第35話「新たな攻勢」

 それからしばらくののち───……。


 人類は再編成を終え、魔族を追って失地を進み始めた。

 以前のような全面大規模攻勢を控え、二個軸からなる作戦を実施。


 『勇者テンガ』と王国軍を中心とした主攻撃と、漸減ぜんげんした部隊を再編し、無理矢理に軍としての体裁ていさいを整えた臨時の連合部隊を主軸とした助攻撃。

 その2本の攻撃軸をもって攻め上がることとした。


 作戦は当初、奇襲効果を失ったため激しい抵抗が道中予想されると見積もられていたが、実際はほとんど抵抗らしい抵抗もなく、あっさりと各地の主要拠点を奪取していった。


 呆れるほど簡単に進む人類軍。

 彼らは、失われた土地を回復し、順調に魔族の住む北の大地へと近づきつつあった。


 途中ある村落に、町───それを「解放・・」しつつ、戦利品を山ほど抱えての進軍である。


 魔族・・の捕虜や、新しい入植者らを捕らえて売買し、ときには使用・・し、士気が高まる巨大な軍団。

 その中に───クラムのいる囚人大隊も……また、居た・・


 ───臨時編成囚人大隊。


 それは、再教育と再編成を終えた大隊で、新たな囚人を加えた第二線級の部隊として使用されていた。




 ザッザッザッザッザッザッ!


 ジャラジャラジャラジャラ!


 足音と鎖の音が混じる独特の音は、延々と進み続ける。


 クラムも囚人大隊の最中さなかにあり、かたわらにリズを伴っての行軍だった。


 それは───……一種異様な光景だ。


 囚人に寄り添う一人の少女。

 囚人の身分では、到底ありえないが、事実としてあり、疲れ切ってはいても、欲望に忠実な囚人兵の目がリズを肉欲のそれに濁った目で見ていた。


 だが、殺気を放つクラムと並走する軍隊の目を恐れて手をだすものは皆無だった。


 そんな状況を知ってか知らずか、『教官』は補充の囚人兵を連れてくると囚人大隊を再編成し、行軍の列に加え、自らはそれを指揮していった。


 リズについては、特に何も言わずクラムが警戒するのをよそに、そのまま少女がついていくに任せていた。

 

 言ってみれば放置だ。

 彼が何も言わなければ、誰も何も言わない。


 しかし、今回は少々事情が異なる。見れば、それ・・とわかるくらいに、囚人の質はかなり落ちている。


 以前は『勇者』の被害で死刑になったものを中心に集められた志願兵・・・だが、今回は数合わせの募兵。

 なかには志願ではなく兵役経験だけを見て本人の意思とは関係なしに投入された者もいるため、従順じゅうじゅんさという意味ではいちじるしく危うい状態だった。


 そのため監視の兵が投入され、囚人兵の動向を見張る始末。


 彼等は囚人兵たちの左右に配置され、その数は少ないながらも、騎乗しながら威圧するように鋭い目を囚人たちに向けていた。


 初期の囚人大隊を知っているクラム達からすれば、監視の目は窮屈きゅうくつこの上ないが……──クラム個人としては、リズの身の安全を考える上では、監視の目は非常にありがたかった。


 監視が信用できるかどうかは別にして、一応……とはいえ秩序を維持するために監視の兵がつくなら、クラムの目の届かないところでも多少ないしマシな気がする。


 わずかしかないが、金で買収もできるだろう。

 何も難しいことではない。


 リズに目を向けておいてもらうか、宿営中の天幕を監視役のそばに立てさせてもらうだけでもいい。


 もとより、監視の役の傍で寝たい連中はいないので、簡単に話は通るだろう。


 そうして、こうして──クラムとリズは、北へ北へとく。


 魔族の戦線は抵抗も乏しく、

 人類は、どんどんどんどん前へ前へと進んでいく───。


 そしてクラムは、

 いつもどおりに夜は、番兵の仕事をし、

 乏しい睡眠時間を削ってリズと話し、

 シャラ達の痴態を見続ける異常な日常───。


 その間も、戦線は徐々に進んでいく。

 移動間はクラムも囚人大隊の一員として前進する。


 リズを伴い、そして囚人毎、鎖で繋がれて歩いていく。


 疲れ切っても、到着した先で───『勇者』のお遊びに付き合わされる毎日……。



 今日も今日とて、

 クラムは『勇者』の寝所番につく───。



 それは、魔族の本拠地を前にしての最後の休養期間。

 旧国境を前にした、大規模な戦線整理の合間のこと。



 そう、

 終わりなき進軍の先──……。



 久しぶりの、長いキャンプ生活となる。



 それはクラムの番兵としての、長い長い屈辱の時間の幕開けでもあるのだが──……。

 

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