第3章『そして、プロローグへ』

第31話「プロローグへ」

 勇者の寝所番───。



 その日から数日間、クラムは「任務」のため勇者のキャンプ地を訪れ──のものの寝所で番兵として立哨した。

 とはいえ、まじめな立哨を求めらているわけではない。


 警備計画もなければ、歩哨や動哨との連携を求められることもなかった。


 彼に求められていることはただ一つ。


 『勇者テンガ』に抱かれている女が恥じたり、興奮したりと……、要するに普段よりも違う反応をすることを求められているだけだ。


 すぐ近くで、見知らぬ男がいるというのは、やはり女をして意識するようで、戸惑った顔を向けられつつも、「ハレム」の女達はテンガに抱かれていた。


 その様を、ボンヤリと突っ立ち───案山子かかしになっている様子のクラムを見て、勇者の野営地にいるキャンプの構成員はあざ笑う。


 そして、近衛兵や非戦闘員の勤務員に笑われさげすまれるクラム。

 誰も彼もが緩やかに無視するなか、クラムは毎日通い続けた。


 『勇者』が目覚める朝の遅い時間帯よりも早く───。

 

 目覚めの一発よろしく、と──ヤリ始める『勇者』を楽しませるためだけに………。


 そして、日中も気まぐれに女を呼ぶ『勇者』のために寝所の前に突っ立つのだ。


 それがクラムの日常。

 勇者が寝付く深夜にようやく帰っていくというローテーション。


 バカバカしいけど、それが仕事なのだ。


 いっそ、本来の囚人兵としての勤務方がよほど楽だとすら思える───。



 だが、進軍はまだない。



 予想以上に人類連合軍の損害は大きいらしい。

 今回は、奇襲攻撃であったが、魔族側の反撃は熾烈しれつであり、勇者のいる「主攻撃」正面以外は手酷い反撃を受けて壊滅状態だという噂だ。


 そのため、作戦の練り直しと再編成が急ピッチで行われていた。


 拍子抜けするほどに遠ざかる戦争の足音を聞いて、クラムは日々寝所とキャンプを行き交うのみ。


 だが、それはクラムの心を蝕む日々でもあった。


 まだ、たったの数日ではあるが、彼の精神は日毎ひごとすさんでいった。

 しかも、その様子を面白がった『勇者』は、他の女よりもクラムの家族だった・・・3人を集中的に抱くようになっていた。


 途切れることなく聞こえる、ネリスとシャラとミナの嬌声。


 喘ぎ声に、その情事の激しさを思う。


 見せつけるように天幕の中は明るく、浮かび上がった影絵がその行為の様子をクラムにまざまざと示して見せる。


 ネリスの熱い声、

 シャラの甘い声、

 ミナの激しい声、


 どれも……。


 クラムをして知らないものだ───。

 ネリスでさえ、あんな声を出すなんで知らなかった。


 それは、男として情けなく、悔しく───みじめだった。


 最初は、なんとか辞めさせようと寝所に入る彼女たちに声をかけたが、最近ではそれもしない。


 言っても聞かれないばかりか、酷い罵声を浴びるだけ────それも聞くに堪えない罵詈雑言だ……。


「ゴミ」

「犯罪者」

「囚人兵」


 誰だって、知り合いに罵られて嬉しいわけがない。

 それが愛する家族なら、なおさら……。


 だから、もう、クラムに話す気力はどこにもなかった。


 今はただ、時間が過ぎていくのを暗い暗い表情で眺めるだけ。


 昨日はミナ……。

 あ、いや……一昨日おとついだったかな?

 ……今日はシャラか。

 ───そして明日はネリス、と………。


 激しく交わる男女のそれを聞きながらも、ギリギリと歯を噛みしめ…勇者への憎しみを募らせる。


 そして………そんな男に抱かれる3人に苛立ちと憤りを感じた。


 なにより……。


 彼女らの言葉が辛い───。


 ネリスは決して言葉を発しないし、

 シャラは挑発する……。

 ミナは、リズのことを話そうともしない……。




 そして、

 ルゥナのことは……誰も教えてくれない。





 それでも、

 それでも、だ。


 今日も、クラムは寝所の番をする。


 だって、他にどうしろっていうだ?

 だって、しょうがないじゃないか……。

 だって、俺にも──────家族がいる。


 最後の、

 たった一人だけの家族が………………。


 




 あぁ───。

 雨が降る………………。

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