第23話「素晴らしきかな愛」
「ぐぁあああ……疲れたぜぇ……!」
ドサドサっと、
囚人兵達は、キャンプ地にたどり着くと皆が一斉に地面にへたり込む。
キャンプ地と言っても、だたっ
大隊規模の兵が使うため、それなりの平地が与えられているのだが……。
今や大隊は壊滅も壊滅……。現状では、小隊以下の兵力しか残っていない。
(死にも死んだものだな───)
それは──酷く寂しい景色だった。
ロクに言葉を交わしていたわけではないが、確かに数百人の男たちの息遣いがあったというのに───今はこのありさま。
その閑散とした野営地の隅ッこ。そこに、後方部隊が運んで来た天幕と寝具が無造作に置かれていた。
本来なら軍事行動に際には、野戦師団や近衛兵団なら、主力の戦闘中に後方から来た兵站部隊なんかが天幕の設営を行ってくれるのだが……。
囚人大隊にそんな気が利くことをしてくれるはずもなし。
一応、兵站部隊はついているのだが、
見ての通り、扱いは雑だ。
囚人は自分でやれ、とばかりに──寝具や天幕などが荷車で運び込まれ、そのまま放置されているだけだ。
酷い所では、わざと湿地の上でその荷物をぶちまけられたりする。
実際、いくつかの天幕は水没していた。
幸いにも、クラムの使う天幕は荷車に
それを
誰もかれも疲れ切っていて、なかなか動こうとしない。
しかし、クラムは疲れた体に鞭を打って動く。
囚人兵の中にはリズをチラチラ見ているものもいるわけで……。
あまり連中の目に
事情を知っていたとしても……囚人だ。
例え
そのため、大慌てで天幕を準備する。
リズはリズで、ボロボロの衣服。
そのため……その───なんというか、色々見えて…………その、困る。
酷く汚れているのに、その溢れる色香がどうしても劣情を
彼女は姪で、クラムの実の家族だとは、頭では理解しているのだが……。
長い投獄生活と、囚人兵暮らしで
……クラムでこれなのだから、他の囚人兵ならいわんや……ということ。
彼らには悪いが、警戒して警戒しすぎることはないだろう。
そのため、まずは一刻も早く天幕を設営し、彼女をその視線から隠してやりたかった。
傍から見れば、早く少女を引っ張りこみたくてウズウズしているオッサンに見えなくもないのだが……──クラムには知る
そのため、わき目もふらず天幕を準備していく。
幸いにも、天幕のサイズはもともと3~4人で使用するため比較的大きい。
リズ一人増えても困ることはない。
何より……同室の囚人兵は全て戦死していた。
そのため、彼らの寝具をそのままリズに与えても問題ないだろう。
進軍が始まればどうなるかまだ分からないが……そのへんは
───今は、この瞬間をリズのために尽くす。
それだけを考えて準備していく。
主柱と支柱を起て、キャンバス地の分厚い覆い幕を被せていく。
その後は紐で引っ張りつつ、ペグで固定だ。
逃亡防止のため、天幕設営の道具さえ貧弱なものばかり、───木槌に、小さなペグ。
装備も貧弱……。
囚人兵には皮鎧と、短い折れそうな槍───それだけだ。
いかにも使い捨て、といった感じで、徹底して足枷を破壊できそうなものは与えられない。
しかし…………それでも、ギリギリの生活が可能だ。
リズも……。
そうさ、リズのことも何とかしてやれるさ。
木槌がカンカンと、小さなペグを打ち込んでいる様を、ペタンと地面に座ったリズが、虚ろな視線でボーっと見ているのが分かった。
なんとはなしに……むず痒いものを感じたが、消耗しているらしいリズに手伝わせる気はなかった。
クラム自身も疲れているうえ……天幕を一人で準備するのは酷く骨が折れたが、他の囚人兵に手伝わせると、都合そいつと同室になりかねない。
故に一人でやるわけだが、その苦労もなんのその……!
背後に感じるリズの瞳をムズ痒く──そして、温かく感じるとともに……心に満たされる多幸感のようなものがあった。
自然と緩む口に、家族と再会できた嬉しさが滲み出ている。
まだ何も、そう……何ひとつ解決していない。
何も解決していないし、
何も分からないし、
何もない……。
それでも、
それでも、だ!
リズが……。
リズに会えた。
───家族に会えた。
家族と眠り、食べ、同じ屋根の下で過ごせる……。
それだけでも、心が満たされ──嬉しくなる。
ネリスや、
ミナや、
ルゥナのことも、気に掛からないわけではない──。
だけど……。
今はリズと過ごそう、
彼女に尽くそう、
愛そう、
───そう思う。
そして、完成した天幕に、リズを誘う。
ほとんど動けない彼女を抱えるようにして天幕に引き入れた。
暗い天幕の中で、何とか採光用の窓を開け僅かな明かりの中……彼女を抱き寄せ、寝具に潜り込ませる。
毛皮を縫い合わせただけの、簡素な寝具巻(寝袋みたいなもの)だが、防寒だけは問題ない。
以前使っていたであろう囚人兵の体臭が漂っているが……それに負けず劣らずリズも酷く臭う。
ツンと体臭が鼻をつくが……まぁクラムも実際は酷い匂いだろう。
洗ってやりたいところだが……今は勘弁しておくれ。
クラムも寝具に潜り込み、二つの寝具をぴったりとくっつけると、徐々にだが瞳に正気の光を取り戻していると
「おやすみ……リズ」
「……ぉ…………ぃ……」
小さく口を動かすリズ。
表情はさほど変化がないが……少なくとも怯える様子はない。
軟らかく微笑むクラムは、リズの頭を優しく撫で、懐からパンやベーコンを取り出し千切って彼女に与えてやる。
固いパンはクラムですら中々噛み切れないので、小さく小さくちぎってやり、その手に乗せる。
ベーコンも
なんとか震える手で口に運ぶリズを見て、胸が締め付けられる思いだ。
こんな小さな子に───……。
ギリリと、思わず歯が鳴るが、その音にリズが微かに怯えを見せたため、慌てて笑顔を取り繕う。
……本当にこの子の心はギリギリなんだろう。
家族の行方を聞いてみたいが───……。
それが
なにが弾みになるかわからないが……下手をすれば彼女の心は壊れる。
……一度壊れる寸前まで追い詰められたクラムにはそれが良く分かった。
──痛い程分かった。
だから、聞かないし、言わない……。
その気配も匂わせない。
リズ……。
ゆっくりお休み。
今はただゆっくりお休み……。
弱々しく
彼女の寝息が聞こえる頃には、クラムの意識もまた……闇に沈んでいった。
お休みリズ───。
お休み叔父さん……。
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