第10話「溺れるものは……」
「
げっそりとやせ細り、頬がこけ……垢と髭だらけになったクラム。
眼は落ちくぼんで──以前の面影はない。
「──そうだ、特赦だ。どうにも、連合軍の上層部では、遠征軍を編成したものの、兵が足りず困っているらしい。第一次「北伐」は酷い有様だったからな」
そう言ってメシを差し込んでくる看守。
鉄扉の足元に僅かに開いた食事の挿入口。そこから飾り気のないトレイが差し込まれる。
木のトレイには、カチカチの黒パンに薄いスープ、そして…濁った一杯の水のみ。
「──それで、罪人からも兵を募っているらしい。むろん死刑囚もな」
それって、
「どうだ、クラム。お前……志願兵になってみないか?」
そう言って看守はそれっきり黙ってしまう。
だが、メシを入れる挿入口から漏れる光は遮られており、まだそこに人がいることを示していた。
死刑囚相手には、ほとん会話らしい会話もしない看守だが、最近では勇者絡みの死刑囚が多いらしく牢屋内では同情の声が徐々に大きくなり始めていた。
そのため、良識ある看守が任につくことが多くなり、こうして言葉をかけて来る者もたまにはいるのだ。
だからと言って刑が軽くなるわけでもないし、クラムも話をするのが
しかし、看守の入れ替えなどのおかげでこうして耳よりな話も手にすることができた。
一見当たり前の話にも思えたが、本当に極悪人を相手にするなら、看守はこういった話をすることはない──と、後々知ることになる。
そりゃ、極悪人を間近に見ていたらそう簡単に開放したくもないだろう。下手に釈放して御礼参りされちゃ敵わんということ。
──看守なんてのは恨みも買うからな。
だが、クラムが模範囚だったこともあり、こうして話が舞い込んできたという事らしい。……多分ね。
「──でも、俺は……ただの鍛冶屋見習いですよ」
多分聞いているだろうと思い、長い長い熟考の末───言葉を発した。
「関係ないさ」
思った通りすぐに反応がある。
「兵士なんてのは生まれつきになるもんじゃない。ちゃんと訓練をした末になるものだ」
とは言え───。
「ただ、今回は急遽の
……だよな。
「ただ、」
看守は言葉を一度切り、
「
え?
「お前……エルフなんだろ?」
はぁ?
いや、多少は血が混じってるけど……。
「人間に近いけど、その耳──」
耳と言われて、クラムはそっと自分の耳に触れる。
……少し長く尖っているが───。
「人間ですよ」
「ハーフエルフってやつか?」
やけに食い下がる看守だな。
「いえ、クォーターです」
クラムの親父がハーフエルフだ。
そして、お袋は人間だったと聞いている。つまりクラムはクォーターということになる。
別にどうでもいい事だが、血が薄まっているせいでクラムにはエルフのような長命のソレはないようだ。
見ての通り、普通に歳を取っているからな。
親父もハーフゆえか、老化がちょっと遅いくらいで普通に歳をとっていた。
後妻の義母さんは、まんま純血種なので全然見た目は変わらなかったけどね。
あー。シャラ────……義母さん、元気かな。
「あーなるほどな。……まぁいい、エルフってことにしとけば
え、
な!?
「い、いいんですか!? こ、ここを出られるんですか!」
う、嘘じゃないよな?
おい……。
おいおいおいおいおい……!
嘘じゃないよな!?
「あー任せとけ。囚人兵とは言え、働き次第で減刑、
む、
無罪……。
無罪放免!?
ほんとか…!?
ほ、ほんとうなら────。
えぇ!
ええ!
ええ、えー、えーえーえー……ともさ!!
働きますとも。
何でもしますとも!!
「で、でもどうしてこんな。……いい話を?」
そうだ。そこだけが気に掛かる。
………………。
看守は長い熟考のすえ、
「──『勇者テンガ』な…………」
ポツリと漏らした言葉には、明らかに声のトーンが変わった気がする。
「……───控え目に言っても……あれは
「か、看守さんも、何か……?」
──何かされたのか!
そう聞こうとして、──パタンと、食料の挿入口が閉じられる。
そしてコツコツと足音が遠ざかっていく。
だが、それは関係ない。
クラムは掴むことができた。
細い……細い、か細い糸を掴むことができたようだ。
本当に、か細い糸……。
触れただけでも切れそうな糸だが……───。
掴んだ。
掴むことができた。
千載一遇の
ありがたい。
……ココを出ることができる。
家に帰れる。
戦争を生き延びれば───…また家族に会える!
会えるんだ。
会えるんだ。
会える……!
みんなに会える……!
その喜びで、その日は心が温かくなり、
久しぶりによく眠れた。
「ん?」
そう言えば……。
あの看守の声───初めて聞いたな?
(新人か……? でも、新人があんな話をするわけがないよな……)
いや、関係ない。
誰であっても、俺にとっては
「ありがとう────」
閉じられた扉の先に言葉を投げるクラム。
特赦の話に感謝を……。
それが……。
まだ、本当の絶望の入り口だと知るのは……──まだまだ先のこと。
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