第13話「第二次北伐」
そうして、訓練を終えてクラムたち囚人兵は、武装を支給され、臨時
そして、重い足枷を着けられ、惨めな囚人兵となったクラム。
まだまだ、戦場の現実を知らない多くの囚人兵とともに、延々と北の大地へと……──魔族の占領地へと歩かされていた。
ジャラリ、ジャラリ……と鎖を響かせながら。
「ほらほら! 歩け歩けッッ!!」
容赦ない鞭が囚人兵に降り注ぐ。
だが、痛みから逃れようと身を捩ることすらできない。
数珠繋がりに縛られた囚人は、密集した単縦陣のまま黙々と歩くしかないのだ。
そうして、近衛兵達の陰湿な嫌がらせや、少ない食料、襲い来る病魔に耐え───ついに魔族の占領地目前まで到達。
北の大地攻略までに、まずは元の国境まで魔族を押し返し──。
そして穀倉地帯を奪い返す。
実にシンプルな侵攻作戦だ。
旧国境を回復したならばそこで再編成し、部隊を整えてからの再攻撃。
最後は魔族の首都へと進軍だ。
大丈夫……!
出来るさ、
生き残って見せるさ。
……何があっても、何があっても死ぬものか!!!
「皆、もうすぐだ────」
もうすぐ、無罪を勝ち取って見せる!
決意を秘めるクラム。
そして、延々延々と歩かされること───……幾数日。
もはやろくに考えられない。今は、ただただ前へ前へと進むことしか考えられない日々、
だが、そんな日も終わりが来る。
────全軍停止ぃぃぃい!!!
「全軍、停止!」
「全軍、停止!」
「「「全軍、停止!!」」」
野戦師団の将軍が停止を命じ、と伝令兵が各部隊を走り回って停止を告げていく。
さざ波の様に命令が伝わっていく。
それは囚人大隊にも届き────。
「や、やっとか?!」
「クタクタだぜ……」
「歩くだけで何人死んだんだ?」
次々に漏れる安堵の息。
囚人兵だけでなく、近衛兵団やらの兵士も混じって一息ついていた。
そうとも────ようやく、最前線へ到達。
そこには喜びなどなく、ただ、ただ……
そこで、ふと周囲を見渡すと────まぁ凄い人数。
人、人、人、馬、人、人──!!!!
世界中が大飢饉に襲われているなんて、嘘としか考えられないくらいの人間の数。そして、規模だ。
クラムを含む、人類の大部隊は、
魔族の築いた防壁が目視できる位置まで到達していた。
近衛兵団はともかく、下っ端の野戦師団や……。ましてや囚人大隊など、その間
その分、脱落者も多いが……全人類同時攻撃に合わせるためには、速度が優先された。
結果として、馬を使えない野戦師団の兵は、無理やりの強行軍。攻撃開始に間に合わせるため歩き続けるしかなかったのだ。
一方の重装騎兵の近衛兵に──ついで、勇者殿は後方から悠々と。
噂では、移動酒保やら、大型天幕に、蒸し風呂まで準備しながらの移動らしい。
ハッ!……良い身分なこって───。
『勇者』テンガの野郎ぉぉ……。
俺は忘れていないからな!
貴様の所業。
例え、勝ち目などなくとも……。本音では関わり合いになりたくないと感じてはいてもっ!
戦場でチャンスがあったら、背後からでも刺殺してやる!!
ギリリリと、槍を握りしめる手に力が入る。
……そうとも、ここにきてようやくお前を射程に捉えることができたんだ。
勇者テンガ────!
クラムは、凄まじい敵意の籠った視線を後方へ投げている。それはもちろん、敵ではなく、勇者に……『勇者テンガ』にだ!
常日頃から、憎しみを
……だが、今じゃない。
今じゃないんだ────。
ドロドロと地鳴りのように響く軍の足音。
先頭集団が停止したのを見計らって後方の支援部隊が陣形を整えているのだろう。
その気配を感じながらクラムたちも否応なしに戦いへと巻き込まれていく。
「総員、戦闘隊形に移行せよッッ」
────おうッッ!!!
そして始まる。
第二次「北伐」───。
魔族と人類の生存をかけた世紀の大戦争が起こる。
今宵はその手始め。
歴史に残る大戦争の──その初戦が目の前で起ころうとしていた。
「やるしかない…………手柄を──
その先に、家族がいる!!
だから、行く。
征く!
──逝くともさ!!
さぁ、立て!
走れ!!
手柄を、
生を、
自由を掴むんだ!!
……───家族のために!
決意を固めるクラムの耳に歓声が響く。
それは、雷鳴のように、地鳴りのように響き渡り、──除々に除々にと、
小から大へ、
少から多へ、
……ぁぁぁ!
──ぁぁああ!!
わぁぁぁぁぁ!!
うわぁぁぁぁ!!
声、
声、
声だ。
それは、
勇者、勇者、勇者、勇者!!!
と───。
勇者、勇者、勇者!
勇者、
勇者、
勇者、
ゆーしゃゆーしゃ、ゆーしゃ、ゆーしゃ!!!!
勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者!!!!!
勇者……!
勇者……!
勇者……!
うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
(……ユゥシャ───か、)──ギリリリリッッ!
感極まる声をあげるのは近衛兵達。
それに対して囚人大隊の目は冷え切っている。
どれも、誰も彼も……皆───。
「教官」の選抜した囚人大隊。
勇者によって死刑の宣告を受けるに至った者達だ。
彼らの覚悟も、恨みも……そして怒りも!
───歓喜の声に負けないくらい強い。
……近衛兵達のあげる声に逆らうように、彼らは心の中で
ユーシャ……ユーシャ……。
ユーシャ……ユーシャ……ッ。
ユーシャ……ユーシャ……!!
ユぅぅぅぅぅうシャぁぁぁぁぁああ、テンガぁぁぁあああああ!!!!
その温度は近衛兵達の熱気を打ち消し、彼らに雪国に迷い込みでもしたかのような錯覚と悪寒を走らせるもの……。
皆がみんな、暗い瞳と表情で、歓喜とその熱の出元である───『勇者テンガ』の跨乗する馬を睨み付け……その上の、この世で最も醜悪な存在を憎悪の籠った目で睨みつけていた。
……よぉ、久しぶりだな───『勇者テンガ』……!
お前の顔だけは絶対に忘れないよ……。
親の顔を忘れたとしても、お前の顔だけは───。
──絶対にな!!!!!
暗い視線が勇者一行を睨み付けるなか、そいつ等は現れた。
背後に何頭曳きかわからない
さらには、後方部隊を引きつれ、その後ろに酒保商人やら軍楽隊やら、どう見ても戦闘に関係ない者までついて来ている。
それが全て勇者のためにあるらしい。
良い身分だよ。
聞けば自慢のハレムまで戦場に持ち込んだとか。
ケッ……お前らしいよ。
よほど女が好きらしい。
お前らしいよ───……。
憎しみの目と、
期待の目と、
敵意と、
戦場にある様々な思惑の籠った視線は───。
かの『勇者テンガ』に集約していた。
かくして、役者は揃い。
ほどなく、
第二次「北伐」は開始された。
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