第24話「同衾するのは誰」

 暑い……。

 

 きつい……。


 狭い……。






 ───臭い……!





 ううぅ───!!

 寝苦しさに目を覚ますクラム。


 しかし、開いた目には闇。


 周囲は闇に沈みこみ……寝息と遠くに聞こえるいびき以外は無音だ。


 狭苦しくて狭苦しくて……。

 まるで拘束されているかのようだ。


 な、

 なんだ?


(この身動き取れないほどの圧迫感と、寝苦しさ……まるで───)


 ………………。


 ………。


「リズ……?」


 採光用の窓から差し込む夜光に、ようやく慣れた視界。

 そこに見えたのは……───。


 クラムの姪っ子、リズその人。

 いや、彼女は確かにクラムの隣で寝ていたので別におかしくはないのだが……───なんで、俺の寝具に!?


 どうりで寝苦しいわけだ。

 一人用の寝具に二人の人間が潜り込んでいるのだ。


 狭いを通り越して、密着度MAXで苦しい。


 スッと視線を落として彼女の顔を覗き込むと、完全に眠っている。

 顔は…………頬がこけ、目が落ちくぼみ……その目尻はくまがくっきりと浮かんでいる。


 ──酷く不健康なそれだ。


 また、髪はパサパサで油染みている。艶など全くない。

 なにより、…………体臭が酷い。


 口臭や、

 汗によだれ

 糞尿の匂いも含まれたそれは、どんな環境にいればそうなるのか……。


 そして、垢じみた匂いは──密着した彼女から絶えず立ち上っている。

 ゆっくりと上下する胸を見るに、自らの有様など気付かないくらいに深い眠りに落ちている様だ。


 リズには悪いが……流石にキツイ……。

 いや、臭いとかでなくて、ゴニョゴニョ……体勢が、ね。


 なんたって密着度MAXです。


 色々当たっちゃってます。

 色々当てちゃってます。


 リズは母親ミナ譲りのチッパイで──ひどく小柄ではあったが……彼女の父の遺伝も間違いなく受け継いでいるのだろう。

 そのおかげか、ミナよりもやや生育が良い。

 ガリガリに痩せてはいるものの、出るとこは出ており、それなりに良い体だ。あ───うん、ごめん。


 別に、やましい気持ちはないです。はい。

 

 ただ、間が悪いことに、その、なんだ。

 起きた直後の、男の生理現象でアレがあーなってこうなってます。


 めっちゃ、姪っ子に押し付けているわけですが……。


 何をって?

 ……ナニをです。



 ───何ぃ……!?



 うん……。



 ───!!!


 これは倫理的にまずいです!

 そう、不味いわけです!


 と、いうわけで───クラムは這い出そうとする。


 よっこいしょ……。

「ごめんなリズ」

 そう言って優しく頭を撫でてやると、僅かに口に端を緩ませる。

 表情の変化には乏しいが……なにやら嬉し気に見える。


 さて……。

 うむ……。


 こう──ズリズリと密着度MAXの状態で這い出すものですから、

 色々当たっちゃって、触っちゃってます。


 いや、

 わざとじゃないですよ!!

 ──叔父さん、そういうことしません!


 といいつつも、色々抜け出す過程で、ナニを思いっきりリズの体でこすってしまって、なかなかやばい状態だ。


 オパイあたりを抜け出すときは、心臓に悪い…………悪すぎる。


 チラリと見ればリズは全く目覚めないが、なんとなく色っぽく見えてしまって困る。


「ぅぅ…………ん──ぁ……?」

 とか、止めてくれ!


 どうしても湧き上がる劣情を押し殺し、なんとか、最後まで抜け出す。

 あとは、尻さえ出せばかなり楽なのだが……。


 最後の最後で尻とか、いろいろ・・・・引っかかって抜け出せない。


 無理やり引っ張り出した際に、ナニでリズの顔をバィィンと叩いてしまったが……───不可抗力です!


 そう、不可抗力なのです!


 …………。


 ……。


 くぅぅ……ちょっとぉぉ、Myサンがのっぴきならない・・・・・・・・ことになっておりますが……!!

 叔父さん平常心。


 美少女が横に?

 

 ……だーかーらーどうした!!


 …………。


 ……。


 ひっひっふー、ひっひっふー……。


 この子は、姪!

 この子は姪!

 姪です!


 メイーーー!!!


 あ、ダメだ!

 なんか余計にぃ……!


 ヤバイヤバイ!!!


 母ちゃんッ!

 義母ちゃんを思い出すんだ!


 シャラ………………──。


 ───って、

 なんでMyサンは凄くっきしてるねん!!

 

 ひっひっふー、ひっひっふー……。


 ミナいもうとは、ちっパイです!!

 ちっパイぃぃ!

 

 ……。


 …………。


 うん、落ち着いた。

 

「悪いなリズ……」

 髪をサラリと撫でてやる。

 正直、一人にしてしまうのは不安だったが……。


 目が覚めた以上──クラムは、どうしても確かめたい事情を思い出した。


 そう、生涯において最大の天敵にして、怨敵───

「…………テンガ──」


 奴の居場所……。

 その場所は、そう離れた位置でもない。



 元盗賊の囚人兵の言葉が頭に響く───。

 


 やはり……。

 やはり、確かめないと…………!


 クラムは、荷物を置いてスゥ……と天幕を抜け出した。

 外は闇に沈んでいたが、中よりはまだ明るく見える。


 これなら、行動に支障はない。


 後ろを振り返ると、リズは全く目覚める様子もなく眠りこけている。


 ……。


「ちょっと、出てくるな……」

 そう言い置くと、天幕の入り口から這い出る。


 そろりと抜け出た先は囚人大隊のキャンプ地で、そこは相変わらず閑散としていた。

 ──いくつか天幕が立っている他は静かなものだ。


 そりゃそうか……。


 クラムは昼間の酷い戦いを思い出す。


 戦死、

 戦死、


 そして、圧死───。


 死………………。


 容赦なく、ゴミのように死んでいった男たち……。

 一歩間違えれなクラムもあそこにいた。


「考えるな……。今はそうじゃないだろ───」


 かぶりを振り、改めて周囲を見る。


 大隊が使う予定の土地には……実質小隊以下の数しかいないのだ。

 荷車に乗った寝具が大量に残っていた。


 さらに見回せば、周囲には天幕がいくつか立っており、中からは複数の気配がする。

 寝息やいびきが聞こえるところを見るに、全員眠りこけているだろう。


 とはいえ、油断はできない。


 リズのことをチラチラ見ていたものもいるし、何より連中は囚人だ。

 その生活を知っている以上、元々が善人あったとしても……今は、どうなっているか分かったものじゃない。


 幸いというか……なんというか……。

 囚人兵には、明かりは与えられない。

 そのため、暗くなれば全員眠っているはずだ。


 あの戦いの後だ……なおのこと、皆疲れ切っているだろう。


 しかし、リズに手を出そうと狙っている輩が息を潜めて機会を窺っていないとも限らない。


 ───今一人にするのは危険ではある……。


 しかし………………。

 しかし、だ───。



 確かめないわけにはいかない。



 あの……。

 あそこにある『勇者』の寝所を───。


 ───そして「ハレム」を……だ。


 『勇者』のハレム……奴隷商がいうところの───リズ流されたと、……以前までいたという……そこ。




 そして、彼女……のこと。



 ネ──────……。


 …………。


 ……。


 …………いや、そんなはずはない。


 彼女がいるはずはない!

 あれは……。



 あれは───タダの他人の空似だ!



 だから!

 だからこそ確かめて、彼女が居たなんていう馬鹿げた考えを否定する。


 クラムの家族の居場所。

 それは、きっとここではない、どこか良いところ。


 いいところに決まっている!!


 それはきっとリズが知っているさ。

 今、聞かなくても!

 たとえ今、聞けなくても───!


 彼女が心を取り戻した時……。

 その日に……。

 その時に……

 その刹那に───リズに尋ねればよい。


 きっと……。


 きっと無事だし。

 きっと、待っていてくれる。


 きっと……。

 きっと、さ。

 

 だからさ……───違うよな?


 そう言ってクラムは往く。


 リズ、すまん。

 少しだけ、……離れるな?


 気をつけろよ。


 ……俺には今、お前しかいないんだ。

 おまえにも今は俺しかいないんだ……!


 だからッ!


 もう一度囚人兵達の様子を窺うが、誰も起きているような気配はない。


 仲間を疑うのは心苦しいが、油断して、リズに何かあってはだ。

 ───警戒して警戒しすぎることはない。


「リズ……何かあった使えよ───」


 そのため、クラムはリズの枕元に槍をおいてきた。

 護身用に……と。


 リズが扱えるかどうかは別にしても、牽制にはなるだろう。


 本来ならクラムがそこにいればいいだけのこと──。

 だけど、この今のひと時だけは許してくれ。


(……ごめんリズ。今だけなんだ)


 今しかないんだ───。


 明日をも知れぬ囚人兵。

 補充が来るまでは、後方任務だというが……どうだかな。

 信用するだけバカを見る。


 だから、機会があれば逃してはならない。


 そうだ……。

 だから、今しかない。


 ───今しかないんだ!


 そう決意して、クラムは囚人兵のキャンプを抜け出した。


 リズも、囚人兵も、闇も……。


 何も起こさぬよう……。

 ジャラリ……ジャラリと、静かな足枷の音を響かせて……クラムは勇者のキャンプへと向かう。

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