第28話「煉獄の底(後編)」


 3人の「女」…………───。


 なんだこれ……?

 なんだここ……?

 なんだおれ……?


 なぁ。

 ここは───、






 ───地獄か?






「いーえー! 天国よぉぉぉ」


 うふふふふふふふふふふふふ、と怪しく笑うシャラ──。

 あはははははははははははは、とせせら笑うミナ───。

 ブルブルと肉の悦びに震える、かつての嫁ネリス───。



 ぎゃははははははははははは、と『勇者テンガ』───……!







 …………間違いない……ここは、地獄だ。







 あはははははははははははははははははっははは!




「いやーーーーー! ひっさしぶりに楽しいぞぉぉ! おい、決めた! 決めたぞ」


 ひとしきり笑った後、テンガは告げる。


「……今日の当直、来い」

 と、声のトーンを急に変えて、近衛兵に向き直る。


 途端にビクリと震える近衛兵の群れ……。

 一人ではなく、全体があからさまに揺れた。


「聞こえねぇのか? それとも……」


 ジィーと全体を見渡して、

「全員、当直だったかな?」


 ヒィと、声を震わせた近衛兵たちが、すぐさまうごめき、

「こ、こいつです! 分隊長のコイツが当直長です」


「お、おい! てめぇら!!」


 ドンと突き出され、クラムを思いっきり踏みながら前に押し出された近衛兵の一人。

 確かに恰好はだらしなく、剣を持ってはいるが、鎧も何もつけていない。


 ……顔は赤く、明らかに酒に酔っていた。


 テンガはその兵の肩を二、三度ポンポンと叩き、

「あー、そー……お前かぁ? ふーん…………さてと、無能ぁぁ」


 死ね───、


「やめ───あびゅ」


 メシリと五指を揃えて顔の中心に突き立てると……グボッと音を立てて、赤やら白やら……ピンクの何かを引き抜きポイすと捨てた。


 近衛兵は、妙な悲鳴を上げたきり声を発せず───ただ、バターン! と、仰向けに倒れると、手足をバタバタさせはじめた。


 ───そして、……やがて息絶えた。



 シン──……と、その死体を見ているのは青ざめた顔の兵士たち。



 取り巻きの女たちは気にした様子もなく、眠そうな顔。

 飯炊きたちや非戦闘員は、いち早く離脱していた。


 そして、テンガに絡みつく、3人は陶然とうぜんとした顔でテンガを見つめている。


「あふぅん♡」


 なまめかしい声を立てるシャラは、チュパチュパ♡と水のような音を立てて血にまみれたテンガの指をしゃぶっていた。


 その顔はとろけんばかりで───美しく、なまめかしく……醜悪しゅうあくだった。


「はは、シャラぁぁぁはしたないぞ。あとで可愛がってやるか待ってな」


 ニュプっとシャラの口から指を引き抜くと、糸を引くそれ……。

 ヌラリと照らつく指を一舐めしてから、テンガは言う。


「でよー……思うんだわ。ロクに警備もできない無能なお前らより……───」


 クイっと足を使って……血だらけのクラムのあごを持ち上げ無理やり上を向かせる。

 テンガとクラムの目が合う。

 すると、その瞳の奥で奴が心底楽しんでいる様がまざまざと見えた。


 この男は、演技でもなんでもなく、───でこれなのだ……!!


 上を向くクラムとシャラ、そしてミナの視線のそれが絡み合う。


 一人は、上気した艶のある色香を振りまく醜悪な瞳を、

 一人は、過去も我子も顧みない男に媚びる醜悪な目を、


 どうして……?

 そんな目を……?!


「──コイツ一人に、番をさせた方がよっぽど建設的だ、ぜ!?」


 そうして、そのままクラムを蹴り抜く。

 凄まじい衝撃に脳が揺さぶられ、視界がブラックアウトしかける。


 だが、無理やり反転させられたクラムは、ボロボロの状態で今度はあおむけにさせられると───。


「で、よぉ? なんつーかあれだ、お前───今からおれ専属の番兵に決定なー」

 

 ……………………は?


「え? ちょっと、テンガ?」

「えええ!」

 シャラとミナが抗議の声を上げると、ネリスもビクリと体を震わせる。


「ぎゃはははは! そーそーそういう反応が見たいんだよ! 絶対、燃えるぜぇぇ」


 そう言って交互に3人の唇を奪うテンガ、それだけで腰砕けになるシャラとミナ。


「どうよー……えー? 昔の家族や男の前でヤルってのはよぉぉ?」


 楽しいぜー! とのたまうテンガに、

「ふ、ざけるな……誰が、そん、な」


 精一杯反抗して見せるが、


「拒否権なんてねぇよ? どーすんだ? 今すぐ死ぬか? 俺としては、それはそれで残念なんだがー……」


 と言いつつも、凄まじい殺気を向けられる。

 情けないことにそれをまともにぶつけられたせいで、クラムは委縮してしまう……。


 だが、


「ぐ……なら───殺せ! こんな地獄を見るくらいなら、…………地獄で生きるくらいなら! 殺せぇぇぁ!!」


 虚勢でもなんでもなく、心からこの醜い世界とおさらば・・・・したくなった。


 もう、何も見たくない───。


 何も聞きたくない!

 何も言いたくない!


 だから、殺せよぉぉぉ!!


「そうか?……ま、ち~っとばかし残念だが、」

 グワっと、振り上げるテンガよ足がクラムに向く───。


 『勇者』ならあの足だけで、ただの凡人でしかないクラムなど一瞬で殺してしまえるのだろう。


「あばよ!」

 ブンと、足が空を切る音を聞いた時───……。


「むぅぅ……──あ♡」


 テンガの口をシャラが塞ぐ。

 そしてミナが下半身に縋りつき絡める。

 

 ネリスは、首に回した腕に力を籠める。


「プハッ……おいおいおい、なんだなんだ? 邪魔だぞ」


 ズンと外れた足がクラムのすぐ傍に落ちる。

 耳が少し切れていたが……頭も……脳みそも無事だ。


「テンガぁぁぁ……そんな汚いもの踏んじゃ、この後で楽しめないでしょぉぉ」


 と、

 みずっぽさの混じる、聞くものをとろけさせるような甘い声でささやくシャラ。


「んー……でもなぁ、コイツ言うこと聞く気ないみたいだしな」

「ふふふふ……テンガったら……忘れたの?」


 キュロロ……っとその美しい碧眼を輝かせながらタイガの目を覗き込むシャラは、フー……と甘い息を吐きつつテンガの耳に口を寄せる。


「ん? あー……そっか! そういや、ネリスとコイツの───」

「ふふふ……貴方って、女の子の素性とか全然気にしないんですもの」


 何を言ったのか、

 突然閃いたと言わんばかりのテンガに、寄り添うシャラ……。


「よー……クラムつったか?」

「……ッ」


 ギリリと歯を軋ませることで肯定する。


「……ルゥナってのはお前のガキだろ?」


 ッ!!!!!!!


「───ぐ!」

 

 思わず体を起こすクラム。

 彼方此方あちこちが悲鳴を上げるが───知るかぁ!!


 その怒りの先で、ネリスが益々ますますテンガにすがりついている。



 る、

「───ルゥナはどこだ!」



「お、めっちゃ反応。……いいねぇ」


 ニヤっと笑ったタイガは続ける。

「ガキの身が心配なら……いう事聞けや? あ?」


 そうのたまいやがる……!


 クラムが心配して、

 気に病んで、

 抱締めて、


 愛している──────!!

 愛して愛して愛してやまない、我が子のことを……!!!



「か、義母さん……」


 こ、

 こいつになにを……?


 ニィィ───と口を歪めるシャラ。


 確かに、命は助かったが…………!

 助かったが───!


 そうだ、確かに……子供のことを忘れて、激情に飲まれてしまっていたが!!!


 なぁ、

 なぁ、

 なぁ義母さん!!


 何を!?


 なぁ、なんで……。

 なんで、そんな楽しそうなんだよ!!


 子供を……ダシにして!?

 なんでそんなことをコイツに吹き込めるんだよ!


 一体、なんて言ったんだよ!!!


 なぁぁぁぁぁ、言えや、

「シャぁぁぁぁぁぁぁぁぁラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




 このクソアマがぁぁぁ!!!




 こいつが、

 こいつが、


 こいつが、



 こいつが、あの義母さんだって!?



「……おバカな子」


 クスっと笑うさま

 そして、クラムにしか聞こえないあざけり…………!!


「おー効果てきめんだな。じゃーいいな? お前番兵だ。良かったなー昇格だぜー」


 ヒヒヒヒヒと、笑うテンガだが、クラムはそれを突っぱねることは、もう……できない。


 グググググググと、歯を食いしばる。

 そして、絞り出す。


「わか……った」


 起こしていた体を、ドサリと横たえ──どうにでもなれ、とばかりに投槍に答える。


「おい、聞いたな? 後はお前らで、適当に都合つけとけや?」


 そう言って、近衛兵にクラムを押し付けると、

「じゃー明日から来いよ? 今日は……ハハハハハ、お前の家族で楽しむさー」


 それだけ言うと、さっさと3人を連れて寝所に戻っていく。


 もはや、その姿を追う気はなかったが───。

 ボロボロの体で、一言だけ……。そう一言だけ。


 ジッと視線を向けているシャラの意味深な視線など受け流しクラム。



 糞のようになり下がったシャラのことなど知らん!



 今は一言──!

 そうだ……! これだけは、あの、もう一人の肉親に聞かなければ……。


 そう、どうしてもこれだけは!


「ミナ。…………リズに何をしたんだ?」


 これだけ・・・・は聞かないと、───。


 テンガにしな垂れかかっていたミナが、ピクリと反応し、その恰好のまま硬直して、


「──────…………知らないわ」


 そっけなく言ったきり、クラムを見もしないで去っていった。


 そして、影絵になった天幕でベッドに放り投げられた3人の女。

 そこにテンガの影がむしゃぶりついている様が明々と照らし出されていた。



 すぐに響きだす嬌声に、誰もが顔を背ける。



 「ハレム」の女たちは呆れた様に自分達の天幕へ帰って行き。

 残されたのは、クラムと近衛兵たち。


「立て!」


 衛兵に、グイッっと乱暴に引き起される。

 そのまま無造作に近衛兵たちの天幕へと連行されていくクラム。



 その目はどこまでもどこまでも暗く濁り…………なにも写さない。



 そして怒りは───?

 そいつはもう、…………もはやどこに向かっていくのかもわからない。

 

 さっきまで、クラムを突き動かしていた衝動は、テンガ一人にだけ向けられていた怒り。

 

 だがその矛先は、もはやどこに向ければいいのか───……。



 拡散する怒りは絶望に染まり、向けるべき対象は誰なのか。


 

 そして、

 それは…………───いま、どこに?

 ……そして、誰に向ければいい───?








 勇者の寝所では、3人の嬌声きょうせいと一人の狂ったような笑い声が響き渡っていた。

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