第21話「小さな帰宅」

「はぁ!? 囚人兵ぃぃ???」


 リズを受け取る段階で、

 奴隷市場の事務員に金額を支払い終えたとき、彼が素っ頓狂な声を上げる。


「なんだよ? 金なら払っただろう」

 クラムは何でもない様に言うが、

「いやアンタねぇ……。金を払うなら、別に鬼畜野郎でも、ロリコンにでも売るがね……」


 彼は言う。


「だけど、アンタらみたいな身元の不確かなものに売るのはちょっとだな……」


「なんだと!?」


 奴隷の売買に置いて、特に性奴隷であるが───年間の更新料の徴収が発生する。


 そのため、徴収者がその人物のところに徴収に行くわけだが、この際、身元の不確かなものの場合───徴収は著しく困難になり、最悪奴隷を持ち逃げされる可能性がある。

 

 ───奴隷は国の持ち物であり、財産である。


 そのため、必ず身元が保証できる人物に売るのが条件となる。

 例外としては、一括で支払われる戦闘奴隷や、酷使奴隷であるが……、基本的に性奴隷はその制約が著しく厳しい。


 どうしても、終身で買いたい場合は高額な金を支払って生活奴隷にする方法があるのだが、これは市民権を与えたり、王国財産を買うという前提でもあり……、なかなか性奴隷として使うのは外聞が悪くなるのだ。


 もっとも、よほどの大金持ちならそう言ったこともあるのだろうが───。

 市民権を得た少女らを家に囲うというのは、中々に世間の目がよろしくないのだ。


 その点、性奴隷ならば一年更新。


 半死半生のボロボロにしなければ、基本何をしても良い・・・・・・・

 それこそ、身内で姪っ子であろうとも、だ。


 最悪、飽きれば一年で返却すればよいだけのこととして、比較的気軽に購入されている。


 しかし、その安価で気軽な分……購入者側の制約はそれなりにハードルが高い。

 高いのだが……、それなりの数が流通しているということは、しっかりと職を持ち──家があれば大抵問題ないということでもある。


 性奴隷を囲うというリスクにさえ目をつぶれば、一市民でも安価で買うことができるのだ。

 もっとも、その奴隷を持ち逃げしたと嫌疑を掛けられれば、担保となるのは家や財産、またはその親族にまで及ぶこともある。


 故に、よほどのバカでなければ性奴隷は性奴隷として「活用」するものだ。


 そして、クラムの場合はいずれにせよ───。

「家はあるといっただろう! さっきの住所だ。調べればわかる!」

「いやさ、だから調べたよ? 近くに住んでるやつも結構いたからね……でだ、」


 ジロっと事務員がクラムを睨む。


「その家ってのは、随分前から空き家らしいじゃないか? 家主も……まぁなんだ?」

 チラリとクラムの足枷を見る。


「なんだよ!」

「いや、まぁそれでだ──その家の家主だという事を証明できない以上だな……」

 事務員としても折角せっかく高値で売れた商品をまた元に戻すというのはできるだけやりたくない様だ。


「だったら、役所に問い合わせろよ! クラム! 俺はクラム・エンバニアだ」


「だからぁ……。役所に問い合わせて……それから回答来るまでどれだけ時間がかかると思っているんだよ」

 事務員のいう事は一々もっともだ。


 たしかに、遠く離れた最前線と南方の王国だ。


 往復でどれほどかかるのか。


 そして、例え遠方であっても───事務員としては問い合わせても良かったのだ。

 ただ、それが無駄骨に終わる可能性を考慮すると、軽々に頷くこともできない。


 問い合わせるだけ、問い合わせて、

 そんな奴は知らん……と役所に回答されれば、結局クラムに奴隷を売ることはできなくなる。


「悪いけど……今回は、」


 そう言ってリズを引き戻そうとする事務員。

 リズは、屈強な男に取り押さえられ奴隷市場に連れ戻されそうになる。


「くそ! そんなバカな話が──」

「───まて」


 そこに一人の男が割って入る。


 こいつは……。

「───てめぇ……」

 成り行きを見守っていた元盗賊の囚人兵が、凄みのある声で威嚇いかくする。


「私が身元保証人になろう」


「『教官マスター』……!?」

 クラムが鋭い目でその男──『教官』を睨む。


「へ? あんた誰だよ」

 突然割って入った『教官』に事務員の男が怪訝けげんそうな顔をする。

 それに取り合わずに、『教官』男とはニ、三会話すると──。


「はぁ、まぁ、そういうことなら……おい」


 それだけで納得したのか、あっけなくリズをクラムに引き渡す事務員。

 屈強な男に連れられてリズがズルズルと引き摺られて、クラムに渡される。


「リズっ!!」

 ガシリを抱き留めた少女は……間違いなくリズだ。


「……ぁ……」

「……リズぅぅぅ」


 ぐぐぅぅと抱き留めた少女の軽さに驚くとともに、


 やっと……。

 やっと家族に会えた喜びに体が震える。


 しかし、その再開劇の裏で囚人兵と『教官』は一触即発状態だ。


 代表して元盗賊の囚人兵がズイと近づくと、

「よぅ……なんのつもりだ」


 クラムとリズを尻目に、元盗賊の囚人兵は『教官』にズンズンと詰め寄っているが、彼は一切相手にしない。

 囚人どもを一切無視すると、冷たい目でリズとクラムを見下ろす。


「……あんたのことは許せないが……今、この瞬間だけは感謝するよ」

「そうか……」


 クラムの言葉などどうでもいいとばかりにきびすを返すとどこかへ消えていく『教官』。

 敵意の溢れる囚人兵の視線を受け流すとさっさと何処かへ行ってしまった。


「はい。お釣り」


 ポイっと事務員の男は残った金の入った革袋をクラムに投げ渡す。

 チャリっと音のするそれは随分と減っていた。


「これ……。その、すまなかったな」

 クラムはリズを片手で抱きかかえ、革袋を元盗賊の囚人兵に渡す。


「……なにを、今さら……。──あーあーあーあー……。随分とまぁ、減っちまって」

 本当にがっくりと言った様子でションボリする元盗賊の囚人兵。それを見て、クラムはすまない気持ちになった。


「か、必ず返す!……だから、」

「当たり前だ!───ったくぅ。……ほら、もう行くぜ?」


 そう言って囚人兵達を連れ立って歩いていく。


 野営地の中では囚人兵の自由も大きいが───いい加減、自分たちのキャンプ地に戻らないと、あとで何を言われたものか……。


 ズンズンと歩いていく元盗賊の囚人兵を追って、囚人兵達はゾロゾロと連なり、ジャラジャラと足枷の音をたてて歩いていく。


「───帰ろう……リズ」

 腕の中の少女を優しく抱き留めるとクラムは歩き出す。


 リズはろくに歩けないのか、ヨロヨロとクラムに寄りかかってほぼ引き摺られるような形だ。


 身体は悲しいくらいに軽い……。

 囚人生活で衰えたクラムでさえ容易に支えられてしまうほど───。



 一体……。一体、この子に何があったのか……?



 身体を見れば、薄汚れてドロドロだ。

 ただの汚れが、これまでの様々な環境のせいで肌に染みつき、……記憶にある彼女の健康的に日焼けした体に滲みこみ、……その色を暗く濃く、汚していた。


「……ぅぁ」


 おまけに、鼻を衝くのはあかじみた……きつい体臭だ。

 それでも……───。


「何も言わなくていい……」


 その髪に鼻を寄せると──フワリと。

 垢と、汗と、僅かに血の混じった匂いに──……。確かに、リズの…、家族の匂いがした。


 懐かしい……。愛おしい……、それ。


「ただいま……リズ」

「ぉ……ぁ……」



 あぁ……。

 リズ……お前声が───。



 ショックか、病気か、その両方か……リズが声を失っていることに気付くクラム。



 その痛ましい姿に、思わず抱き留める手に力が籠る。


「ぉ…………」


 そして、記憶の中にあるリズが成長していることに気付いた。

 ……これまでの時間の流れの残酷さと、その流れの果てに家族が生きて……そして成長していたこと。


 それら全てに一抹の不安と安堵を覚えた。


 リズは、かすかに言った。

 震える唇で、言葉を紡ぎ───「叔父ちゃん」ではなく「叔父さん」といった。


 その言葉だけで、彼女がクラムがいない年月にも確かに成長し……そして、クラムを記憶の中の「叔父ちゃん」ではなく、ちゃんと生きて……ともに成長した「叔父さん」と呼び、認めてくれたことに喜び、悲しくなった。



 ゴメン……リズ。

 待たせたね……



 目をあわせると震え、潤む瞳……。

 その容姿は、この子の母───おれのミナによく似ている。


 だが、それとは異なる成長をしていることもまた、ミナではなく……この子が、リズというクラムの姪であり、一個人だという事に気付く。


 そして、囚人に身をやつして以来初めて再開した家族。

 だから、リズには……色々聞きたいこともある。



 家族の事──。



 ネリスや、

 義母さんシャラや、

 この子の母親ミナのことや、


 ルゥナのこと……。


 色々聞きたい。

 聞きたい……!


 聞たくて聞きたくて、仕方がない。


 だが、それをえる。


 きっと、この子はギリギリの縁にいる。

 絶望を経験した俺だからわかる。

 そして知っている……。


 だから、

 だから……。

 今は心穏やかに……。



 ただ、

 ただ再会を喜ぼう。

 

 ただ、

 ただ温もりを分かち合おう。


 ただ、

 ただ愛しさを感じ合おう。






 ただいまリズ……───。


 おかえり叔父さん……───。






 よろめく人影は、野営地の喧騒など気にも留めないで、まるで一つの塊のように寄り添い溶けあっていた。









 ただいまおかえり……。

 おかえりただいま……。

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