第36話「愛ゆえに残酷」

 色気と肉欲が混じる、粘ついた矯声が響いている……。


 あぁ……♡

 はぁぁー♡


 と───。


「ぁぁぁ♡」


 今日も、激しく絡み合う一組の男女……。


 いつものことながら───あの3人が、かつてあったはずのあの温かい日溜まりの家の人々が、世界で一番醜悪な男に抱かれている思うと身が張り裂けそうになる。


 今日は………………ミナの日だ。


「はぁはぁ……あぁ♡」

 ねっとりと絡み合っているらしいその様子が、声だけでもわかる。


 テンガもミナの絶技の前には果てるのが早く、余裕はないようだ。

 それだけに、ローテーションの中にミナの入る確率は高い。


 とはいえ、最近のテンガは本当にクラムの知る3人ばかりを抱く。

 よほど、クラムが外にいるだけで違うのだろう。


 その介もあってか、テンガときたら終始ご機嫌だ。

 戦争そのものが、上手くいっているのもあるのだろう。

 この戦いが終わり、『魔王』の首級を上げれば、彼は晴れて人類の救世主。


 本国では次期国王もありうると───。


 ───冗談じゃない!!


 悔しいが、そりゃ、シャラ達がテンガに溺れるわけだ。

 未来が約束された最強の男。

 顔とて悪くはない。いや、むしろ美青年。


 そして、若く、富も名声も力もある……。


 かたや、クラムは囚人兵。

 仮に「特赦とくしゃ」され、自由の身になったとて───彼には、何もない。


「っあぁぁぁぁッッ──♡」


 絶頂を迎えたミナの声が、天幕から派手に漏れる。

 耳を塞ぎたくなるが、塞いだところで聞こえなくなるわけでもない。


「ふぅぅ………! はは、今日のミナはすげぇな!? どうしたんだ?」


 同時に果てたらしく、テンガも満足気にに吐息を漏らす。

 そして、しばらくのち復活して──またおっぱじめるのだ。

 ……もう何度もこんな日を送れば、いい加減覚える。


 微塵みじんも慣れはしないが……。


 そして、インターバルを挟むためのピロートーク───ウンザリだ。

 

 ギリリリと、槍を握り込む手に爪が突き刺さる。

 もう、爪は血にまみれてボロボロだ。

 ろくに爪を切る道具もないので、噛みちぎっているため──それはギザギザと尖り……容易に皮膚を破った。


「んーん。特に何も……? テンガも凄かったわよ♡ るぁぁ♡」

 んー、と唇をむさぼるその姿さえ、天幕の薄い生地では影絵として映えてしまう。


「いやー誤魔化すなよ。俺はいつも通りだぜ?……激しいのはお前さ」

 チュポン♡と音を立てて離れるそれ。

 わざと聞かせているとしか思えない。

 いや、わざとなんだろうさ。


 しかし、ふいに周囲の空気が冷えたような感覚に襲われた。

 なぜかテンガの纏うそれが、劇的にかわる。


 おい……───。


「話せよ……」

 と、


 突然、声のトーンが変わり、テンガのそれに冷徹な響きが混じった。

「ヒ………ッ」


 そして、ミナの声にも脅えが、


「何を隠してる? 言えよ?」

 男女のそれとは明らかに異なる動き。

 テンガの手がミナの首に伸びて───。


 それは、

 食肉を絞めるが如く…………!

 ───絞る!!


「ぎ、ぐ……ィガぁ───」


 あぐぐ……と、ミナがうめく。

 は? な、なにしてんだよ! テンガ!


 あ、ありゃあえぎ声じゃないぞ?


 え? な、なんで?

 なんでミナが首を絞められている!?


 おい!!


「…………っ───」

「聞いてんだよ!」


 影絵からもわかるくらい、ミナの体が痙攣けいれんしている。


 ……くっ!

 いくらなんでも、やりすぎだろう!?


 ───ミナに思うところがないわけじゃないが……。

 少なくとも、死んで欲しいわけじゃない!


「テンガ!」


 思わず叫ぶクラムに、


「テメェはすっこんでろ!」

 ビシっ! と天幕を突き破って何か細いものが飛び出してきた。


「ガフぅ!」

 肩口に刺さったそれはオードブル用の、小さな楊枝ようじだ。

 それでも、肩がはじけ飛ぶんじゃないかと思ったほどの威力。

 

 実際、動けないほどしたたかに頭を打ち、あお向けにぶっ倒れる。


「ギィ………ッ───ィ───」


 ミナの呼吸は途切れる───。

 そのまも、肺から酸素は届かず、ミナの脳が……意識が───………落ちる。


「かは………………」


 そして、糸の切れた人形のように、華奢な体がブラン……と、




「ミ……ミナぁぁ!!」




 動かなくなったミナの影。

 それを片手で釣り上げているテンガ。


 後悔も、罪悪感も微塵も感じさせない声で───、

「あーあー……。しょんべんまで漏らしやがって、キッタねぇ……」


 彼女におもんばかることもなく、まるでゴミのようにドサリと───、


「ゲホゲホゲホゲホ……! オェェェ……」


 あ……!


 み、

「ミナ! ミナぁ!」

 咳き込むミナを見て、生きていた事に安堵あんどし、声をかける。

 駆け寄りたくて、クラムはグググと起き上がろうとするも、体が言うことを───、


「すっこんでろっ、つってんだろが!」

 一喝いっかつされたとて、止めるものか。


 うぐおぉぉおぉ……!

 今いくぞ、ミナぁ!!


「──聞き分けねぇと……こいつ殺すぞ?」

 楊枝が突き破った天幕の隙間から、ミナの土気色になった顔を突きつけクラムを黙らせる。

 

 ぐ───!


「ち……気分わりぃぜ」

「ゴホゴホ……!」


 せき込むミナに苛立ったのか、

「大げさなんだよ! ちょっと落としただけだろうが、あぁ!!」


「ひぃ!……ち、違うの。その、き、気持ちよくて──」

「はぁぁ?」


 お、おいおい……!


「そ、その首を絞められて、ボーっとしちゃって……♡」

「は? あー……──ほほー。ミナぁぁ、お前Mの気があるのか? はは、こりゃいい。新しいプレイができそうだ」


 途端に上機嫌になるテンガ。

 そして、

「うふふ…………た、楽しみだわぁ」

 そう言ってしな垂れかかるミナ。だがその顔は青ざめている。

 明らかに無理をしているのがわかった。


 隙間から見える細い体の線と、少女と見間違えんばかりの小さなそれは、白く美しく眩しいが───その顔は恐怖に濁っていた。


 しかし、


 その中にも確かに愉悦ゆえつの表情もある───。


 なんなんだ。

 俺の……───俺の知る3人はどうなってしまったんだ!?


「でー……。もっかいだけ聞くぜ? なんで今日はそんな積極的だったんだ?」


 テンガはしつこい。


 いつもいつも、自分が満足するまでネチっこく女の体をむさぼることからもわかるが、こいつはこういう性格なんだ。


 わざわざ、囚人大隊を編成させてまで、すでに獄中にいる「恨みの根源」を断とうとするほどに、しつこく、ジメジメとネチネチとしている。

 だからこそ、クラムの顔も覚えていたのだろう。


 それで、こんな嫌がらせであって、かつ───その延長上にある自分の快楽へとつなげる手段を思いつく。


 なるほど……屑だ。


 正真正銘、人間の屑だ。


 だが、そこじゃない。


 クラムが気に病むのは、そこじゃないんだ───。


 そう『勇者テンガ』は、紛うことなく屑だ。

 

 それはいい。

 それよりも、なぜ?

 なぜなんだ?


 あんな屑におちるような家族じゃなかったはず!!


 なのに……なぜ、

 なぜだ!


 なぜ、シャラもネリスもミナもこんな奴に体を許す!?


 なぜ俺の知る3人は───絶対にこんな奴になびくはずがないというのに!!


 ───金や、地位や、名誉……!


 そんなものに釣られるような人達じゃなかったよな?


 なぁ……。

 なぁ……?


 なぁ!?


「えっと───その、」

 ミナは背後から緩く首を絞められつつ、おずおずといった様子で答える。

「んー……早く言えよ」


「き、今日、リズを見たの───」



 え?



「んんー? りず……リズぅぅ? リズリズリズ──……あーーーー! あの小さいガキか!……ま、お前よりデカいけどな」

 ひゃははは、とせせら笑うテンガに、

「ちょっとぉぉ……! テンガは小さいのも好きなんでしょ?」

「おーおー、いうねぇ……お前ら3人は、いろいろ楽しめて最高だけどよ」


 テンガは、何か思い出すように、


「あーリズか……。確かいい感じにれてきてたなー」


 な! 

 こ……コイツ!


「あの子がいいの?──残念だけど、」

「んー? まぁ、そろそろってね──」

「───とっくに売ったわよ」


 ……は?


「はぁぁ? おいおいおい、確か、お前の子だろ? マジか?」


 テンガをしてさすがに意外だったようで、マジマジとミナの顔を覗き込む。

 途端にびる女の目で──


「だってー……。あの子いつまでたってもテンガに股を開こうとしないんですもの、それに、」

「おいおい……」

「あの子がいたら、テンガ。───私を捨てちゃわない?」

「………ぶはははは! ひぃーひっひっひっ! そ、それが母親の言うことかよ、ぐひゃはははは!───あー親子丼もやって見たかったんだがな~」


 下種げすが!!

 

 ……そのままリズのことは忘れろ!


「んー? でも今日見たってのは?」

「え、えぇ…………その、」

 グググっとテンガが首に力を込めている。

 まったく躊躇ちゅうちょしないその動きに、この手の詰問きつもんは初めてではないだろうと思わせる。


「囚人と歩いていたわ……」


 う……。


「囚人~~?? なんでだ?」

「さぁ? 売る直前まで、言うことを聞かないし、話もしないし、頭もおかしくなってたからね……。安く売られたんじゃない?」


 囚人どもの玩具として───。

 と、そう告げる。


 ……ミナ───。

 一体、どこまでが本心だ?


「あー。そりゃ壊れちまうなー。さすがに囚人のものをなー。うん、それはないわ。ばっちいしな! ぎゃははは」


 そう言えば、ハレムが臭かったなーと告げるテンガ。

 

 ……なるほど、

 ハレムにいた頃から、リズの扱いは酷かったのだろう。


 そして───。


 ミナ……。

 ───ミナぁぁ……!


 おまえ………!


「それにしても子供を売る母親かー。ギャハハハハ、お前それ最低の奴がすることじゃねぇの?」


 その言葉に一瞬だけ、ミナの顔色が暗く落ちる。

 そして、隙間から覗くクラムと目が合い──反らした。


「そんな薄情じゃないわよ。死ぬような目に合わないように、性奴隷専門で売ったから」

 

 それを聞いて、なおも笑うテンガ。

 

「ギャハハハハハハハハッハハ!! お前イカレてるよ。……お? なんだよ? なじられてヤル気になってんじゃねぇかぁ!」

 そういってミナを組み敷くテンガ。


 醜悪な、

 醜悪な宴が展開される……!


 隙間から除くミナは美しい。

 とても美しいが……。

 この世のなによりも醜悪なそれに映る。


 子供を売る。

 自分の保身のために?

 

 股を開かない?

 言うことを聞かない?


 ………それに、


 ───頭がおかしくなったから?



 それは、

 それは、

 それはぁぁぁあああ!!





「───おまえらのせいだろうが!!!!」





 がぁぁぁぁ、と叫ぶクラムの声を聴いて、ますます嬌声を上げるミナとわらうテンガ。


 なんでだ?

 なんでだよ!?


 誰も彼も、イカレてやがる───!


 リズが、

 リズが……おかしくなった?



 

 ………違う。

 違う違う違う違う違う違う違う!


 違うだろ!!!



「──おかしいのはオマエらだろうか!」 

 

 リズは───。

 リズは正常だ。

 正常だから、ああなってしまったんだ!!





 ああああああああああああああああ!!!




 くそったれ!!!









 こんな世界……………滅びてしまえ!!!

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