第14話「囚人たち」

 第二次「北伐」は開始された。


 それはもう、あっけなく。

 何の前触れもなく。


「総員、攻撃準備────!」


 将軍の声が静まり返った戦場に朗々と響く。

 全ての軍が整列し、静まり返った戦場ではもはや伝令は必要ない。


 幸いにも魔族側からの応射も反撃も妨害もない。


 そして、始まった。

 進軍ラッパを吹き鳴らすべく、軍のラッパ手が高らかにホーンを鳴らす



 パーラパラパラパラッパッパッパー!!!




 戦闘──────開始ッッ!




 白馬に乗った野戦師団の将軍が声を張り上げる。

 すぅぅ……。

野戦フィールド・師団ディヴィジョンまいへ!」


 そして、麾下の部隊長である黒馬に乗った将校が声を張り上げる。

野戦連隊フィールド・レギオンまいへ!」


 命令は下へ下へと。


 さらに、『教官』が声を張り上げる。

囚人プリズナーズ大隊・バタリオンまいへ」



 来た!!


 クラムの部隊に攻撃前進の命令が下る。

 その命令を聞いた瞬間、体中の血液が沸騰したような気分になり、自然に体が動き出す。

 

 まるで巨大な蛇が動くように、ズルリと地面を這うようにして──……。




 ────ワッ!!!




 ワッ! ワッ! ワッ! ワッ! ワッ!


 

 ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ、ワッ!!



 掛け声を上げつつ大軍が動き出す。


 囚人大隊だけでなく、野戦連隊、弓兵隊に将校団!

 

 ザッザッザッザッザ!

 ザッザッザッザッザ!!



 ザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザ!!!!

 ザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザ!!!!

 ザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザ!!!!


「お、おい?」

「な、なんで俺達が先頭なんだよ?!」


 ノロノロとした連隊歩兵は、足音だけは威圧的で──囚人兵は後ろから押されるように、前へ前へ……。


 ほぼ全面で、囚人大隊の兵が前へ前へと押し出されていく。


 ジャラリ、ジャラリ、ジャラリ、と……足枷の鎖を響かせながら!!


「ふ、ふざけんなよ!」

「た、たたた、盾くらいよこせよ!!」


 後ろにも下がれず、前に行くしかない状態。

 そして、前には魔族の築いた防壁───!


 防壁に隠されて姿は見えないが……恐ろしいまでの殺気を放っている。

 その様子に躊躇ちゅうちょする囚人兵たち。


 ザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザ!!!!


 一方では、大盾に身を隠した野戦連隊が槍先を揃えて、その切っ先を囚人大隊の背中に突きつけつつ前進、前進、前進!!


「おい! 聞いてんのか!」

「や、ヤバいッ! やばいやばい!!」


 ぬぅ、と魔族側防壁上に多数の兵の姿が現れる。

 チラチラと見えるのは強弓のそれ!!!


 このまま進めばどうなるのか────!


「て、てめぇらぁぁぁあ!!」

「ヤメロ! 敵の射程に入っちまうだろうが!!」


 次々に抗議する囚人大隊の兵。

 しかし、野戦連隊は盾に身を隠して、槍先で囚人兵の背中をつつくのみ。


 こ、これじゃまるで────!!


「足を止めるな! 走れ走れ! 突撃ぃぃぃチャァァアジ!!」


 そこでついに指揮官たる『教官』があらわれた。

 

 前進を躊躇う囚人に向かって容赦なく鞭を振るう。


「ぎゃああ!!」

「うるさい! さっさと突っ込めぇぇぇえ!!」


 『教官』が馬にも乗らず、徒歩で後ろから叱咤激励しったげきれいする。


 「進め、進め!」と囚人を鞭打つ際に使う乗馬鞭だけを手に、囚人大隊を前へ前へと駆り立てる。


 だが、目の間には魔族の防壁……!!

 そして、囚人たちには槍があるのみ。


 おいおい……?!

 や、槍一本で攻城戦だぁ?


 ──どうしろってんだよ!!


突撃ぃぃぃぃチャァァァァジ!!」


 ええい、うるさい!!

 わかってるさ!

 行くしか…………逝くしか道はないッてことくらいはな!



 そして───!


 ついに、反撃が……、

「て、敵しゅ───ブホ……」


 クラムの隣にいた、名前も知らない囚人兵が矢に貫かれて倒れる。

 だが、脚は止められない。


「くそ! 始まった!!」


 射程内に入ったのだろう。

 チラチラ見えていた魔族の兵が一斉に防壁から身を乗り出す。

 人類のもつ弓とは少々意匠の異なるそれがキリリリリ──と引き絞られ、


 バァィン……!!


 バァイン、バァィン!!


 バ、バ、バババババババババババァァァィン!


「ひ!」

「て、敵襲! 敵襲ぅぅぅう!!」


 ザァァァ──────!!


「うぎゃああああああ!!!」

「ひぃ! ひぃいいいい!!」


 次々に降り注ぐ矢。

 どうやら敵の射程内に入ったようだ。


「じょ、冗談じゃないぞ!?」

 クラムはようやく異常事態に気付く。

 初めての戦場で右も左もわからないことを差し引いても、この扱いは────!


(ま、まさか……)


 今も、目の前で囚人兵が頭部を貫かれて崩れ落ちる。

 右も左も前も、次々と囚人兵が倒れていき、クラムの周囲にはポッカリと穴が開いたように戦場が開けてしまった。


 そこに、さらにさらにと──まるで雨の様に矢が容赦なく降り注ぎ、防ぐ手段のない囚人兵が次々に矢に貫かれて倒れていく。


 クラムにも、その洗礼はもれなく降り注ぎ────!!


 ビュバッッ!

「ぐあッ」


 危うい所を矢が掠めていく……!

 しびれるような痛みを感じて、思わず手で押さえて見れば……ベッタリと血が!


「嘘だろッ?!」

 ──命中こそしなかったものの、肩を掠った矢が粗末な服を切り裂き、素肌に鋭い擦過傷を残していた。


「よーし……!──良い頃合いだ! 囚人プリズナーズ大隊・バタリオン、停止!!」


 と、『教官』から、この期に及んで静止せよとの命令が降る。

 ただでさえ足枷あしかせのせいで素早く走れない囚人たちは、敵前でノロノロとして──いい的だ。


 そう、いい的だ!!!


 次々に倒れる囚人兵。

 動いて、躱してさえいてもそれ・・──ただでさえ、その有様だ……!


 黙っていても命中するというのに……──それが停止? 停止だと!?


「『教官』殿…───!?」

 クラムは驚いて教官を振り返る。……そして見た。見てしまった!!



 『教官』の顔───あの顔を!



 あ、ありゃ……!

 あの顔はぁぁッッッ!!


 見たことが、──あぁそうとも、あれは見たことのある顔だ。


 『勇者テンガ』や、『近衛兵団長のイッパ』…そして『裁判長のブーダス』らの───あの顔だ。


 してやったり──と、

 そして、

 貴様らなんぞ、心底どーーーーでもいいという……、あの顔!!



 あぁ畜生!!

 『教官』もか!?


 アイツもそうなのか?!


 ───少しでも信じた俺が──俺達囚人兵が馬鹿だった!

 あの醜悪極まりない顔は、勇者や近衛兵団長ども同じ顔だ!!


 畜生!!


 あああ!?

 あああああああああ!!??


 畜生ぅぅぅうううう!!!


「ど、どういうことだ?」

「おいおい! 停止なんかできるかよ! なぁ、教官よぉぉぉ!?」


 まだ事態の読めていない囚人兵は無情な命令を下す『教官』に慈悲を乞う。


「……アンタ『勇者』が嫌いで、囚人に同情してたんじゃないのか!?」

「なぁ! なんとか言えよ────えぶッ」


 信じられないと言った顔で倒れ行く囚人兵たち。


 誰も彼もが、次々に倒れていく。


 魔族側も容赦などしない。

 彼らからすれば等しく人類軍というわけだ。


 囚人兵の事情など知った事か────。


 そして、これを幸いとばかりに、敵の射手の位置を確認した野戦師団が停止。

 野戦連隊の指揮官がサーベル引き抜いて防壁上を指す。


「敵射手確認! ロングボウ前へ!!」


 ザザザザザザザザザ!

 野戦連隊の大盾の背後に多数の気配が浸透していく。


 盾の風にチラチラと見えるのは王国軍製のロングボウ!

 しかも、ただのロングボウではない────特殊な飛距離の長い矢をつがえることのできる強弓だ!


 今さら支援?!


 キリリリリリリリリリ……!


「射てぇぇぇええ!」



 バァィン!!

 バババババババババババババババババババババババババァィン!!!


 まるで過去の映像の逆廻しのように、人類側に降り注いでいた矢が、今度は逆に人類側から魔族の防壁へと降り注ぐ!!


 だが、今更!!??


 有利な態勢で、有利な射程から、そして敵の位置を暴露した状態で!!

 ようやく野戦連隊が敵射程外・・・・から射撃戦を展開し始めた。


 あーあーあー! そうかい! そうかい……!

 ロングボウも、特殊な長射程の矢も、今考えた作戦じゃぁない!


 そんなことは戦争の素人であるクラムにもわかる。


 つまり、最初からそれだけが目的だったのだ。

 囚人たちを前に出し、敵の射撃を誘発し……味方のロングボウを有利な体勢で攻撃させて敵を減殺!

 ある程度、敵の射手を制圧したら攻城兵器を出し、防壁を突破する───と?


 囚人兵の命を使い捨てにして、悠々自適に安心安全な位置から攻略というわけか────。


「ふ……」


 ふ、

 ふざけんな!!


 俺たちは、ただ、ただ──死んでいくだけじゃないか!?


 そんな、

 そんなことを、

 そんなことを「無実の俺たち」にさせるのか!?


 なぁ、

 おい!


「答えろよ……!!!」


 ───答えろよ『教官』!


「俺達に死ねって言うのかよぉぉおおおお!!!」


 当然……敵の射程外にいる『教官』。

 彼にクラムの声など届くはずもない。


 はずもないが……!


 しかし、

 しかしだ…確かに口が動き──……『教官』の言っている言葉が耳に届いたのだ。


 ……ニィと口を歪め、真っ直ぐにクラムを見ていやがる。


 そして、

「────恨むなら、不運なお前らを自身を恨みな」


 は?


「『勇者』殿はな、なかなか死刑が執行されないお前等に扱いにごうを煮やして、この策を思いついたらしいぞ?」


 は?

 え?


 ──お、おい……?


「はははは!──……恨みは根から絶つんだとさ、『勇者』殿の世界の歴史ではそう言うらしいぞ? 根切り・・・ってな……」


 こ、この野郎……!


 この野郎!!!



 この野郎ぅぅぅぅぅおおお!!



「─────……ッッッ!!」



 クラムは叫ぶ!

 矢の雨の中、一心叫ぶ!!


 それは、声にならない声……!


 そして胸中にあるのは、たった一つの恨むだけ!!


 またしても、

 またしても、


 またしても・・・・・『勇者』テンガ……!!!


 あーあーあーあーあーあー!!

 あーーーーーーーそうかよ!!


 そんなに俺達を殺したいのか?

 目障りなのか!?


 牢屋の中で擦り切れていくのも待てないのか!?



 どこまで……!

 どこまでお前は卑怯なクソ野郎なんだ!!



 ──畜生!

 畜生ぅぅぅおおおおおおお!!


 なんのことはない。

 クラム達が牢の中で生き延びていたのは、法をつかさどる部門の、見知らぬ誰かの良心があったからなのか……?


 その誰かが、死刑を先延ばしにし、

 なんとか、

 そう、なんとか釈放しようと策を巡らせてらせてくれていたのかもしれない。


 真相などわからないだろうが……。

 少なくとも数年間は、クラム達──勇者絡みの死刑囚は生きていた。

 生き延びていた……!


 泥をすすり、

 恥辱にまみれ、

 怒りに身を焦がしながらも───!


 生きていたんだ!!!!


 それを、

 それを、

 それを、


 それをぉぉぉぉぉおおおお!!



 おぉぉぉおあぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!




「テンガぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」



 許すまじ……。

 許すまじッッ。

 許すまじ!!!


 絶対に、許すまじ!



 テンガぁぁぁぁぁぁぁああああああああッッッ!!!



 叫ぶクラムを他所よそに、バタバタと倒れていく囚人たち。

 しかし、徐々に矢の雨も収まっていく。


 野戦師団の長距離射撃が敵の射手を制圧しているのだろう。



 この時点で囚人大隊……半数が死傷。

 クラムも負傷。


 戦力と呼べるものはもはや囚人大隊には残っていない……。

 あの悪魔のような男のせいで、皆────。


 て、

「テンガぁぁぁああ…………!」


 血まみれのクラムが喉から絞り出した怨嗟の呻き────。






「呼んだか?」





 そして、


 クラムと『勇者』が再び邂逅かいこうする───……。

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