事件当日――②

 被害者が被害者なだけに、『リッチー刺傷事件』は複雑な経過を辿ることになった。


 二十五年戦争の終戦直前、アンビアは人前から姿をくらましている。その理由は何か。様々な噂が飛び交ったが、自分の命を守るためだろうというのが、大方の推測である。王国の上層部では、魔王だけでなく参謀のアンビアも処刑にするべきだという意見が根強かった。


 アンビアは身の危険を感じたに違いない。魔王の埋葬を済ませると、時を移さず失踪した。


 消えた者を罰することはできない。和平反対派は最後の悪あがきとして、アンビアの指名手配を要求。罪状は「平和に対する罪」。発見次第、身柄を拘束するという案を強引に成立させた。以後二年間、警察騎士はアンビアを探し続けたが、消息を掴むことはできなかった。王都の裏路地で、死体となって発見されるまでは。


 警察騎士の団長ジョスカン・レスコーは報告を受けると、問題を二つに分けることで、事件に対処した。一つはアンビアの処遇。もう一つは死体の扱い。前者については、政治的な意図が絡み、警察騎士でどうこうできる話ではないから上に任せておけばよい。使いを出して、国王その他の有力者たちに報告を入れた。後者については、【蘇生】スキルで復活する前に、最低限の処置は施しておくべきだろう。短剣を胸から抜く、傷口を塞ぐ、体を清潔にする……などなど。


 レスコーは部下に指示を出し、アンビアの死体を病院に運ばせた。他方で、マルコとニックを現場に向かわせ、事件の調査を命じた。


「これが問題のダイイングメッセージか」膝を折り曲げ、石畳の文字を調べるマルコ。「『警察騎士ゲイル・ロンバート』、そうとしか読めないな」


「そんな……まさかゲイルさんが」


「速断は禁物だ。犯人の罠かもしれない」年長者らしい鷹揚さでニックを諭すと、マルコは足を伸ばした。


「事件の要点をまとめよう。犯人がアンビアを短剣で殺害後、裏路地を抜けて中央通りに逃げたのは間違いない。市場側の入口にたまたま居合わせたパッショが証人だ。アイツは悲鳴を聞きつけると、すぐに現場へと駆けつけた。通路は細く、隠れる場所はない」


 いつになく真剣な面持ちで、ニックはマルコの説明に耳を傾けている。


「犯人の逃走経路は分かった。続いて、敷石に残された文字の問題がある。このダイイングメッセージが本物なら、俺たちの出番はない。犯人はゲイルで決まりだ。蘇ったアンビアも、そう証言してくれるだろう。

 だが、メッセージが犯人の手で書かれた偽物である場合、これはゲイルを陥れるための偽装工作ということになる。そうなると、アンビアが犯人の正体を知らない可能性だって出てくる。相手の顔を見る前に殺された、ってこともありえるからな。

 だから、『被害者が蘇れば万事解決』なんて楽観はできない。アンビアの復活を悠長に待っているぐらいなら、犯人捜しに精を出すべきだ」


「はいっ! もちろんです!」


「早速始めよう。やるべきことは大きく分けて三つだ。事件が発生した時刻に怪しいヤツを目撃した者がいないか中央通りで聞き込み、これが一つ。アンビアが蘇生したら詳しい事情を尋ねる、これが二つ。現場に名前が残されていたゲイル・ロンバートのアリバイを確認する、これが三つ」


「ゲイルさん、今日は非番ですよね」


「ああ。だから家にいると思うがな。もしくは王都のどこかをほっつき歩いているか。俺がゲイルの動向を探るから、ニックは中央通りで情報を集めてくれ」


「了解です。絶対、ゲイルさんの容疑を晴らしてみせます」


「そう焦るな。先入観は眼を曇らせる。ゲイルが犯人である可能性も考慮に入れて、捜査を進めるべきだ」


 言ってから、マルコは自分の言葉が可笑しくなったようで、


「まあ、俺もアイツが殺したとは思えんがな」


 犯人の足取りを辿るため、二人は裏路地を抜けて、中央通りに向かった。その途中、ニックが不可解な面持ちで、前を歩くマルコに尋ねた。


「アンビアっていう人は、ずっと消息を絶ってたんですよね?」


「人というかリッチーだけどな。俺たちも必死で行方を追ったんだが、結局分からずじまいだった」


「アンビアはどうして、今更、王都に現れたんですかね? 指名手配までされてたのに」


「その理由については、あれこれ調べるより、蘇った本人に聞く方が早いだろう。まあ、色々と奇妙ではあるが」


 喉に違和感を覚え、マルコは軽く咳をした。市場と中央通りを結ぶ抜け道は、お世辞にも衛生的とは言い難い。風通しが悪いせいで空気が濁り、屠殺場のような腐臭が吹き溜まりを形成している。


「まともな神経の持ち主なら、こんな汚い道は通らない。どうしてアンビアは、わざわざこの道を選んだのか」


「人目を避けたかったんじゃないですか? 指名手配犯だし」


「それなら、赤いローブなんて被らないだろう。目立って仕方ない」


「じゃあ、裏路地でこっそり誰かと会っていたとか?」


「俺もそれは考えた。けど、人目につきたくないなら、相手の家で二人きりになる方が確実なんだよな。実際、パッショが抜け道に入ろうとしてたわけで」


 細長い通路の先から、雑踏のざわめきが二人の元に届いた。中央通りは目前だ。


「でも、『誰かに会いに来た』って推理は、いい線いってるかもな。アンビアは王都に知り合いがいて、久々に会いたくなった。それで二年ぶりに、この街を訪れた」


「誰に会いに来たんでしょうね」ニックが問いかける。


「そりゃあ、これまで集めた情報を総合すると」抜け道の出口で立ち止まり、マルコは振り返って言った。「犯人だろうな」

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