第18話「闇市」
移動酒保商人にはさまざまな種類がいる。
飯に、酒、保存食の他に、菓子にコーヒーなどの
また消耗品以外にも、武器防具や、その修理───なんでもござれ。
ついでに馬や、服なんかも売っている。
もっと奥まで行けば、おーおーあるわあるわ。ダークでグレーなお店がいっぱい……。
風俗として春を売る女も同行しているし、その衛生管理の医者や薬師もいる。
怪しい所では占い屋、呪術師、神父までいる始末。
そういったサービス業もあれば、普通の店をあったりと移動酒保商人の集まる一画は、不思議空間を形成していた。
例えば、通常の大店から出向している貸本屋や、代筆、洗濯、仕立て屋と、一見して軍隊と全く関わりの無さそうな店まである。
言ってみれば、まるで街が丸々移動してきたようなものだ。
そして、当然の流れとして……人と金がの集まるところには裏家業もそこについてくるわけで、いわゆる大っぴらには取引できない
そんな怪しい一角を除いてみると、まぁ──あるわあるわ。
戦利品の裏取引や……捕虜の売買、さらには
だが、この「奴隷」の
これまた捕虜から派生した魔族の奴隷なら──まだわかる。
人類どうしの戦争でも、身代金も取れないような捕虜なら、時には紋章官が正式に奴隷認定をして、そのまま捕虜を権利者に与えることもある。
しかし……。
時には、戦争とは関係のない場所で誘拐した者や、戦いの最中のどさくさに紛れて、敵の奴隷をそのまま商品にしたりなど──もうやりたい放題だ。
本日も、ご多分に漏れず──世界は通常運転。すなわち腐っている。
「おう、まずこっちだ」
クイクイと、元盗賊の囚人の案内をうけて、ブラックマーケットの中に足を運ぶ。
表の商店で飯を食っている時に、近衛兵にでも絡まれでもしたら厄介だというのもあるが、
「飯もそうだが、これもなんとかしないとな?」
へっへっへ…と、取り出したのは、紋章官に渡し切れなかった戦利品。
──……そう、クラムたちは、手柄認定の際に、紋章官には戦利品を渡していた。
あの時、クラムたちはせっかく手にした首級を前に途方に暮れていたのだ。
クラム達は囚人兵。当然のことながら、手柄にしても冷遇されるのは目に見えている。
命を賭して、首級をあげたとて───……通る筈がない。
しかも手元にあるのは下級兵士の首ばかり。
仮にその戦果が認められても、それだけの価値。下級兵士を渡しただけでは手柄としては少ないわけだ。
そもそも認定されるか非常怪しい。
だから、悪知恵の働く元盗賊の男が一計を案じた。
つまり──獲った魔族の首に
そのままでは手柄認定されない首だが、口の中に
下級兵士の首級があっという間に大手柄。
──見事、囚人兵の手柄に変化したわけだ。
からくりは実に簡単極まりない。
バレなければ紋章官には、賄賂が丸々手に入ることになるので、基本的にはどちらにもウィンウィンの関係というわけ。
もっとも、紋章官は貴族が務めるのが普通であるため、そんなリスキーなことをするのかという疑問もあった。
だが、紋章官といえど人間であったらしい。
なるほど……大変欲望に忠実だ。
なんたって通常の戦果として認定してしまえば、囚人兵の戦利品は王国の国庫に入るだけ。紋章官にはなんの利益もない。
しかし、こっそり懐に入れてしまえば……それは、紋章官のものになるわけだ。認定外の戦利品ならバレることもないと──……聞きしに勝るほど、想像以上に腐っていやがる。
ちなみに、
意外なことに、魔族が物持ちなことには囚人兵も皆が驚いたもの。
かなり裕福なのか、ゴブリンであっても彼らは例外なく金銭を身に着けていた。しかも大金……。
一見、無防備過ぎる気もしたが、預ける先もない以上、戦場では持ち歩くしかないという事情も分かる。……わかるのだが、それにしても凄い額だ──人間の感性から言うとかなりの金持ちにあたる。
たまたま、あの戦場にいた魔族が金を持っていただけなのか、それとも全体的に魔族が金持ちなのかはわからない。
だが、短時間で集められる量としては結構な額を集めることができた。
戦闘で仕留めた兵や防壁の下敷きになった兵以外にも、地面に遺棄されている死体のそれからは、囚人兵達がほとんどを回収してしまった。
証拠がなければ、そもそも探そうとすら思わないだろう──というのが元盗賊の囚人兵の言い分だ。
(──まったく……
呆れ半分、関心半分───ま、そのおかげで助かったのは事実だ。
その元盗賊の男だが、闇市をまるで自分の家の様に勝手知ったる様子で、ヒョイヒョイと歩いていく。
勇者によって死刑にされた囚人兵らは勝手がわからず、必死で元盗賊についていくだけ。
そして、
「──お。ここだ、ここだ」
元盗賊の囚人兵が案内したのは、何でもない酒屋だった。
簡単な小屋掛けを作り、地面に
食料は供されるらしいが、──
奥は暗く、壁の代わりに樽や木箱が積み上げられいた。
チロチロと火を覗かせているのは簡易
「──初めて来た場所なのに詳しいな? って言うかここ、飯屋だよな? 戦利品は、」
「しッ!」
皆まで告げさせず、元盗賊の囚人兵はクラムの口を塞ぐ。
「滅多なこと言うな!……見ろ」
クイっと、元盗賊の囚人兵が指刺す先を見ると、ソーセージが
「飯屋だろ?」
「その下だ」
???
クラムが意味が分からず首を傾げていると、
「ったくぅ……。どこのボンボンだ、お前は? ほれ、あれだあれ。……看板の下。小さくトカゲの絵があるだろ?」
「……あぁ。それが?」
「はぁ……まったく。あれは盗賊ギルドのマークだ。世界中共通だぜ?」
へー……。
「ったくよぉ、興味ねーって顔しやがって。いいか?──こういうところで売らなければ足が付くだろうが、まったく……」
そう言って、元盗賊はさっさと中に入ってしまう。
他の囚人兵達も顔を見合わせつつ、オズオズと中についていくしかない。
入ってみれば、内部は暗く……どこか空気が
「……らっしゃい」
何も言わずとも、奥にいたキツネのような顔をした店主がジョッキに盛ったエールを突き出してくる。
「おう、ウォッカを人数分と、後は適当に──腹に
ピクリと表情筋を動かした男は、「あいよ」といって引き下がりすぐに、注文の品を出してくれた。
店内には他に客はおらず、囚人兵達は足枷をジャラジャラ鳴らしながら思い思いに座り、料理に舌鼓を打った。
「ダンナさん、
と、
店主が
「ん、おう。飯食ったらいく」
……あーなるほど。少しわかってきたぞ。
「……
元盗賊たちのやりとりに気付いたクラムは、それとなく聞く。
「へ……。ま、そんなとこだ。飯が終わったら裏に行くぞ」
ガハハハと笑いつつも、元盗賊の囚人兵は、たいして気負った様子もなくガツガツと飯を食っていく。
緊張しっぱなしの囚人兵は顔を見合わせるばかり。
んーむ。この元盗賊は、頼りになるんだか、ならないんだか……。
微妙に不安になりながらも、クラムは久しぶりの酒と、腹に溜まる食い物をモソモソと押し込んでいった。
そして───。
「へー……! こいつぁ、なかなかの品だね!」
キツネのような男は、囚人兵達が出した金品を鑑定していた。
小さなメガネで表面を観察したり、
「おーおー、こりゃ純金だ。それに細工物の宝石か!」
へへへへへと、笑いが止まらない様子で、
「いや、いいもの見たよ。魔族の連中──……いいものもってやがる。連中の技術力は半端じゃないぞ」
もしかして人類を
その品々をすべて買い上げ、次々と対価を払っていった。
その額は、紋章官から受け取った金銭を遥かに上回るもの!
囚人兵全員が目を剥いて驚いている。
……おいおい、マジかよ───と言わざるを得ない額だった。
「へへへへ……! 旦那方、またウチを
揉み手する店主に、元盗賊の囚人兵は渋い顔をしていたが、
「今は初回だからな……次は
と、不機嫌に言い放つ。
「そんなことはー……」と言い訳染みたことを言っている店主を放置して、元盗賊の囚人兵はノッシノッシと店を後にした。
元盗賊の様子とは裏腹に、皆ホクホク顔だ。
さぁ、あとは、寝床に帰るだけだ。
……だけど、その前に、
「──さっきの額……あれは安いのか?」
クラムが気になって尋ねると、元盗賊からジロリと睨まれる。
……──おいおい、八つ当たりするなよ。
「くそッ。予想の半分以下だ……! ボッタクリやがって、あのキツネ野郎ぉ」
不機嫌な元盗賊の男だが、競合店が少ないから、やむを得ない……と、諦めているらしい。
それを見てもクラムたちにはぴんと来ない。
元盗賊の囚人兵は
これで十分だとすら思っていた。
だが、
「──おめぇらは、おめでたいな……」
ハァとため息を付く元盗賊の囚人兵。
その様子に、何を言っているんだと全員が顔を見合わせるが、
「あのな? ……金さえあれば、自由になることもできるんだぞ?」
と、何気なくそういうが──。
「無理だろう?」
クラムは即座に返す。
ほかの囚人兵の方も呆れ交じりに答えれば、
「ハッ。ま、昔はそうでもなかったがな。……最近は例の勇者特別法のごり押し以来な、法律やら司法関係者も
ま、マジかよ。
それが本当だとすると……もしかして、かなり損をしたことになる。
しかも───自由が金で買える!?
金が「自由」に繋がるなら……あの野郎ぉぉお!!
クラムから、思わず込み上げる殺気。
それを並々と
「おいおいおいおいおい! 何考えてる! 一度買い取ったものを、ギルドがそう簡単に返すわけがないだろう!」
と、そう言って止められてしまえば……どうしようもない。
もっとも納得はしていないけどな!
その様子に元盗賊はため息交じり、
「──はぁぁ……。戦場の時から見てたがよ。お前は意外と短気だよな?」
困ったやつだ。と、頭を掻きつつ言う男に、「元盗賊に言われたくない!」と乱暴な口調で反射的に返してしまった。
「だから落ち着け……。少なくとも、いまあるだけの金でも減刑はできる。最低でも死刑は免れると思うぞ?」
と、そう言う。
言うが────……。クラムにとっては減刑ではダメなのだ。
そう、一刻も家族と再会したいクラムにとっては無罪放免しか道はない。
他の囚人も皆同じ立場……暗い顔だ。
「はー……。しみったれた連中だぜ」
あーやだやだ。
そう言って、元盗賊の囚人兵は、さっさと先に立って歩きだす。
土地勘のない囚人兵たちは仕方なく追従するが、ブラックマーケットは雑多な人込みで混雑している。
囚人兵達は足枷が邪魔になってなかなか前に進めないので皆随分苦労していた。
闇市自体は、迷うほど広いわけではないが、野営地といっても数万規模の人間がゴチャゴチャと集まっているものだから…ちょっとした街のようなものだ。
「おら、早く来いよ!」
言われて、なんとかノロノロと前に進みだす囚人兵達。
そして、ようやく追いついた時、突然横の広場が「ワッ!!」と沸き返る。
うお?!
な、なんだ……?
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