第30話「最後の残照」
囚人大隊のキャンプ地は闇に沈んでおり、まだ起きだしている者は誰もいないようだ。
暗く沈んだキャンプ地は、クラムが出て行った時と変わらない。
リズ───無事だよな?
一度は、激情に飲まれて
だが、心配する気持ちは本気───。
焦りの気持ちを隠すことも出来ずに荒々しく天幕の覆いを跳ねあげる。
スルリと天幕に潜り込めば、あの人間の出す、垢臭~い匂いが鼻を突いた。
人の気配もある─────が、寝具にはだれもいない。
…………?
り、リズ!?
姿の見えない姪に、いやな汗がブワっと溢れ出す。
ど、どこだ!
「リ───」
声を出そうとしたクラムのすぐ近くで気配が
その気配は
ビュっと突き出されたそれを辛うじて
だ、だれだ!
外よりも暗い天幕の中では相手の正体はわからない。
まさか、『勇者』の手先や、近衛兵がさっきの事態を収めるために俺を暗殺しようというんじゃ───?!
カランと落ちる槍に……。
不意にドカリと腰に抱き着く人の気配……──。
「リズ……」
姪が…………リズがそこにいた。
震える目は、クラムを捉えて離さない。
グググ、と込められる力は悲しいくらい弱々しかった。
「ごめん……リズ」
ポンと頭に手を置き謝罪するクラム。
彼女のことを何も考えていなかった。
『勇者』憎しと、家族の裏切りともいえる現場に遭遇し──彼女の今後の在り方なんて全く考えてもいなかった。
俺はバカだ……。
「ごめん、ごめんな……」
リズの背中に手をまわし、優しく抱きしめる。
そして、ゆっくりと抱き上げた。
やはり……悲しいくらい──軽い。
「怖かったよな……寂しかったよな……──腹が立ったよなぁぁぁ……」
ボロボロと涙を流し、自分の境遇に、リズのそれが重なる。
わかる……。
わかるよ……。
義母さんや、ネリスや、
お前は、
……リズは、リズは俺を待っていてくれた。
きっと……彼女は「ハレム」で飼われていたのだろう。
『勇者』の相手をするべく……。
実際に相手をしたかどうかはわからない。
知らない。知りたくもないし。知る気もない。
聞きたくないし、聞く気もない。
───どうでもいい……!
大事なことは……リズがあの三人の中にいなかったことだ。
もし、何かが違っていれば……。
あそこには、リズも含めて四人だったのかもしれない。
あの『勇者』のことだ。
リズに目を付けないはずがない。
最近になって奴隷市場に流されたというなら……ほんの最近までリズは飼われていたということ。
それは、『勇者』が飽きたか……手を出すのをやめたか、いずれにせよ……あの
クラムに、
リズは……最後まで、そして今も俺の家族だった。
「ありがとう、リズ」
ありがとう───。
抱きしめ、寝具に入れてやり、その髪を撫でつつ───……額にキスを落とし込む。
垢の匂いが鼻孔の奥に流れ込んできたが……不思議と落ち着くものだった。
ありがとう……。
ありがとう、リズ───。
「……ぁ……ぅ」
その濁り切った瞳にも、僅かに……人の温かさの通った光を取り戻しながらリズがクラムの首筋に顔を埋める。
声にならない声で泣き……そして、眠った。
おやすみリズ……。
───リズ、今度は……今度は、君が起きるまでこのままでいるよ───。
今度こそは、──もう……!
リズ……。
リズ……。
お前がいてくれてよかった……。
一度は、リズのことなど知らんとばかりに、『勇者』に歯向かったが……。
あぁそうとも、あれは軽率だった。
すまない。
だが、これからも機会があれば───……ッ!
奴は殺してやるつもりだ。
その時はリズ───。
ゴメン。
俺を
殺してくれてもいい。
勇者に殺されたとしても、最後はお前に殺されるから、さ。
『勇者』を憎むのだけは───自由にさせてくれ。
それ以外は、俺の全てはお前にやる。
血も肉も、心も体も……全部お前にやる───。
そして、お前に尽くそう……。
だから──……。
だから、
一個だけ
俺は……。
俺は勇者を──────殺す……!
絶対に、だ。
……絶対に───。
クラムは───
『勇者』を忘れて、どこかの田舎で誰も知らないところで───家族ともう一度暮らすという小さな望みを……。
今日、捨てた。
クラムの家族は……今や、リズのみ。
あとは行方の知れないルゥナと、「女」として家族を捨てた3人のみ───。
今の、あの3人は……もはや家族ではない。
『勇者』の「女」だ。
……女だ。
ギリリリリリと歯を鳴らしながらも……。
顔の近くで穏やかな寝息を立てるリズの香りに───クラムもいつしか眠りに落ちた……。
明日から彼は、
───勇者の寝所番だ。
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