第16話「最前線」

 ───ス?


 え?

 なんで?


 そこは……?


 え?

 え、え?



 ま、まさか……?


 いや、いやいやいや!!

 間違いだ!───見間違いだ!!


 見間違いに決まってる! そうだろ?!

 そうだよな?!


 か、

 彼女がそこにいるはずがない……!

 いるはずないんだ!!


 だけど、

 だけどぉぉおお!

 ち、

「……畜生ぅぅぅううああああああ!!」


 臓腑ぞうふしぼるように叫ぶクラム。


 あり得ない!

 あり得ない!

 あり得ない!


 そうだ! あり得ないッッ!


 そうとも!

 今は、有り得ないことを考えている場合じゃない!


 今は───。

 今は、



 今は、手柄だ!!


 なんとしても手柄だ!


 女のことも、

 『教官』のことも、

 勇者テンガのことも───!


 今は忘れろッッッ!


 今大事なのは、特赦!!

 特赦を得るための手柄だ!!


 色々グチャグチャ考えるのはあとでいい!

 まずは、この場を切り抜けてからだ。


 激昂げっこうしても考えろ、

 絶望してもあらがえ、

 決死をくつがえせ、



 それが生存への……。

 自由と無罪への……。


 そして、家族との再開への近道だ。


 

 生き残れ、

 生き残れ、

 生き残れ、



 生き残れッッッ!!



 生きて、生きて、生きて生きて生きて──手柄を立ててッッ!!


 帰るッ。


 帰る!!!


 俺は帰る!!!


 何があっても、俺は家族の元へ!



「……俺はぁぁぁぁぁぁあああああ────帰るッッ!!」

 

 叫ぶクラム、

 だが───……相手は軍隊。

 無慈悲で傲慢でクソの塊! そんな奴らが、囚人兵の──クラムの叫びなど異にも介すはずがない。

 そして、感情とは無縁の軍隊ってやつは、人と鉄と生物なまものたちだ。


 そいつら相手にどう抗おうってんだ!



「やる……。やるさ。諦めないッ。挫けない! 俺は死なない!!」



 ドドドドドドドドオドドドドドド!!! と、大地を揺らす様に突っ込んでくる近衛兵団ロイヤルガーズ

 その中核を成す重装騎兵たち───!


 隊列の中には、豪奢な鎧兜に身を包み、軍旗をはためかせる近衛兵団長のイッパの姿も見える。

 あぁ、あの野郎だ!

 あの憎き、首謀者の一人、……────イッパだ!


 だが、今は忘れろ。

 あれは復讐相手じゃない。

 憎さを置いて考えろ!!


 ………………あれは誰だ?

 重装騎兵か?

 それとも、指揮官か?


 決まっている。

 奴は指揮官だ。


 そう……団長であるイッパが先陣を切るくらいだ。

 それはつまり、勝利を確信しているのだろう。


 だから指揮官が先頭を切るのだ。

 自分が殺されるなんて微塵も考えていないに違いない。


 それもこれも、囚人兵の犠牲があったればこそ。


 囚人達の、しかばねの上の栄光を……。

 血塗られた栄光だ。


 俺の、俺達の──クラムたちの血と死体の上に輝く栄光だ!


 そんなものクソ食らえだ!

 勝手に食らってろ!!


 俺は俺で手柄を立ててやる!!


(──まだ時間はある! 騎兵で防壁を越えるのは難しいはずだ)

 攻城戦に騎兵を持ち出すのもどうかと思うが、戦争の素人であるクラムにも想像の付かない考えがあるのかもしれない。


 それよりも、今は敵の首級を上げることを考えねば……。

 それも近衛兵団よりも先にだ。


「……いっそ、内部に突入するか? 敵の攻撃は止んでいるし、もしかして魔族も思った以上に被害を受けているのかもしれない」


 実際に、魔族側からの反撃はほとんどない。


 だが、

「さすがに、敵が一人もいないってことはないよな……単身で行ってどうなるとも思えないが──」


 クラムの目指す先では、彼ら魔族の築いた防御施設である長大な防壁は倒壊破損している。

 ──さらには、勇者の攻撃による余波で、防壁の背後にあったやぐらや防塁なども破壊しつくされていた。


 魔族側の戦死者もかなりいるのだろう……。

 ここまで濃密な血の匂いと、重傷者らしきうめきが聞こえる。


 応射もなく、防壁の修理される気配もない。


 つまり────ここに至り、重装騎兵の突撃を防ぐものは何もないのだ。

 半壊した防壁と、狭い空堀があるのみ。


 早晩この戦線は突破されるだろう。


 だが……。


 それじゃダメだ!

 それじゃダメだ!


 それじゃダメなんだ!


 クラムにとって、人類の勝利なんぞどうでもいい───。

 囚人兵の目的はただ一つ。

 

 特赦。


 そのためには……。

 そうだ、俺が稼がないと意味がない!


 手柄だ……!

 手柄を立てるんだ!


 しかし、まんじりと突っ立っていても手柄はできない。

 ボーっとしているだけなら、ここでは死ぬ!!


 ドドドドドドドドドドドドオドドドドドドドオドドドド!!!


 背後に迫る重装騎兵。

 タイムリミットは刻一刻と近づいてくる。


 そうとも……。


 騎兵に踏みつぶされるか。

 手柄を立てる間もなく、戦いは終わってしまうか……。

 何もしなければ、そのどちらかしかないのだ。


 そして、何もしない囚人兵達の大半は騎兵に分断されてしまった。


 散り散りになった囚人兵。

 彼らは自然に、いつの間にか小グループに別れて固まり始めた。


 当然クラムの周りにも徐々に生き残りが集まり始める。

 ここにいるのは、少数の負傷者のみ……。もちろん、クラムを含めてだ。


「ど、どうする?」

「もう逃げるしか!」

「どこにだよ!」


 不安そうな顔で、陰気のボソボソと話す囚人兵達。

 だが、クラムはもう覚悟を決めていた。


「……………前だ」


「「「は?」」」


 冷静な───。そして、無謀とも思えるクラムの声に、生き残りの連中が首をかしげる?


「ば、馬鹿いうなよ! 俺達だけじゃ、死ぬぞ!?」


 そんな声にクラムが耳を貸すはずがない。

 ……もう、覚悟は決めた。


 だから、

「下がっても死ぬ───ここにいても死ぬ!…………なら?」


 ならばどうする?!


 今のクラムに仲間のことなど気にかけている余裕などない。

 いや、そもそも仲間と言ってもいいのかどうか……。


 だからこそ、クラムはただ一人でも行く所存だった。


 チャキリと槍を構えると、高らかに叫ぶ!


 すぅぅぅ……、

「────俺は生き残る!!」


 足に力を籠め、

 手に槍を握りしめ、


 覚悟を心に───……蛮勇と蛮声を振り絞る!!



 ああああああああああああああああああああああああああ!!



 たった一人の鬨の声ウォークライッッ!!


 あとは征くのみ!!

 征くのみ!!



「うううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 走り出す、

 駆け出す、

 突撃す──!


 足枷あしかせについている鉄球を激しくバウンドさせながら駆けていく。


 駆けていく。

 駆けていく!


 駆けていく!!


 重い、

 重い───。


 重いッッッ!!


 だが、

「そのくらいで死ぬかぁぁぁああああああ!!」


 鉄球が重いからどうした!

 足枷が何だ!!


 槍一本あれば十分だッッ!!



 突撃す!

 突撃す!


 我、突撃す!!


「死んで……」


 ────死んでたまるか!!




「ぎぃぃええええああああああああ!!!」


 ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!


 自分でも、どこでどう声をだして叫んでいるか分からない大音量でもって、防壁に取りつく。

 そして、そんなクラムに感化されたのか、生き残りの囚人兵も次々にクラムの後へと続く。


「うごおおおおお!!」

「りゃあああああ!!」

「あはははははは!!」

「ひゃあああああ!!」


 蛮声と奇声と大声を張り上げて、囚人兵が駆け抜ける。

 そのまま、破壊された防壁を越え──その先に広がる敵陣地に躍り込む。


「「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」


 槍を振り回し、飛び越えた防壁の内部。


「な、なんだこりゃ?」

「す、すすすすげー威力だったんだな」


 目に入った惨状は悲惨そのもの。

 それほどに勇者の一撃は強力無比だったらしい。


 燃え上がる施設に、胴を切られて事切れている者。

 そして、倒れた防壁に潰され圧死している者。

 

 これが勇者の力──。

 まさに圧倒的だ。


「お、おい! これならいけるぞ!?」

「お、おぉ! 一番槍だ」


 そ、そうだ!

 いける! いける、いけるいける!


 いけるぞ!!


 手柄だ!

 手柄を立てるぞ!


「敵を探せ!!」


 防壁内に入り、掃討戦に移った今なら囚人兵にもやり様はある。

 施設内で騎馬突撃も何もないだろう。


 今ここにはクラムたちしかいない。これは早期に突撃したクラム達にとってのチャンスだった。


「敵将がいるはずだ! 見つけて、ぶっ殺せ!」


 わーわーわーと、囚人たちは分散して、敵を探す。

 やはり一番の手柄は大将首だ。


 敵将を討たんとギラギラと目を光らせるクラムたちの前にバラバラと敵兵が湧き出してくる。


 負傷者も含めて生き残りが数十人。魔族の軍が応援に駆け付けたようだ。

 とはいえ、囚人兵も魔族の兵も全員ボロボロ……。例外なく、連中も負傷しているようだ。


 そして、魔族の兵の面といえば……!

「ご、ゴブリンか?! ざ、雑魚だ! みんな、やれぇぇ!! うらぁぁぁぁあ、なめんなああ!!」


 囚人の一人が、ヨタヨタと歩くゴブリンを刺し貫く───が、刺された拍子に暴れ回るゴブリンによって、槍はあっさり折れる。

「な、この! オンボロ槍め、がぁぁぁあ……」

 そして、武器を失った囚人兵がゴブリンの剣兵によって首をねられる。


「ちぃ! この槍はやべぇぞ!! 安物めがぁ!」

 そのゴブリンを更に仕留めるも、後詰めの魔族の兵が囚人兵を貫く。

 また一人相打ちになる。


 くそ……! まともな武器もなくて戦えるかよぉぉ!


 それでも、なんとか討ち倒して見せる囚人たち。

 一人殺して、一人殺され。

 一人と一人が相打っていく。


 しかし、もう囚人達の数もまた、幾人も……。


 いや───ほとんど残っていない?!

 どうにかこうにか、第一波を凌いで敵を殲滅したものの、囚人兵もかなりの被害を受けている。


 クラムも馬乗りになって、魔族の兵を一人絞め殺していたものの、

「くそ! こんなんじゃ手柄になるかよ!」


 下級兵らしきゴブリンの魔族兵。

 どう見ても雑魚だ。リーダー格のホブゴブリンですらない……!


 ガツッ! と、クラムは悔し気に地面を蹴り飛ばす。


「だ、大丈夫だ! 首を持っていけば多少は認められるはず!」


 自分に言い聞かせるように囚人の一人は言っているが……どうだろうな。

 この後に突入してくる近衛兵の連中が囚人の手柄など認めるとは思えない。


 こういった戦争での手柄の認定は物凄く曖昧あいまいだ。


 紋章官といった、手柄認定の役人が同行して初めて手柄りえるのだ。

 それがいないならば首級を上げるしかないのだが、このざまだ。

 勇者の手柄にはなっても、クラムの手柄になるかどうか……。


 それに、俺はまだ大物を一人も倒してない!


 貧弱な槍に恐れをなして、腰が引けていたというのもあるが……ゴブリン相手に、一撃で倒せないなら反撃を受けると初撃で分かってしまったからだ。


 このままではマズイ……!

 クラムが焦りを募らせていた時のこと。


「お、おい! これ見ろよ!」


 囚人兵が仲間に注視を促す。

 そいつは、いかにも悪人然とした強面こわもての男──。

 彼は、この中の囚人兵でも異色の存在。


 いわゆる根っからの犯罪者で、由緒正しき? 囚人兵だった。

 

 囚人兵は大隊規模で集められていた。

 それはつまり、囚人兵は『勇者』による被害で囚人になった者ばかりではないということ。

 

 例にもれず、この強面のような生粋の犯罪者もいる。

 確か、元盗賊だというが──……沢山いる通常の犯罪者なかの一人だ。


 それにしても、そいつが言う「これ」とは?


「手伝え──おらッ……!」


 強面の元盗賊の男が、ズルリとゴブリンの死体を引き起こすと───……チャリン♪ キィン……! と、澄んだ音を立てて、金貨らしきものが零れ落ちる。


 な?!


 こ、これは、

「──魔族の金……か?」


 誰ともなく漏れた呟きに、ニッ、と元盗賊の男は笑う。


 慣れた仕草で、ゴブリンから回収した金貨を懐に納め───……のたまった。


 お前ら聞け──!

「いい方法がある───」


 と。



 …………いい方法?

 半信半疑のクラムと囚人兵たち。


 だが、彼らは元盗賊の男の話を聞いていくうちに表情を変えていく。



 ……なるほど──と!



 それから、僅かな時間を最大限生かして囚人兵は無茶苦茶に動き回った。

 疲労も負傷も忘れたかのように、無茶苦茶にだ。


 そして、近衛兵団が堀の空堀を突破して突入してくるまでの間、クラム達は残党に警戒しつつもそれぞれの獲物を手にしていた。


 囚人兵達の手にあるもの。

 それは首級。


 手柄認定に絶対必要なものだ。


 ゴブリンやオーク等の首……多数。

 なかには、魔族側の将校らしきものもいくつかある。



「チ……囚人兵どもめ。なんだ? 一番槍のつもりか?」

「ハッ。まるでハイエナのごとき浅ましさだ……」


 ゾロゾロと魔族の陣地に侵入してくる近衛兵団。

 彼らは馬首を巡らせると、クラム達と僅かに生き残った囚人兵を取り囲む。


「汚らわしい囚人兵め!」


 ペッ!

 わざわざ、フェイスガードをあけて唾を吐いてくる連中までいる。


「なんだと!? ここに一番に突入し占領したのは俺達だ!」

 元盗賊の囚人兵が勇ましく反論する。


 同調した囚人兵が そうだそうだ! と気勢をあげ追従する。

 だが囚人兵ゆえ、その実、内心は怯えていた。


 なんといっても、紙よりも軽い囚人兵の命だ。

 エリートたる近衛兵たちのの機嫌を損ねて殺されても───誰も何も言わない気がする。


 囚人兵の指揮官である『教官』も………。

 もはや信用ならない。


 そして、事実として挑発された近衛兵が殺気を放ち始める。

 中には剣に手を掛ける兵もいる。


 こ、これは不味いのでは……?!


 誰もがそう思ったとき、

 ザッザッザッザッザ!! と後続の野戦師団が突入してきた。


 それを見て忌々しそうに舌打ちをした近衛兵たち。

 覚えていろよとばかりに、クラム達を睥睨へいげいするが、それきり何も言わず馬首を返し去っていった。


 さすがに、友軍の兵に「味方殺し」を見られるのはまずいという事か……。

 それにしても危なかった──……。


 決して囚人兵達が野戦師団に好かれているというわけではないが、わざわざ殺す程のことでもないのは確か。

 今は間の良いタイミングで現れた野戦師団に感謝しよう。


「ふー……」


 寿命が縮んだぜ、と元盗賊がらす。

 同感だ……。


 まったく──。

 今日だけで、どれほどの死線を潜り抜けたのか……。


 だが、生き延びた。

 なんとか、生き延びた───。


「一応、生きてるな……」


 ホッと息をつくクラム。


 そして、生き残った僅かな囚人たちは互いに目を見合わせ、軽く頷き合わせると、無言で所属部隊へと引き返していった。






 手柄・・を引っ提げて───……。

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