人兵。
まるで生き地獄を味わっているかのように顔は蒼白で、今にも白目をむいてぶっ倒れそうだ。
なにせ、先の戦いを知っているのだ。
……この後に訪れる死の恐怖を!
一方、クラムは?
クラムはいた。
彼は、何もしない。動かない。
いや、正確には動いているが、圧力に押される囚人兵たちの群れに抗うように牛歩でノロノロと歩いている。
前に行けば行くほどに矢の射程に入ることを知っていたからだ。
しかし、後ろは後ろで危険でもある。
例え矢の脅威から逃れても、近衛兵団による突撃で、背後からの馬蹄に踏みしだかれる明白だからだ。
一番の理想は、なるべく前面で攻撃をしのぎ───……『勇者』の一撃で城壁を破壊させて、その隙に中へ突入すること。
それしか、生き残る術はない。
だが、クラムが前に出て生き残る可能性はいかほどか?
はっきり言えば、ほぼゼロだろう。
前回は、本当に前回は偶々だ。
運が良かっただけ……。
同じことを二度やれと言われて、できるはずもない。
元盗賊の囚人兵達はその確率を上げるために腐心し、今のところ成功している。
クラムはそれができなかった。
矢から身を守る防具は彼の手にはないのだ。
ならば、頭を
リズ───。
リズ、リズ、リズ……!
愛しき最後の家族………………!
リズ───……。
俺は絶対生き残る……。
お前の元へ、必ず帰るからな───!
狭く汚い囚人大隊のキャンプ地で待つ姪の事を思い……。
テンガに抱かれる3人に心を痛め───。
『勇者』を刺し殺すその日を思い描き、心を焦がす。
生き残る───。
生き残る───!
───絶対にッ!
そして。
クラムの思いを尻目に、第二次北伐による、旧国境での戦いが今───。
始まった───……!
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