第12話「家族の絆」


 あの日。牢獄で囚人兵にならないかと唆されてから幾数日。


 クラムはその他多数の囚人たちとともに、王国の練兵所に送り込まれていた。


 さすがにド素人を戦場に立たせるわけにもいかないという事で、囚人兵としての募兵ぼへいに当たり、なんとか、志願が認められたクラム達は、王国内の練兵所で数週間の訓練を受けたわけだが……。

 簡易寝床のある宿舎と練兵所を往復するだけの日々。

 その途中で────。


「これが王都?」


 久しぶりに見る娑婆しゃばの様子は、随分と様変わりしていた。


 勇者召喚に成功した王国は、各国の中でも特別重視され、国家としての位は最上位に上り詰めていた。

 優秀な人材も集中し、さらには魔王軍や飢饉からの庇護ひごを求めて傘下に入る国も多数に昇り、経済は好景気に沸きに沸いた。


 さらには『勇者テンガ』の持つ、この世界にない優れた知識は、国のあらゆる分野で活用されており、『勇者テンガ』は国家に貢献した英雄と持てはやされている始末。



 ……あの強姦野郎が、だ。


 くそっ…! 忌々しいッ。



「…………」


 それにしても……。


 牢から出されて練兵場への移送途中、クラムたち囚人兵は目も眩むような思いでその光景を見ていた。

 囚人兵ゆえ、自由は少なかったが、街中の移動であったので、その変化をまざまざ・・・・とみることができた。


 あちこちに貼られる『勇者テンガ』の肖像画に、銅像、石像───タイル張り、何でもござれだ……!


 テンガ、テンガ、てんてんがー……だとさ。


 もちろん、多少は不穏な噂もある。

 まぁ主に、婦女子関連のソレだが、王国では上手くもみ消しているのか、それほど表に出ているわけではない。


 それどころか、勇者のイケメンがゆえの甘いマスクと、強さ、賢さ、富、名誉……そして権力のおかげで人気の絶頂だ。


 魔王討伐の暁には、国王位もあり得る──な~んて言う話もある。


 現国王がどこまで本気かは知らないが、実子である王太子らは、現状──王位継承権を停止・・されているらしい。

 はく奪ではなく「停止」らしいが、……テンガの国王就任の準備ではないかという──その噂は留まることを知らない。


 実際、王女は既にテンガと男女の中だとか? いわゆる、公然の秘密らしい。


 ……ケッ!──お盛んなこって!


 英雄いろを好むとして、そのへんのスキャンダラスな話はむしろ酒のさかな程度にしか考えられていない。

 最初の頃こそ、良い噂ではなかったが、王国の情報操作とダメージコントロールが実に巧妙なのだろう。最近では女の方からすり寄っていくとか?


 自分からテンガにすり寄る女もいる、と。


 いわゆる玉の輿こし狙いらしく、実際に念願が叶った女も大量にいるんだと──。


 もちろん全員がそうではない。たま~に、テンガに体を許さない貞操観念の強い女性がいたり、中には無理やり迫られたというものもあるにはあるらしいが──。

 なんらかの被害を受けたと噂された女性たちも、十分な補償を受けたり、ハレムに迎え入れられ王城の後宮に住むようになっているなんて言う話もある。


「……色狂いめ」


 本当に嫌な話だ。

 そして、クラム同様に勇者の横暴をとがめようとして逮捕拘束されたものは数知れず。

 それもほぼ裁判なしの死刑コースだという。


 裁判ありというのは非常に珍しく、……クラムの例はかなり特殊だったようだ。


 というのも、当時の王国の上部では『勇者』の倫理感についてあまり真剣に考えられていなかったらしい。

 そして、突如として世界の命運を背負わされた『勇者』の心のケアのために、特別な権利を与えただけだ。


 今さら驚く事でもないが、当時は、まさか『勇者』が権利を盾に横暴を働くとは考えもしていなかったらしい。

 故に、『勇者特別法』なるものがあったのだが……。それが完全に裏目に出た形だ。


 内容としては、

 端的に言えば──勇者の権利を大幅に認めるものであった。……ただし、そこには「但し書き」が明記されていた。

 それは、勇者の権利を認めるが、「但し個人の生命、財産、名誉に関わらないこととする」───というものだ。

 要するに、自分が勇者に襲われたりして……反撃しても『勇者特別法』に抵触ていしょくしないというものだった。


 しかし、横暴に過ぎる『勇者』は留まることを知らず。

 『勇者』に対する訴えの件数が通常のソレを大きく上回ることになった。


 それがために──王国側では一計を案じた。


 そう────「いっそ好きにさせては?」、と。


 それがそのまま、国王への意見具申へと通り、──くだんの但し書きは削除……。

 これにより、勇者は正真正銘何をしてもいいと決まった。

 ……決まってしまったのだ。


 ちなみに、その法律の後押しをしたのが、当時の審問院最高責任者で、あの時のデブ裁判長「ブーダス・コーベン」その人らしい。


 そして、

 法律改正の意見書を強引に国王へと提出したのが、当時軍部最高位にいた近衛兵団長「イッパ・ナグルー」であったと……。


 そうとも、なんのことはない。

 当時のクラムは特別法庇護下にあるにも関わらず裁かれ───ブーダスとイッパによって死刑一号とされたらしい。

 いわば連中の出世の肥やしにされたのだ。

 勇者をヨイショして、好待遇を得る。


 なるほど……。実に効果的だ。


 おかげで、条文の但し書き・・・・は削除されて、クラムは裁かれてしまった。

 もちろん、これはいわゆる事後法なわけだが──。


 たかだか、一市民の裁判にそこまでかまける・・・・奴などいない

 それよりは、さっさと面倒を事を片付けたいと考えるのが普通だろうさ。


 もっとも、それだけではなく、この辺りの事情は、『勇者』の醜聞しゅうぶんをもみ消すのに王国が躍起やっきになっていたのが関係しているとか?


 いずれにしても、もはや『勇者』の存在があれば何でもゴリ押しできる時点で国家の体制はある意味崩壊していたのだろう。


 ──国は『勇者テンガ』に乗っ取られたも同然。

 『勇者特別法』は──その気になれば、国王すら殺しても彼には罪とならないと言っているようなものなのだから。


 まったく……国王も一体何を考えているのか──。

 移送される馬車の中でボンヤリと景色を眺めつつ、クラムは教えられた現状を反芻はんすうした。

 ちなみに、これらを教えてくれたのは、牢番どもの雑談のほか、あの看守から教えて貰ったものだ。


 あの日、あの時、あの瞬間──クラムを生かすため、囚人部隊への志願と「特赦とくしゃ」について教えてくれた看守……。


 彼は名前こそ名乗らなかったが、

 後に再会したときは、囚人兵の訓練教官も務めており、皆に『教官マスター』と呼ばれてしたわれていた。

 本心の分からないところはあるが、彼の口添えで「志願兵」になることのできた死刑囚は多い。


 そして、

 クラムとしては、そんな国の様子よりも、最も気になっていたのが家族のこと。


 だが、それだけは知り得ない情報。

 しょうがないだろ? 未だいち囚人でしかないクラムには知りえることができないものも多数ある。


 それでも、家族に会いたい!


 会いたい。

 会いたいッ!

 会いたい!!



 その一心で……。

 一度だけ……本当に一度だけ、クラムは宿舎を抜け出し生家せいかに帰ったことがある。


 それは、ほんの出来心だったが後悔はしていない。

 それ以上に家族に会えるという期待に心が躍っていた。


 だから、宿舎を抜け出し、街中をソロリソロリと行き……。あの家に着いた瞬間──クラムは、懐かしさのあまり涙が出た。



 ──あぁ、帰ってきた。……帰ってこれた!


 

 ボロボロと零れ落ちる涙。


 そうして、一人でワンワンと男泣きしていたものだから、あっという間に近所の住民に通報されたらしい。

 けれども一度たりとも隣近所から人が出てくる気配はない。

 つまりそういう事────近所の住人は、誰一人顔を見せようとはしなかったところを見るに、皆、犯罪者となったクラムと関わりたくないと考えていることだけは、察せられた。


 隣近所の住人と会話することもなく、

 仕方なく、ひとり家に入ったが──……一目見て人が住んでいないことだけは分かった。


 そりゃあ、……これだけ荒れていればね。


 割れたガラス窓に、

 埃の積もった床、

 壁は湿ってカビている。


 その荒れ具合を見て、未だ人が住んでいるなんて考えるほど、俺も愚かではないつもりだ。

 それでも、家族の手掛り……──または行方に繋がる物をと探し続けた。

 だが、囚人兵が住宅街をうろつき、一軒家を物色していれば当然の帰結として──捕まる。


 当たり前だ。


 駆けつけた衛士と「教官」に、取り押さえられ、雁字搦めにフン縛られて、結局連行されるに至った。

 ──当たり前のこと、至極当然の帰結だ。


 ただ、幸いにも『教官』のおかげで大した罰を受けなかった。それだけは感謝しなければならないだろう。


 だがクラムの心中にあったのは、掴まった事や通報されたことよりも気になることがただ一つ。


 あの家に……誰一人として家族がおらず、荒れ放題になっていたこと。

 それはつまり、あの温かい家がもう元に戻らないことであり、────クラムを支え続けていた希望が……かすかにあったはずの希望がついえた瞬間でもあった。


(皆……どこへ行ったんだ?────無事なんだよな?)


 あれ以来、考えることはこればかり。

 ……クラムの心に穴が開いたような状態になる。



 ネリス、

 義母さん、

 ミナ、

 リズ、


 ……ルゥナ───。



 皆、どこへ?

 家の荒れ具合から見て、風雨に晒されたためのものとわかる。

 確かに、無人の家屋は物盗りが入ったような形跡はあるにはあったが、どう見ても、あれは金目のものがないと知りすぐに引き返していた様子だ。


 つまり……。


 家で何か異変が起こって出ていったわけではない。

 何らかの事情で、自主的に出ていったと……そういうことになる。


 そこまで考えてクラムの心が妙にざわついた。


 そう、

 ────嫌な予感が、あった………。いや、確信と言ってもいい。



 きっと俺のせいだ。

 ……俺のせいで、犯罪者の家族扱いを受けたのだろう。


 それは牢に囚われて以来ずっと心にシコリとして残っていた。

 面会に顔を見せなくなった家族。最後にあったあの日の義母さんシャラの暗い表情を思い出せばわかることだ。


 当時は分けも分からず怒鳴り散らしていたけど……。今ならわかる。


 王都とはいえ、狭い界隈だ。

 犯罪者の家族扱いでロクに生活もままならなくなったに違いない。

 そして、夜逃げ同然で逃げざるを得なかった………きっと、そんなところ。


 そうとも……それなら、突然に面会に来なくなった理由も察することができる。



「くそぉ!」


 ……ダンっ!


 ──畜生!!

 畜生、畜生、畜生!!



「俺は何もしていないッッ!」


 強姦野郎を誅しただけだぞ!


「ふざけやがって……!」


 勇者テンガ!

 近衛兵団長のイッパ!

 裁判長のブーダス!!


 お前らを絶対に許さない────!

 

 必ず、

 必ず……。

 無罪を勝ち取って───!


 そして、いつの日か、思いっきり一発ぶん殴ってやる!


 …………その後は、探す。


 探してやるさ……。皆を!

 きっと見つけてみせる。


 俺たちは家族だ。

 切れないきずながある───。


 そうだろ?


 ネリス……。義母さんシャラ……。ミナ……。

 リズ、そして───ルゥナ……待っててくれ。


 必ず戻る……!

 そして見つけてみせる!


 また、

 また……家族みんなで暮らそう。


 そしてらさ、『勇者』達とはもう関わらない。

 あれには───勝てない……!




 絶対に勝てない────!!




 だから、どれほど悔しくとも、あの権力には二度と逆らわない。

 どれほど悔しくとも、あの暴力には近づかない。


 諦めたわけでも、悔しくないわけでもないけど……──俺には家族の方が大事だ!


 だから、さ。

 ……無罪になったら、この国を出る。


 誰も知らない……どこか小さな村で、皆で平和に暮らそう──。

 

 また、

 あの頃のように───……。



 練兵場へ向かう場所の中で、クラムは一人──誓う。


 家族に再会する──。そして、慎ましく暮らしたい、と──。



 そう、

 本当に……、

 本当に小さな幸せだけを願い……。


 クラムは戦争におもむく。


 無罪を……。

 特赦とくしゃを得るために──いわれなき罪を払うために……!


 生きるため、

 生き残るため、

 生きていくため、





 そして家族のために……と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る