第38話「絶望への足音」

「へー……あの時の子が、これか……」


 そういえば、コイツとはリズの面識はほとんどない。

 奴隷市場で購入したきりで、行軍時も野営時も、とにかくなるべく囚人の目に触れさせないようにするため、監視の傍に自ら進んで近づいていたためだ。


 当然、元盗賊であるこの囚人兵もわざわざ監視のもとには近づきたがらない。

 色々と裏で金も稼いでいるようだし……下手にバレて監視に巻き上げられても困るんだろう。


 まぁ、時折見て感じでは、うまく監視ともつるんでいる姿もあるので、適時適切な付き合いというやつなのだろうが……。


「いや、別嬪べっぴんだなー」

「ぃや………」


 リズは、ジロジロと不躾ぶしつけな視線をぶつけてくる元盗賊の囚人兵の視線が怖いとばかりに、クラムの背後に隠れてしまう。


 ……一応、リズの恰好は以前より多少マシになっている。


 ボロ布はツギハギが当てられ、破れ目も縫い合わせられている。

 材料は勇者のキャンプ地にある生ゴミ捨て場だ。


 なかには、手拭きなどの布も落ちていることがあり、それを使った。

 糸もソレをほぐしたものと───針は先日テンガに投げつけられた楊枝ようじを使っている。


 そして、なにより……シャラがテンガに──と置いていった、例の下着(二話参照)と、同じくシャラがクラムに巻いてくれた包帯で、上と下はなんとか最低限、隠すことができている。


 ちょっと前まで色々見えて本当にやばかった………なにがって?


 ───聞くなや……。


「あまりジロジロ見ないでやってくれ。……人見知りなんだ」

 嘘ではない。

「あ、あぁ、スマンすまん」

 素直に謝ってくる元盗賊の囚人兵。

「で、何の用だ?」

 露骨に邪魔しないでくれ──という態度を示しているのだが……。


「いや、さっき監視から噂話を仕入れてきたんだがよ、」


 もったぶって話す内容は───、


「明日………………攻撃だとよ」




 絶望の足音だった───。


 彼の話は、こうだ。

 元盗賊の囚人兵はできる限りの準備をするため、今まで集めた金で情報の収取やらで、こっそりと武器に防具等をそろえていた。


 装備の類いは直前まで隠しておき、肉壁として部隊の盾にされることがわかっている無謀な突撃に備える。


 そして、いざ攻撃という段階で身に着けるわけだ。


 い並ぶ軽装の囚人のフリをしつつ、手早く装着。

 全軍の攻撃に紛れこめば、早々に咎められることもない──と。


 そして、そのまま囚人の、只中ただなかに潜り込み攻撃開始を待つ。


 あとは、流れるまま。


 攻撃が開始されれば、員数外いんずうがいの装備を身に着けた囚人がいたとしても、それくらいで軍を停止はさせない。

 気づきはしても、む無く全体に合わせて攻撃を続行するはずだ。


 元盗賊の囚人兵の考えでは、

「盾一つあるだけでも、生存率はあがる。で、俺は昔のよしみで、前からいた囚人大隊の連中にだけは、こうして教えて回ってるのさ」


 そう言って、服に隠した盾と皮の兜やハンマーを見せる。


「な、なるほど…………。それはありがたい情報だが───」

「新しく入った連中には言うなよ? あいつら、自分がいい目を見るためなら簡単に仲間でも売るような、生粋きっすいの屑だからな」


 それでか……。

 元々は罪のない囚人を多く集めた、前囚人大隊の仲間に話しているのは、

「それで、攻撃が開始したなら──旧囚人大隊の古参のやつらは固まって防御する。俺の手引きで、既に何人かはもう闇市で防具を仕入れているぜ」


 元盗賊の囚人兵らは、以前のキャンプ地でそれなりに稼いでいる。

 なるほど、装備品を買う余裕もあったかもしれない。


 だが……。

「人数が多ければ生存率も上がる。一度目の攻撃をしのいだら、敵の要塞に前回の戦いの時みたいに突入して……あとは、これよ──」


 これ、と言って示したのはハンマーだ。よく見ればやっとこやちょっとした工具まである……!


「だ、脱走するのか!?」

「ばっ!? シーシー! 声が大きい!」


 クラムの天幕は監視のすぐそばだ。

 時には監視がすぐそばをうろついていることもある。


「す、すまん……しかし───俺は、」

「おまえ……特赦とくしゃの話なんか信じてるのか?」


 そうだ……。

 クラムは脱走なんて手段よりも、手柄を立てて特赦とくしゃを得たいのだ。


「悪いか?」


 クラムの言葉に元盗賊の囚人兵はため息をつきながら、


「───あの『勇者』がいるんだぜ?」


 ……む。


「俺はともかく……。お前ら前囚人大隊の連中のほとんどは、『勇者テンガ』絡みの罪人なんだろ?」


 言いたいことはわかる……。

 『教官』の策略で、殺されかけた囚人兵たち。

 いや、実際はほとんど殺された。


 クラムも含めて、

 死刑の執行が遅れていた『勇者テンガ・・・・・による特別法の被害者・・・・・・・・・・が前囚人大隊の大半をめていた。


 それをわざわざ特赦とくしゃを餌に戦場へ連れ出し、敵と味方両方に殺させたのだ。

 それほどまでにして殺したい………「根切り」をしたい人間を───。


 わざわざ特赦とくしゃを与えて解放するだろうか……?


 可能性は、少ない───。

 限りなく、少ない。


 所詮しょせんは囚人と結んだ約束事……──事が済めば、知らぬ存ぜぬで貫き通せば、クラムたちにできることなど、なにもない。


 結局はお偉いさんの胸先三寸なのだ……。

 そして、お偉いさんとやらはくだんの『勇者テンガ』───。


 なるほど……。


 これは、巧妙な……いや、溺れる者を泥船に乗せただけだ。


 流れに乗って拡散した溺者を一か所にあつめておいて、泥船に乗せてから───谷底へドボン……。


 元々溺れているのだ、簡単に引っかかるだろうさ。

 実際、クラムもそうだった。


「…………くそッ!」

「……わかっただろ。他の連中はもう脱走する気でいる。あとは───」


 ───お前だけだ。


 元盗賊の囚人兵はそう言ってクラムを見る。

「情報も……そして、その誘ってくれたことも嬉しい……」

 そうだ、だけど俺には───

「───だけど、できない……。できないんだ」


 リズ……。


 震えているリズをゆっくり抱えて膝の間に乗せる。

 まるで猫のように丸くなって元盗賊の囚人兵の目から隠れようとする。


「あー……そうだ、よな……うん」

 ポリポリと頭を掻く、元盗賊の囚人兵に、

「でも、ありがとう。礼を言うよ……。恩に着る」

 少なくとも、何かできることはあるかもしれない。

 それに、覚悟があるだけでも違う。


「わぁったよ……。だけど、気が変わったら、突入時は俺のとこに来い? いいな」

「あぁ」

 それと、だ。と元盗賊の囚人兵は告げた。


「防具だけは買っとけ──」


 そうだ、それなんだよ。


「──あ、あぁ……」


 クラムは、文無しだった。


「おう、じゃあな、明日は生き残るぞ」

「あぁ!」


 監視の買収工作に、金は全て使った。

 だから、もう銅貨一枚残ってやしない。

 

 元盗賊の囚人兵に借りるという手もあるかもしれないが───。


 彼には、すでに金の借りがある。それに、もう彼とて金はないだろう。

 このためだけに金を集めていたのだ……。


 いくらか余裕があったとして、彼の計画に必要な金。

 それを自分の都合で歪めることはできない。


 彼には十分以上に礼がある。

 もう、これ以上ないくらいに……!


 あとはクラムの努力次第。

 少すくなくとも、一度は生き延びた命。

 そして、経験がある。


 リズのためにも、生き残りを諦めるつもりは微塵みじんもない。


 そして、いつの日か─────────!









 ──────あの『勇者』に復讐の鉄槌を!!!






 


 その日までは、


 死ねない。

 死なない。




 ──────死んでたまるか!

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