第29話「世界は美しくも残酷で」



 クラムは、傷だらけの体を引きづるようにして囚人大隊へのキャンプに向かっていた。

 それは連行でも、放逐ほうちくでもない。

 

 ただの帰隊だ。


 よろよろと歩む足には、いまだ足枷がついており、身分は囚人のまま。

 勇者の寝所専属の番兵の話はどうなったのだろうか?


 クラムはキャンプに向かう短い距離を歩きながら、先ほどのやり取りを思い出す。


 ※


 近衛兵に乱暴に引き立てられて、向かった天幕の先、


 えた匂いのする天幕では、散らばった酒瓶に交じり、女性の下着が放置され──端っこには戦利品として誘拐されたのであろう、少女の死体が転がっていた。


 魔族から解放された村落では、こうして戦利品・・・を漁るのが当たり前のようだ。


 解放された村落には、「魔族」がいたらしく……───この少女も「魔族」なのだろう、か?




 …………そんなわけはない。




 その───奴隷市場でも見たが……売られている人々や、捕虜は……どう見ても人間だ。

 彼らは、恐らく元の住民だろう。


 あれが魔族のはずがない……。


 どうやら北進する軍の所業は熾烈しれつを極めているらしい。


 軍の予想と違ったのは、魔族の支配地域を占領後に残置されていた大量の元住民達だった。


 とっくに、魔族によって殺し尽くされたと思われていたが、そのほとんどは無傷。

 いつも通りの生活を謳歌おうかしていたという。


 予想とは違ったものの、無防備な民がいれば軍のやることなど……───。


 解放したのは土地と金持ちのみ……土着の民は、魔族に殺されつくしたと結論。

 ……残っていたのは、当然魔族というわけだ。

 なんでも理由はいい。適当に、入植した魔族だという理屈をつけたのだ。


 暴論には違いないが、こうでもして略奪を繰り返さねば軍の士気は上がらないのだろう。

 結果、この地域の住民は軍に蹂躙じゅうりんされることとなった。

 この、オモチャにされたであろう哀れな少女もまた───……。


 く…………。

 その死体がリズの姿と重なり胸が痛んだ。

 

 だが、クラムにできることなど何もない。

 そうして、死体に目を背け、近衛兵に言われるがまま床に転がされたのだが……。


「しつこい男だな」

 どこか聞き覚えのある声。


 こ、この声……───。



 近衛兵団の団長だという男───イッパ・ナルグーかそこにいた。


(こいつ…………!)


 どうやら、クラムのことを覚えているらしい。

 あの日、勇者の言う通りにクラムを痛めつけ、一方的に決めつけた理由で俺を捕らえた男だ。


「まったく……。悪運だけは強いらしい」

 まぁ、いい。と───イッパは完結に説明して見せた。


 クラムのような反抗的な者が一人二人いたところで、脅威きょういたらん、と思っているのだろう。


「『勇者』の我が儘わがままはいつものこと、でお前の処遇だが───」


 曰く、

 「『勇者』の言うことは絶対。なので、今後クラムは寝所番として勤務せよ、と」

 曰く、

 「囚人から、名目上の臨時措置のため今後の身分を保証するものではない、と」

 つまりは、

 「どうせ『勇者』は途中で飽きるだろうから、それまでは生かしておいてやる、と」


 そういうことらしい……。


「後は知らん。適当にやればいいさ───」

 投槍な様子で言うと、イッパは酒を飲み始め死体を足で弄るのみ。

 もうクラムに興味を払っていなかった。


 シッシと、虫でも払うようにして、それだけわかったら出ていけと、あっけなく追い出された。

 

 どうやら、見張りには話が通っているらしく、クラムがキャンプ地の柵に設けられた通用門に近づいても、鼻を鳴らすだけで特に何も言わず通してくれた。


 明日からは、『勇者』が起きている限り、番兵として寝所の外へ配置されることになった。


 自由時間はなし。

 『勇者』が眠るまでは、ずっと勤務時間だ。

 勇者テンガは、おおよそで深夜まで起きているらしく、朝は遅い。

 ただ、深夜もそうだし、朝方も女とよろしくヤル・・・・・・ため、その時間には外に立っていなければならないらしい。


 そして、日中も……いつおっぱじめる・・・・・・・・かわからないので、常に寝所で待機することになると───そういった無茶苦茶な勤務だ。


 唯一取れる時間は、深夜から早朝までの短い時間と、時には勇者が遠出する時などの、明らかに不在のときのみだ。


 それ以外は、『勇者』の女遊びの刺激増進のために……案山子かかしになれということらしい。



 クソったれ……!



 唯一の救いは……長時間の配置ゆえ、飯があたることだろうか。

 囚人大隊の薄い飯ではなく。近衛兵達が食べている豪華な飯───の残飯だ。


 それでも、

 それでも───!


 ないよりはマシで…………栄養価も高い!

 今のクラムには喉から手が出るほど欲しいものでもあった。


 金もあるにはあるが、わずか数枚の銀貨のみで使ってしまえばもう後はない。

 元盗賊の囚人兵も早々面倒は見てくれないだろう。

 基本的に、囚人兵というのは、自分のことで手一杯なのだ。


 それに、下手に隙を見せればリズがどんな目に合うかわからない。

 クラム不在間の彼女の身柄だけが心残りだが……こればかりはどうしようもない。


 囚人兵の理性に期待するしかないが……かなり厳しい状況だ。


「はぁ……」

 

 それでも、なんとかするしかない……。

 

 そう、なんとか生き延びることができた。


 だが───クラムの心中はグチャグチャだ……。

 何かの拍子に首をくくりたくなりそうで、どうしようもない。


 正直───……怒りや憤りや悲しみや、絶望を感じていたが──今となってはもう、戸惑いしかない。

 一周回って、もうワケが分からなくなっていた。


 あの優しい義母に向けられたあざけりと、

 妹に向けられた無関心さと軽蔑のそれ……。


 そして、ネリスのあの態度……!


 どう見ても肉欲に溺れる「女」で、クラムをかえりみることもなかった。


 一見すれば、罪悪感で顔を見れないのではないかとも考えたが……あの愉悦の声は単純な言葉では説明できない。

 ましてや───ルゥナのことはどう説明するというのか。

 今も彼女の姿は見ていない。


 さすがに、『勇者』もまだまだ幼いはずのルゥナに、食指を向けているとは思えないが……リズのあり様を見ると……。


 くそ!


 ……自分の女の子供だからと言って甘いわけではないようだ。


 ルゥナが無事だといいのだが……。

 リズがあの「ハレム」から流されたというのなら……ルゥナもあそこにいるのだろうか……。


 ネリスただれた姿を見ながら日々を過ごしているのだろうか?


 ゾッとする……。

 リズといい、ルゥナといい。

 子供のいていい環境じゃない。


 そして、リズのこと……。


 彼女は、

 そう…………リズの有り様は、まるでゴミ扱いとしか───。


 ミナもあの様子から見るに、リズのことは知っているに違いない。

 あれほど仲の良かった親子だったはずなのに……娘が奴隷として売られていて何も感じないのか!?


 俺の妹は───ミナはそんな薄情な人間だっただろうか?


 一体……。いったい何があったんだ?!


 シャラも、あんな表情をする人だったか?

 美しく、まるで少女のような外見だが……彼女は紛れもなくクラムの義母だったはず。


 幼少から育て、慈しんでくれていたはず……。


 それが、

 それが、

 それが───!!

 なんて顔・・・・をするんだよ。


「くそぉぉ!」


 誰に向けるでもない毒を空に吐きつつ、叫んだ先には───囚人大隊のキャンプ地クラムの現実だ。


 そこは暗く、酷く疲れた雰囲気が漂っていた。


 そう……まだまだ夜は続き──、周囲は完全に暗い闇に沈んでいる。


 そこを、ジリジリと歩くクラム。

 天幕までの短い距離を、絶望と憎悪と寂寥せきりょうと無力と……残酷なまでの現実に身を焦がしながら歩く───。



 なにもかもが、わからないことだらけ……。

 理不尽なことだらけ……。

 クソのような出来事だらけ……。


 

 あぁ、

 なんて世界だ───……。


















 こんな世界……滅びちまえ─────。

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