第22話「残り香達」
「よぉー。実際、どうすんだ? その子」
追いついた先で、元盗賊の囚人兵がゆっくりと歩き、囚人大隊のキャンプ地に向かっていく。
野営地の中にいる限り、囚人兵の行動は比較的自由だった。
それはひとえに、野営地全体が
実際に、機動力のある騎馬に追跡されれば、あっという間に捕まるのは目に見えている。
それくらいなら大人しくしている方が身のためだ。
逃亡して無残に殺されるよりも、
戦って、戦って、戦って……───特赦を。無罪を勝ち取るのだ。
そうとも、どうせ死ぬなら、生き残りの可能性に賭けるのは自明の理だろう。
しかし、だ。
「───どうするって?」
クラムは言われていることの意味を、なんとなく分かっていつつも返す、
「いやさ、俺たちは囚人兵だぜ? 連れて歩くわけにはいかんだろう? それに、」
それに……、
「飯とか、ションベンとか、風呂とかよー」
──まぁ、風呂は俺たちも入ってないけどな、ガハハハハハ!
と、豪快に笑ってのける元盗賊の囚人兵。
しかし、彼の
風呂は諦めるしかないとしても……───飯はどうするべきか。
比較的自由と言っても、他の兵に比べて劣悪な環境にあるのは間違いない。
まさか、奴隷を買ったから飯を二人分くれと言って──くれるはずもなし……。
かと言って、一人分のメシを二人で分け合っても、すぐに共倒れになるだろう。
それにリズの状態から見るに、一刻も早く滋養が必要だ。
ガリガリに痩せ衰えている。
さらには、目つきや、髪、肌つやから見ても、病気か───あるいは極度の疲労と栄養失調に陥っているだろう。
そうとも。誰の目にも、滋養が必要とわかる。
それがどうだ……。
囚人兵に与えられる飯と言えば、一人分でさえ、量も、滋養も、……味もない。
滋養なんて逆立ちしても見つからない──。
「なんとか……。なんとか、するさ」
とはいえ、全くあてはない。
……ないが、なんとかしなければならないだろう。
───なんとか……。
ったくよー……と、
元盗賊の囚人兵が呆れた声を出す。
「ほら! これ、持ってけ」
元盗賊の囚人兵は懐から、金の入った袋を取り出すと、銀貨を数枚、クラムに握らせた。
「これは……?」
「釣りだ。お前が払った金貨8枚と銀貨。俺のとこから抜かれた金貨7枚……銀貨でもらっても、ややこしいからよ……きっちりと
そういって、さっさと袋を仕舞ってしまった。
「すまん……」
「いいってことよ」
貰った銀貨に感謝しつつ、
「なぜここまで?」
どうしても疑問が沸く。
元々善良な一市民ならともかく、彼は生粋の犯罪者だ。
「なぜっていうか……。まぁ、あの戦場でな──……お前がいなければ俺たちは死んでいたと思うぜ?」
その言葉に周りにいた囚人兵も、うんうんと頷いている。
「お前が覚悟を決めて前へ進めと
……それは、事実なのかもしれないが、
「だとしても、生き残ったのは、皆の運と……タダの偶然だろ?」
「だとしても、だ」
そう言って、
「まぁ、金のことがアレだが……感謝してるし、その礼だと思ってくれ」
なんだろうな……。
彼は──元盗賊の囚人兵は、完全に犯罪者だったのは間違いないというのに……いい奴だ。
「そうか……。すまん。かねは───金は、必ず。……必ず、返す」
「───当たり前だ! ったく……俺から借りるとかふざけんじゃねぇっ、て話だぜ」
ブツブツという元盗賊の囚人兵。しかし、そこに
「それで、旨いもんでも食わしてやんな……えーっと、」
「リズだ……」
あーそー……と、
「……その代わり、
……あ゛?!
「───あ゛ぁ゛ん!?」
ブワっと
ほんの軽い冗談か、軽口…………あるいは、ちょっとした本気もあったのかもしれないが……聞き捨てならない!
「な、なんだよ……? そういうつもりで───」
「この子は姪だ……! 俺の……俺の家族なんだ……」
あー……。
ポリポリ……───。
まずいこと言ったな~とか言って頭を掻く元盗賊の囚人兵。
「すまん───。なんていうか……ひでぇ話だな」
適当にごまかした言葉だろうが……正直同感だ。
「本当にすまん」
素直に謝る元盗賊の囚人兵。
「あ、あぁ……、俺もムキになった、……すまん」
クラムはクラムで軽口に過剰に反応し過ぎただろう。
「まぁなんだ……これでも食わしてやれや……」
「これは?」
こんなものを買っている所は見ていない。
「そりゃあれよ。……ほれ、あの店でボラれたからな、」
釣りだよ釣り……といって、まだまだありそうな食料をチラッと見せてニヤリと笑う。
呆れた……どうやらあのキツネ男の店からくすねて来たらしい。
たしかにボラれたと
なるほど……元盗賊か。
「すまん、いただくよ」
リズの鼻がヒクヒクと動き……食べ物の匂いに反応していた。
サラリと彼女の髪を撫でてやり、首筋に唇と落とすと囁く。
あとでな……。
撫でりこ、撫でりこ───と姪っ子の頭を撫でてやる。
リズはボンヤリとした眼でどこを見ているか分からないが……少し細められたソレは気持ちよさげに見える。
フワリと香る、姪の匂いは垢染みており、決していい匂いではなかったが……なぜか心が穏やかになる。
小さな家庭がそこにあるのだ。確かな感触として───。
(リズ───……)
随分と日が落ち、暗くなりはじめた空のもと───ジャラリジャラリと囚人兵は歩く。
ゆっくりと歩いてくれる元盗賊の囚人兵の歩幅にあわせて、野営地を歩いていく。
その先の、立地の悪い所に囚人大隊の野営地はあった。
そして、少し離れた位置にそれがある───
「おーおー、見ろよ。『勇者』殿のキャンプ地だぜ」
元盗賊の囚人兵が指し示す先、
「ケッ、豪勢なもんだぜ」
巨大な天幕が立ち離れた位置に近衛兵団の天幕が点在している。
そして、立哨する近衛兵がちらほらと、
「見ろよ───あのデカいのが『勇者』殿の寝所だってな」
勇者……。
ゆ、
『勇者』の寝所……───。
遠目にもわかるほどに、巨大な天幕。
あそこに奴が……。
ビクリとリズが震えるのが体越しに伝わる。
……?
…………リズ?
(そうか……見たくないんだな───)
『勇者』のキャンプ地が身に入らぬように体で塞ぎ覆ってやる。
いい。
──見なくてもいい……。
「胸糞悪いぜ……。見ろよ、その奥の派手な天幕が『勇者』どの御用達のハレムってやつさ」
『勇者』のハレム、
噂では、国中で
女好きの『勇者』らしく、国ではやりたい放題。
それでも、寄ってくる女もいるらしく、もう訳が分からなくなっているとか。
時には、女を「手籠め」にして王国が揉み消す。
あるいは女の方から玉の輿狙ってすり寄る。そして、どっちもうまくいけば「ハレム」入り。
手籠めにされた女も、最初は訴えを起こすが国が上手く取りなして……最終的には仲良く
女にとっても悪い話ではないとか……?
クソみたいな話だが……その過程で死刑囚にされた夫や恋人も数知れず。
先の戦いで死んだ者も、そういった死刑囚たちだ。
「特にお気に入りの女を戦場まで持ち込んで、ヨロシクやってるらしいぜ……」
元盗賊の囚人兵は、ヒュッ!──と槍の穂先を『勇者』の寝所にむけ、その周囲に散らばる近衛兵を指し示す。
「見な……護衛兵の位置……随分中途半端だろ?」
「あぁ……それが?」
リズが怯えているようなので、あまりこの子の前でしたい話題ではないが……興味はある。
そう……興味が──な。
「『勇者テンガ』がヨロシクやっている最中は、兵を寝所から遠ざけてるのさ。……
ケッ……いいご身分で、と唾を吐きつつ忌々し気に言う。
(まったくだ……)
「まー……。陽の高いうちから、お盛んなことで」
それだけ言うと、また歩き出す元盗賊の囚人兵。
……『勇者』の寝所───。
そして、
……リズが奴隷に流されるまでいたという……「ハレム」───。
クラムの頭に嫌な考えが浮かぶ。
先の戦いの前……勇者に黄色い声援を送る女の中に……───……彼女がいた気がしたのだ。
あの……愛しい人が──。
見間違いだと思うが、
見間違いであってほしいが……。
見間違いであればいい───。
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