第28話「煉獄の底(前編)」

「な、んで……」


 疑問は口から、ボロボロとついて出て……。

 そして、戸惑いは最高潮。


 ネリス……そしてシャラ──。


 しかも、その恰好と言ったら、



 まるで「女」だ。



 義母のそれではなく……一人の美しい「女」──。


 年齢を感じさせない美貌はそのままに、かつて浮かべていたあの包容力と母性あふれるソレではなかった。

 男を誘う、肉欲的で、蠱惑的で、煽情的で、一個の「女」シャラとしてそこにいる。


 理由?

 ここにいる理由……?

 

 ははは、ま、まさか……!

 まさかだよなぁ??


「お? シャラも知り合いか……?」


 テンガも気付いたらしく……やはりシャラの名を呼んだ。

 そうだ、紛れもなく義母。

 クラムの家族であった、シャラであるらしい。


「え……えぇ、まぁ───その、」

 そこで、少し苦々しく言葉を詰まらせるシャラ。


「あ! あー! そうか! そうだったな! ネリスとシャラ! 同じ家だったなぁ!!」


 そういえば、そーそーとひらめいた! といった顔のテンガ。


 そして、

「ってことはぁ! おいおいおい、なんでそんなとこに隠れてるんだよ? 感動の再会じゃないか!!」


 ひゃははははっはあ、と───!!

 テンガが近衛兵を割って、一人の女性を引っ張り出す。


 彼女もまた……薄着にすぎる格好で───美しく、可愛らしく、……懐かしく───。

 

 あぁ……わかっていたさ……ネリス、義母さんとくれば……!!


「ミナ…………ッッ……」


 血を吐き出さんばかりの声に、

「…………生きてたんだ」


 あの懐かしい……妹の声。


「…………ど、どうして……──なぁ、」


 すがりつこうと手を伸ばすが、

「触らないで!」


 バっと飛びのく妹……ミナがそこにいた。


 相変わらずチンマイ伸長で、どう見ても少女にしか見えないが……その魅力を最大限に生かしたような恰好は、やはりどうみても───「女」だ。


 間違っても妹としてのソレではない。


「あーらまーまー。お前嫌われてるねー! せっかくの家族の再会だってのに、ッさ!」


 ドスン! と裸足のそれを背中に突き落とされ息が詰まる。


「げぇぇぇ!」


 昨日食べた、あの店のまともな食べ物が未消化のまま飛び出す。

 胃が驚いているのか……まだ消化できていなかったようだ。


 いや、そんなことよりも……。


 一瞬だけだが、見た。

 義母さんが、ミナが目を逸らした。


 少なくとも……俺の惨状を喜んで見ているわけではない。

 そうとも、……ないはずだ!


 事情が……。

 そう……事情があるんだ!


 そうだろう!?


 なぁ!!

「義母さん、ミナ……帰ろう……。なぁ、帰ろう!」


 どこに?

 どこに帰ると言うのか……。


 言っていて、クラム自身にもわからない。だが…………。


 こんな、

 こんな……

 こんな───!!!



 こんな、地獄よりもいい所が何処かにあるはず!!


「───はぁ?……囚人が何を言ってるの」

 

 伸ばしたクラムの手を避けもせず、見もせず……気にもせずシャラはそう言ってのける。


「囚人に義母さんと呼ばれる覚えはないわ」

 そして、さげすんだ目を……俺に?

 

 え?

 義理の息子の……俺に?


 俺を───。

「悪いけど、私も犯罪者の兄妹はいないわね」

 近衛兵の影に入ったミナ。しかし、それを引き戻したのはテンガ。


「おいおいおい、仲良くしろよー……なぁ?」


 ベロりと、ミナの口を舐めとるテンガ。

 クラムの目から見れば醜悪なそれも、ミナからすれば愛のささやきの如し。

 ───途端に女の表情になり、テンガにしな垂れかかる。


「ミぃぃぃナぁぁ……今日はネリスの日だろぉ? あとで相手してやるからよ」


 ネリスと一緒に抱き留め、体を弄るテンガに、

「ミナから離れろ! クズ野郎!!」


 「貴様っ!」と、近くにいた近衛兵がクラムの顔面を蹴り上げる。

 ガツンと、衝撃に息が詰まり──鼻から驚くほどの勢いで血が出る。


「どこ見て言ってんだよ……ミナからくっ付いてるんだぜ?」


 なぁ? と、目の前で深く深く口づけして見せる。


「だ、だまれ……」

 ドクドクと鼻血が口元を汚しつつも、クラムは言葉をつむぐ───。


「何をした! 俺の家族に何をしたぁぁ!!」


 キョトンとした顔のテンガは、

「何って、ナニはしたけど、後は何もしてねぇよ?」


 何言ってんだコイツと言わんばかり……。


「嘘を付け! 俺の家族がお前なんざになびくわけがないだろうがぁぁ!!」


 はぁはぁ……と詰まる息をかき集めて臓腑ぞうふの底から叫ぶと、

「はぁ? あー……なんだ? 洗脳でもしたとか思ってんのか?」


 呆れた奴だな、と───シャラに向き直ったテンガは、チョイチョイと手招きする。


 シャラは合点がてんがいったように、目をトロンとゆるませて、テンガに近づくと、

「今日は3人をお望みかしら?」


 そう言って、ミナとネリスの間に体を割り込ませると、テンガにすがりつき全身を使ってしな垂れかかる……。


 それはもう……クラムにとっての悪夢そのもの───!


 家族が、

 カゾクガ、



 カゾクがァァああああああああああああ───!!!



 ああああああああああああああああああああああ!!



「お? ははははは! 見ろよコイツ、こんな様で興奮してやがるぞ! おいおいおーい」


 テンガの指摘は、クラムの股間に向いていた。

 それを見たシャラとミナは、それはもう軽蔑どころか……ゴミに集るうじ……に寄生した気味の悪い虫を見ているかのようだ。


「ぎゃははははははっは!!! なんだこれ! 滅茶苦茶、おもしれーよなぁお前ぇぇ!!」







 うひゃはははははっは! と狂ったように笑い続けるテンガに、それに絡みつく3人の女…………。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る