第5話 初めて見る世界
「………!!!はあ………。こ、これは……すごいです……!!」
「ふふふ。そんなに驚いてくれるなんて、もっと早くつれてくればよかったですね」
弥行は大きな目を見開いて感嘆の声を漏らす。その常では絶対に見られない反応に、一同は口元を綻ばせた。
そこは一面の原っぱだった。地平線のどこまでも続く様な緑色の世界。それだけであったなら弥行もここまでの感動を覚えなかっただろうが、ところどころに現代地球では絶対に見られない物体たちが雑然と存在している。
東屋のような空洞がある巨大キノコ。
輪になってダンスをするかのようにくるくると舞う花々。
鳥のようにパタパタと羽ばたかせて群れをつくって飛ぶ本たち。
象形文字のような文字盤の時計はぴょんぴょんと草むらを跳ねまわり。
他にも見た目は蝶のような、セミのような、サザエのような、クラゲのような、トカゲのような、ペンギンのような、ゾウのような、クジラのような………、そんな生き物たちがしかし現代人では到底想像もつかないようなかたちでそこで暮らしているようだった。
夢か絵本の中のような光景に呼吸すら止まりかけながら空から見渡していた弥行に、三人はようやく話しかける。
「ここは私たちが管理している世界に住む様々な住人たちを資料として保存しておくための部屋です。部屋って言っても膨大な数なので無限に近いひろさがあるんですけどね。ちなみにヒトみゆきたちのように進化の段階で高い知性を身に付けた生命たちの一部もここにいます。勿論一人ひとりちゃんと了解を取って暮らして貰っているんですが」
「私はあんまりこの場所を見せたくなかったですけどね。ちゃんと整理して同じ世界の生き物同士分けるとかすればいいものを。こんなごちゃついていたら何が何処にあるかわかりにくいから、と何度言ってもうちの管理係は聞く耳を持たないのですよ」
「まあまあ。それにしても弥行がそんな無表情になってまで驚いた顔をするなんて、めちゃくちゃ珍しいよね。ここに来た時以来じゃない?」
「……そう、ですね。あの時はいきなりわけわからないところに連れてこられて『異世界転移させます』だったので顔を作る余裕がありませんでしたから。でも今もそれに匹敵するか、それ以上にびっくりしているかもしれません」
「ふーん?でもこの光景ってべつにあたしたちには何ら変わり映えしないってゆーか、そりゃちょこちょこ変わっていくけどあんま気にしたことなかったから意外かも。むしろ弥行の時の方がずっとイレギュラーだったし」
サラの発言にティアたちは同意するように頷き、対して弥行は苦笑する。そして目を眇めて僅かに顔を俯かせ右手を胸の前で軽く握る。
「……こんな昔両親に読んでもらった絵本の中みたいな世界を見て、改めて私は遠く離れたところに来てしまったんだなって思ってしまって。ティア様たちとの暮らしは正直今迄とあまり変わり映えしませんでしたし、頭では理解していたはずなのですけど実感はしていなかったようです」
「…そうですよね。私たちは本来決まった姿をしていないので、私は最初顔を合わせた時から弥行に合わせた姿と言葉をとっていました。そのせいでかえって弥行を混乱させてしまったかもしれないです」
「それは私のためにそうしてくれたのでしょう?むしろお蔭ですぐに馴染めたのですからありがたかったです。
…ただ、いくら文献を読む限り私が住んでいた世界と世界の法則も住んでいる人々も類似した世界であるとしても、そこは私の知らない未知のものであるのだという事実に少し圧倒されてしまいました」
弥行はそう言って再びそこに住む生き物たちを見下ろした。その表情からは最近かなり弥行のことがわかってきた三人でも感情を読み取ることが難しかったが、なんとなく彼女が落ち込んでいるように見えたのだった。
やがてもういいとばかりに弥行がティアを振り返り、四人は飛行して移動した。
地平線の先まで飛ぶと森が現れ、その中に数本薄く点滅している木がポツポツと確認できた。弥行たちはそのうちの一本の下まで降下し着地する。
「では早速いきましょう」
ティアは弥行の正面まで移動して人差し指でこつんと彼女の額に触れる。
「これで準備オーケーです!自分の好きな枝の下まで行って目を瞑ってください」
「わかりました」
弥行はティアの言ったとおり何となく良さそうだと思った枝の下に移動して目を瞑る。しばらくするとそろりそろりと枝が垂れ下がってくる音がして、ポチャンと全身が暖かい液体に包み込まれた。
流石に驚いて目を開けると、自分をすっぽりと覆う大きさの透明のまるい雫に囚われてしまったことを知る。ちゃんと息は出来ることを確認すると安堵の息をついた。
(なんだか不思議な感じですね。まるで母体の中にいるみたい。普通なら全然落ち着けない状況なのでしょうけど、安心していいのだと思えます。……う…ん、……段々と眠くなってきました…)
気が付くと本当に眠っていた様で、弥行は地面の上で横になっていた。
「おっはよー弥行。気分はどう?」
「はい。気分はむしろすっきりしていますし、どこも異常はないみたいです」
「…はあ、よかったです。ごめんなさい。なんか精霊たちがいつも以上に張り切っちゃって予定にないことを始めてしまったんです。だからここまで大掛かりになるって私知らなくて」
ティアの目には心配のあまりか涙の気配が浮かんでいる。
「ということは、これは通常ではなかったのですか?成功はしているのですよね?」
「ええ。普通は赤子の額に乗るほどの滴が落ちてきてそれが体に吸い込まれて終了なのです。一様儀式自体は成功のようですが、過剰演出するならすると言ってくれないとこっちが無駄に気を揉むではありませんか」
「ぷぷぷ。さっきのリーファ超面白かったよね~。落ちた雫が突然人間サイズにまで膨れ上がって弥行の上に降って来た時の反応がしっぽ踏まれた猫みたいだったもん。意外に可愛いとこあるんだね」
「なっ何をおっしゃるんですか!そんな反応してません!!」
弥行は珍しくサラに揶揄われて顔を赤らめるリーファを見て自分もそれを見たかったなと思いながら、もう一度自分の身体の差異を確かめる。
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