第17話「手柄認定」

 夕暮れの近付く午後───。


 戦場からは人がけ……屍肉を漁る鳥だけが喧しく鳴いていた。



 クラムの所属する囚人大隊の損害は甚大。

 大隊と形容するのも烏滸おこがましいほどに戦力を減衰していた。


 もはや小隊以下に落ち込んだ兵力は、部隊としてのていは成しておらず、壊滅と言って言い程のそれ。

 そのため、囚人大隊は一度解体。戦力回復に努めることとなった。

 しかし、囚人兵に休みなどあるはずもなく、補充兵が来るまでは後方で補助兵として勤務することが決定。


 後々、王国各地から送り込まれる補充の囚人が来るまで、後方勤務をしながら待機することとなった。


 ちなみに、この決定を伝えた『教官』だが、囚人たちの目を見て話すことは無かった。

 実際、囚人たちはその男──『教官』に対する信頼など、すでにを微塵みじんも持ち合わせていなかったからだ。


 いずれにしても、次の補充が来るまでクラム達の僅かな生き残りはかろうじて生存を赦された形になった。

 今は、それぞれの軍の下級兵として補助任務を与えられるにとどまっている。


 もっとも、苛酷な任務を課せられることにかわりはない。

 命の危険があるか、ないかの違いで、やることと言えば死体整理に、便所などの準備と後始末。

 誰も彼もが嫌ってやらない仕事ってやつだ。


 とはいえ、戦場で盾にされるよりは何万倍もマシというもの。

 クラムを含めて僅かな生き残りは、当面の間しばらくは生き残れそうだ……。


 なんとか、助かった────。


 囚人達の思いはそれに尽きる。



 そして、敵陣の掃討が終わり──。

 いよいよ、待ちに待った時が来た。


 そう────紋章官たちによる褒章業務が開始されたのだ。

 それは公称としては平等に行われるという事で、近衛兵団や、野戦師団だけでなく、一応軍の部隊である囚人兵もその対象である。


 ──むしろ、それがあるからこその囚人部隊への志願なのだが……。


 さて、どうなることやら──。


 そうして、クラムたちがボロボロの格好で野営地に引き上げて見れば、ガヤガヤと騒がしい一角に、長い行列ができている。

 それぞれ近衛兵団や野戦師団で別れた行列らしい。

 キョロキョロしていると、役人らしい一団によって、クラムたち囚人兵は野戦師団の最後尾に並ばされた。


 一応は野戦師団所属ということらしい。

 あとは、本当に手柄を立てたかを、ここで認定するわけだ。


 近衛兵や一般歩兵が、敵の首級や、鹵獲品ろかくひん、そして口頭こうとうにて戦果を申告している。

 野戦師団に混じるのは正規兵ばかりではなく。傭兵もいる。

 彼らには、その場で報奨金の支払いも行われていた。


「これが褒章場か……」

 クラムの呟きを聞きつけた元盗賊の男が振り返る。


「なんだ? オメェ戦場は初めてか?」

「──まぁな」


 ぶっきら棒に堪えるクラムに気を悪くした風でもなく、経験者として元盗賊の男が教えてくれた。


 紋章官の後ろには、山積みになった鹵獲品ろかくひんがあり、敵の首やら口頭申告によって戦果を確認し、それに準じた褒章を授与するらしい。


 クラムたち囚人兵の場合は減刑と僅かな金子と決まっているとか。

 そして───それらの支払い用の金が詰まった樽が紋章官の背後に準備されているらしい。


 なるほど……シンプルだ。


 それらは、全て王国の準備した物らしく、各国の中でも王国のそれは比較的恵まれているそうだ。

(どうりでな……)


 正規兵ばかりでなく、チンピラ一歩手前の傭兵の姿も多数ある。

 どうやら、金銭的に余裕のある王国では、傭兵もこぞって参加しているらしい。そのため部隊の規模としてはかなりに上るようだ。


 そうして、こうして、──延々と待たされること数時間。

 囚人兵が立ちっぱなしでフラフラになってきたころ……時間にして、夕方近くになってようやく順番が来た。


 もう、ほとんどの手柄の認定は終わり、残っているのは囚人兵ばかり。

 後は近くで金の計算をしている傭兵やら、手柄が認められず憤慨ふんがいしている兵がいるくらい。


 そして、目の前には疲れ切った顔の紋章官と補助員がおり、何度も見比べた戦場の戦いの様子を描いた帳面を広げている。


「次!……あ?」


 彼らは目の前に並んでいたのが囚人兵と気付かなかったのだろう。

 どうやら、仕事が長引いており、うんざりした様子。


 そのうちに機械的に作業をしていたらしく、小汚い恰好をした囚人兵を見て、怪訝けげんそうな顔をする。

 鼻をヒクヒクさせているということは、どうやら囚人兵の匂いに閉口しているようだ。


 だが、そんな様子にもお構いなしに、クラムたち囚人兵の先頭に立つのは、あの元盗賊だという男だ。


「──何だ貴様ら? 残念だが、……貴様らの戦闘の記録はないぞ?」


 そう言って、追い払おうとする紋章官。

 ウンザリした様子の補助員も呆れ顔だ。


「へへへ…ソイツはこれを見てから言ってくださいよ」


 ドンドンドンッ! と、敵陣地で切り取った魔族の首を並べていく。

 それもこれも恨めしげな顔をしている。中には苦痛やら、呆気に取られた様子で──最期の表情を浮かべていた。


「んんんん? なんだこれは……。お前ら──……他人の手柄を持ってきても意味はないぞ、帰れ帰れ」


 シッシと追い払おうとするが、

「何言ってんですかちゃんとみてくださいよ───ほら」


 そう言って、切り取った首級の口をそっと開ける。


「馬鹿を言うな、お前らの首は勇者が攻撃した─────……む?」


 そして、驚き口をつぐむ紋章官。

 並べられた首級の口を少しずつ開き……じーーーッと、確認しているようだ。


 そして、

「──う、うむ……。よく見れば、こいつらは魔族の将校だな、うむ、うむ……。記録にはないが証拠がある以上間違いない」

 そう言って、首を近くのかごに放り込み、背後の首の山とは別にする。


「紋章官どの?」


 不思議そうな顔をする補助官に、

「何をボケッとしておる。既定の金を払ってやれ──私は上申書に記入しておく」


 それだけ言うとさっさと作業に入る紋章官。

 減刑につながる上申書にサラサラと名前と具体的な手柄を記入していく。


 仕方なく、補助官は金の詰まった樽をあけ、チャラチャラと音を立てて革袋に移し替えると元盗賊の男に渡した。


「へへへへ……どうも、これからも骨身を惜しまず働きますよ」

 ニカっと気持ち悪い笑みを浮かべるとさっさと、立ち去る。そして、背後で「ひーふーみー……」と金を数え始めた。


「次!……お前も・・・か?」

 

 クラムが目の前に立つと、紋章官は目をギラッと光らせ、クラムを視線で射抜く。


 一瞬ひるみそうになるが、

「──ああ、同じ・・だ」


 そう言って、首を並べた。


「ふむ……! 高級将校もいるな……よしよしよし、上出来だ。いいぞー。減刑は期待していい」


 また首級の口を軽く指で開くと、ニヤニヤと笑う。

 手柄認定はそれだけ。口頭審問もなく、無造作に首をかごに放り込むと、補助官に指示を出す。


 そして、あっけないほど簡単に報奨金と上申に漕ぎつけることができた。


「次!……────」


 次、

 次、

 次ぃ!


 背後で同じようなやり取りが続く。

 しかし、残りの人数からしてすぐ終わるだろう。


 元囚人兵たちは、それぞれが手柄を上手く受け取っているらしい。


(上層部も腐ってやがる──)


 クラムは空を仰ぎ、一人思う。

 何はともあれ……今日、生き残ることができた。


 それだけで十分、

「──明日へと………自由へとつながる!」


 家族と再会できる日を夢想して、クラムは──グググとかねの詰まった革袋を握りしめた。


 そこに、

「──よぉよぉ? 聞いたぜ~。俺は無期懲役だが……お前らは死刑なんだって?」


 元盗賊の囚人兵が気安く声を掛けてくる。


 さすがに無下むげにもできないので、

「あぁ、どっかの英雄さんのおかげでな」


 ペッ! と唾を吐かんばかりに、暗に『勇者』を揶揄やゆする。


「かー……あれか。例の評判の悪い『勇者』さんの件かー! ま、俺も今日殺されかけたから……いい気はしねぇな」

「あぁ、最低な野郎さ……!」


 ギリリと歯を噛み締め、拳に力を入れる。


「ま、雲の上の人のこった……。今は大人しくしてようや」

 バンバンと気安く背中を叩きつつ、豪快に笑い退ける元盗賊の囚人兵。


 ……友達になった覚えはないんだがな、と──呆れているものの。

 「飯にしようぜ」と気安く誘われれば断る気も起きない。


 やけに慣れた様子の元盗賊が先頭に立って、紋章官から報酬を受け取った残りの囚人兵達ともに、酒保しゅほへと向かう。


 飯を食うならやぶさかではないとばかり全員がゾロゾロと連れ立って歩き始めた。

 囚人兵にも、一応……飯も支給されるのだが、まぁ、一応ね。

 当然、量も味もお察しだ。


 それくらいなら、金を払ってでもしっかりと食べたほうがいい。

 戦場では体が資本。むしろ囚人兵にはこれしかない。


 だから、食べようじゃないか。

 久しぶりに人間らしい飯をな。

 ちょうど、遠征軍には移動酒保商人も同行しているらしいし、何かしら食えるだろう。


 囚人兵とはいえ、軍の野営地ではかなり行動の自由が許されている。

 野営地そのものがおりと言えば檻だし、足枷の付いた状態では、遠くに逃げるのは無理だ。


(……久しぶりにまともなものにあり付けそうだ)






 ヨロヨロとした足取りだが、それでも囚人兵達は大地を踏みしめ──今日この日生きていることを、噛み締めながら飯にあり付く……。

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