第2章『囚人大隊』

第11話「囚人兵」


 その年──第2次「北伐」が始まった年は、酷い凶作が続き、人々が飢えに飢えた年だという。

 しかし、それはまだ恐ろしい飢餓の幕あけであった。


 人類史上はじまって以来の大飢饉……。

 それが全世界で同時多発的に発生し、南北問わずを世界中を襲ったという───……。


 おまけにおりに始まり、大失敗した「北伐」により、世界の農村部は荒れに荒れ、食料自給率は危険なまでに低下。

 各国は戦争準備にために国民を動員し、「北伐」軍を編成していたのだ。


 ──あらゆる食料を前線へ。あらゆる人員を前線へ。


 残った人々にも重税が課せられ、さらには糧秣りょうまつ供出きょうしゅつを求められたため、農村部ではたちまち食糧難に陥った。


 その結果──世界は滅びの危機に瀕していた。


 末期を迎えた国家は、


 ──反乱、

 ──隠蔽、

 ──賄賂、


 ありとあらゆる不正が蔓延り、滅びに拍車をかけていく。


 辻々に転がる餓死者と凍死者。そして、それらを食らう人々で地獄の様相を呈している。

 逞しい人々は、あらゆる手段で滅びを回避する村もあったが───大半は逃散ちょうさんを選び、それ良しとしない村はまるごと野盗化した。


 そして、明日の生死をも知れない村人が多数発生。


 あとは泥沼だ……。

 野盗を追うために徴兵、徴発。

 それに反発した村が反乱、野盗化……。


 そのサイクルを何度も繰り返し、国も民も疲れ果てていた。 

 国も座して見ていたわけではないが、少しでも豊かな国があれば人々は流れ、あっという間に難民化する。

 そして、各国はその対策に追われていたという。


 しかし、そんななかでも「北伐」は強行された。


 事情はやはり食糧難にある。

 北部の大地からジワジワと人類の領域を侵食している魔族のため、いくつかの穀倉地帯がその手に落ちていることも凶作の原因であると考えられているのだ。


 なんとしてでも、魔族を駆逐し───人類を救う。


 その目的のために第二次「北伐」は行われた。

 文明と文化の衝突から、……生存闘争へと──戦いの在り方は変わりつつあった。


 南方の国々からも兵が掻き集められ、前線となる国家に援軍として参戦。

 そして、主攻撃となる中央突破の大部隊は『勇者テンガ』を先頭とした王国軍の近衛兵団ロイヤルガーズと、臨時編成の「野戦フィールド・師団ディヴィジョン」を持って行われた。



 全世界、人類文化圏から同時に全戦線での攻撃を開始だ。



 一見して人類軍の総攻撃に見える攻撃。

 だが、これはあくまでも助攻撃。

 目的は一つ───魔族の攻撃を誘引分散し、主攻撃の『勇者テンガ』をもって失地の奪還を目指すのだ。


 そして、戦線を突破し、一気に魔族の首都エーベルンシュタットを強襲、魔族にとって象徴たる『魔王』を討つ作戦に出た。

 

 もっとも、誰がどうみても───ただのごり押し。

 だが、それを可能とするだけの実力を『勇者テンガ』は持っていると判断され、各国とも第二次「北伐」に乗り出した。





 満を持して───。



 第二次「北伐」開始




 そして、主攻撃となる王国軍の兵の中に、あのクラム・エンバニアの姿はあった。

 粗末な鎧と古びた短槍一本携え──彼は数週間の訓練を経て、戦場にたつ。

 

 そう、


 たったの数週間の訓練で戦場に立つ!!


 元はタダの鍛冶見習い。

 エルフの血は薄く魔術も使えない。


 それでもクラムはいた。

 いたのだ……。


 戦争で手柄を立て、特赦とくしゃを得るために。

 理不尽と戦うために───!


 ジャラリ……ジャラリ……と、鎖付きの鉄球を引き摺る『囚人プリズナーズ大隊・バタリオン』の一歩兵として、だ。



 長い、

 長い隊列。


 王国からずっと伸びる隊列の中にクラムはおり、黙々と歩いている。



 ザッザッザッザッザッザッザッザッザッ!!


 ジャラリ……ジャラリ……ジャラリ……!!



 異なる足音の響く、いびつな隊列は延びに延びていた。

 それを監視するかのように様相の違う兵が、いかにもみすぼらしい兵隊をみて言う。


「け……! えある、我が近衛兵団の側面に配置されたのが、何で囚人どもなんだ?」


 忌々しいとばかり……。


 彼ら近衛兵団の下っ端歩兵は、反吐へどを吐きつつ──辛気臭い顔で足枷あしかせについた鉄球を引きる囚人兵を睥睨へいげいした。


「あー……! そりゃあれだ。一番接敵が多い我々にためのな。いわば尖兵の……盾だよ」

「盾?……あーー!! なるほど、どーりで!」


 ようやく合点がてんが言ったという様子の近衛兵は、一転してあわれむ目を囚人兵に向ける。


「戦闘開始と同時に、一番前に並べて……突撃ー! て、やつか?」

「そーそー……戦闘の風向きが悪くなれば置いてきぼり、勝ちそうな時は後方から重装騎兵が敵味方関係なく押し潰す。そん時の盾だよ、こいつらは」


「ひでぇ、話じゃねぇか……ゲハハハ!」


 ちっとも酷く感じない雰囲気で、ゲラゲラ笑う兵達。

 むろん聞こえている囚人兵もたくさんいるし、近衛兵も殊更ことさら聞こえるように言っていた。



 ──お前等は捨て石だ、と。



 特赦とくしゃなんてのはていのいいお話・・でしかない。

 実際の生存率がどれほどかなんてものは誰も聞いたことがないし、聞くまでもないと分かる。


 ただ……。全滅してもおかしくはない、とだけは分かる。


 ……勝っても負けても、生き残りが困難なのが──囚人部隊の宿命だろう。


 クラムも暗~い顔で、歩き続けた。

 牢を出られたのは良かったのだが……。今にして思えば牢で刑死するか、敵か味方に殺されて戦死するかだけの違いしかないように思う。


 だが、逃げることはあたわない。


 足枷もそうだが、行軍中はさらに拘束が厳しくなる。

 見ればわかると思うが、クラムたちの間には長い紐が垂れている、どうやらそれが囚人同士を紐でつないでいるらしい。


 止まることも倒れることもできない。

 ただただ、将校の指示に従って歩き続けるのみ。


 支給されたのは短い槍と、皮鎧だけ。

 槍もボロボロで、激しく扱えば折れてしまうかもしれない。


 耐久性はなし。一度でも刺突すればそれで終わりといった感じだ。


 いや……。実際そうなんだろう。

 囚人兵の命も、一度の刺突まで……そう考えられているのだ。

 


 クソ!



 負けるものか!

 特赦とくしゃだ!

 手柄を立てて無罪を勝ち取る!!




 そして、家族の元へ……。







 なんとしてでも、彼女らの行方を───!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る