第37話「譲れぬ一線」
クラムの慟哭など、誰も動かしはしない。
世界を呪ったとしても、
世界はクラム等知らない。
世界に救いなど何処にもないから───。
それでも、
それでも、リズは美しい。
どれ程の目に
リズは高潔で、純粋で、清廉だった。
家族の有り様への絶望と、クラムへの思慕との間をさ迷いつつも……彼女は「何か」を守った。
そして、リズはここにいる。
偶然でも、
神でも、
母でもなく───。
必然として、クラムと再開した。
そして……リズは、また笑う。
クラムに笑顔を向ける。
ともに食べ、
ともに眠り、
ともに生きる。
おかしくなんてない……。
おかしいものか!
リズは、もう───昔の……あの頃のリズそのものだ。
仕事を終えて帰るクラムを、柔らかな笑みで迎えるリズ。
この空間だけは温かく──まさに家庭だった。
「ぉしぃたの? 叔父ぁん?」
リズを膝の間に座らせるいつもの体制をとると、食事を取りながらリズが可愛らしく首を傾げクラムの目を覗き込んでくる。
「ん? いや、なんでもないよ。リズが可愛いな~って」
そういっても褒めてやると、顔を真っ赤にしてブンブン首を振る。
「ぁぁぁわ、わぁし、ぁぃくなんて、ぁいよ!」
……うん、
超可愛い。
カイグリ、カイグリと頭を撫でてやる。
現在は、囚人大隊のキャンプ地。
クラムの天幕の中だ。
珍しく、『勇者』は日中出かけるようだ。
おかげでクラムの「任務」はお休み。こうして、久しぶりにリズとのんびり過ごしていられる。
そして、キャンプにも変化が訪れていた。
まず、囚人兵の補充があって以来天幕など寝具も新たに補充されたがため、旧囚人大隊の野営具は宙に浮いた存在となった。
そのため、小隊以下になった彼らは元の古参特権としてそれらを自由に使えることになり、今はこうしてクラムとリズの二人の天幕が確保できていた。
これが、誰かと共有スペースとして使うならば、非常にまずいことになっていた。
誰かとこの空間を共有するなど真っ平だ!
リズとの空間に、異物はいらない。
今は、幸運に感謝───。
色々、不運だらけの人生だが……なんとか、か細く、小さな幸運を掴むことができている。
……それにしても、こうしてリズと過ごしていて、思い出すのはミナの言葉───。
彼女の真意はわからない。
テンガ曰く、ミナの様子が違ったという日───彼女はリズ見たと言っていた。
つまり、どこか場面でリズを見たということ。
だが……どこで?
まぁ行軍中にせよ、囚人大隊でのキャンプにせよ───クラムと一緒にいるということは知っているはずだ。
それをテンガには申告していない。
ただ囚人と、そう言った。
それは明らかに間違いではないが、肝心の情報を欠いているもの。
囚人は囚人でも、クラムと、そんじょそこらの囚人とでは意味が違う。
そこらの囚人に下げ渡されているなら、テンガやミナが言うように、玩具として扱われているだろう。
汚い囚人の玩具───さすがにテンガとて、それを横取りはしまい。
御綺麗な女が溢れるなか、無理に小汚ない小娘を相手にするか?──ないだろうな。
多分、テンガは食指を動かそうとしない。
だが、リズが下げ渡されたのがクラムなら?
そりゃ、手厚く保護するに決まっている。
もちろん囚人兵としてのできる範囲だが。
しかも ミナならクラムが親族を抱くような腐ったマネをしないことだけは知っているはずだ。
つまり、リズは綺麗な身として無防備にあることがわかる。
ならば、女好きのテンガが手を出さない保障などない。
むしろ、クラムの反応を楽しむために、綺麗な身としてリズが持ち去られる可能性も十分にある。
だから、誤魔化した?
………わからない。
ミナが何を考えているのかわからない。
いずれにしても、ミナの手によってリズが無体に扱われ、
それも、話が本当ならば───だが。
そう、
あぁ、いつから世界はこんなに腐ってしまったんだろうな……。
ナデナデとリズの頭を撫でながら、心に沸くどす黒い感情を押し殺していく。
ミナのやったことを許すことはできない。
できないが……本心がわからない。
いつか聞くことができるだろうか。
まぁ、無理か。
先の命すら知れない囚人兵。
しかも、だ。
───そろそろ、次の戦いが始まる……。
勇者専属の番兵とはいえ、囚人兵は囚人兵。
所属は囚人大隊。
また戦いが始まれば、盾代わりに前に押し立てられるのだ。
今度こそ死ぬかもしれない。
……いやだな。
この娘を……。
リズを残して──ルゥナにも会えず……。
3人を奪われたまま───!
なにより、
勇者を殺せずに!!!!!
「ひぅ……!」
リズが小さく脅えた声を出す。
クラムから
慌てて取り繕うクラム。
笑顔を浮かべてリズの額に、自分の
吐息のかかる距離でいえば伝わるはずだ。
「ゴメンよ、リズ……。なんでもない」
そう、なんでもない……。
勇者に復讐することなんて、
なんでもない───。
そう、当たり前のことだ!
「おじぁん、ぉこってぅ?」
目を
「うん。少し、だけね……。色々、大人は大変なんだ」
額をグリグリと擦りあわせながら、そう言って誤魔化すが───リズは賢い子だ。
察してくれたようで、キュッとクラムの頭を抱きしめてくれた。
「ぉじさん、リズは……ぅっとぃっしょぁよ!」
……そう言って、いつもクラムがするように頭を撫でてくれた。
不意に緩む涙腺に───クラムも思わず、リズの胴を抱きしめる。
その時、
サクサクサク───と、土を踏む音が近づき、
「よぉ? いるか?」
元盗賊の囚人兵が顔を突き込んで来ていた。
……ぅ。
「あー……」
抱き合う叔父と姪。
微妙な顔をしてクラムと目が合う。
リズは脅えて視線から隠れようと、ますますクラムを抱きしめる。
「……お楽しみ中?」
「ちゃうわ、ボケ!!」
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