第4話 神様の家での暮らし 2
「ねー弥行――。今更って言われるかもしれないけど聞いても良い?」
サラは医務室でベッドに横になって治療を受けている弥行に話しかける。
「構いませんよ。何をですか」
「うん。いやね。弥行があっちの世界で生きていくのに、必要な戦闘訓練を付ける役をあたしが引き受けてからもう一年は経つわけだけど…ほんとに今更なんだけど、どうしてあの時チートを貰わなかったの?」
「…あの時というと、ここで意識が覚めてティア様にどんなチートが欲しいか聞かれたときのことですよね?」
「そう。だって今まではあんまり気にしてこなかったけどさ、よく考えたらおかしいじゃない?
チートだよ?何でもありの。そりゃ幾ら神様だからってできる出来ないあるけどさ。それでも言うだけタダなんだし生きてりゃ誰だって何か一つくらい願い事ってあるわけでしょ。あたしだってあるもん。欲しい武器が――とか、ほしい防具が――とかさ!」
そこまで言ってサラは一旦間をあけてややトーンを落として言葉を紡ぐ。
「それから……亡くしたものを取り戻したい…とかさ」
「…………」
サラは弥行が沈黙している間彼女の表情を見ないよう顔を俯かせた。
「………いえ、やはり思い当たりませんね」
「え!」
しかしほどなくして弥行が語り始めると、驚きに目を見張って顔をそちらに向ける。
「ほんとにないの??」
「はい。そもそもあったとしてもあの状況で何か大きな事を願えるとは思いません」
「どうして?」
「あまりはっきりと口にしたくはありませんが…正直全然神とかまともに信仰もせずに生きてきた人間の前に、いきなり自分がそうですとか言って出てこられても早々信用できませんよね。普通なにかのドッキリか、自分の頭の異常を疑います」
「…まあ、それは確かに」
「万が一本物だったとしても、油断はできません。大抵大きな力には何らかの代償が伴いますし、相手が自分に敵意を抱いていたりそうでなくても何か裏があって結局こちらが不利益を被るかもしれません。
ですからチートという本来自分が持ってはいない分不相応な力を要求するのはリスクが高いと言わざるを得ず、しかし全く何も要求しないと今度は予備知識なしに無一文丸腰でそのまま訳の分からない異世界へ飛ばされてしまう可能性もありましたから、こうするほかなかったのです」
「……う、うん。なるほど―――――!!」
(弥行って時々こんな風に理屈っぽい饒舌キャラになるんだよね……)
サラは弥行のちょっとした暴走に心の中で苦笑する。
「それにやはり”力”というものは、何であれ自分で手に入れないとよくないと思います。
例えばサラだって幾ら戦いをつかさどる天使だからと神様に権能を貰っていても、初めからその強さという訳ではないでしょう?ご自身が言っていたように、何かしらの努力を積み上げてこられたのですよね?」
「うん!!何にもしないと身体がなまっちゃうし、今以上に強くはなれないもん」
サラは得意げに腕まくりをして、仮想の敵に強烈なパンチを繰り出すようなジェスチャーをする。
(今以上に強く…未来の周りの皆の苦労がしのばれますね……)
弥行はわずかに顔を逸らして遠い目になりつつ話を続ける。
「ええ。そうでしょう。そしてそうやって何度も積み上げてきた経験の中で、能力を向上させていくと共に”使いこなし方”というものも覚えていくわけです」
「…要はコントロールってこと?」
「そうですね。また”力”が知識じょうほうであっても同じです。むしろきちんとしたその人なりの使い方を覚えないと、小さなことでも世界全体に影響を与えうるのが知識じょうほうの恐ろしい点ですからね」
「うーん。つまり神様に『はい』って渡されたチートだとうまく使いこなせないだろうから、いずれ渡された側が不幸になるでしょうってこと?」
「その通りです。ですから今日の私の怪我を悔やんで『自分が教えるよりもティア様にチートを授けて貰った方が良かったのではないか』なんて考えなくていいのですよ。私はサラに教えて貰うから、今以上に強くなれるのですから」
「………。うう―――…ほんっと弥行はそういうとこがずるい!!!」
「ああ。神託の儀ですか」
医務室で治療を終えた二人は昼食を取ろうと食堂へと向かった先で、数多の世界を統べる少女の姿をした神、アルマミーティアの姿を見つける。そこで弥行たちはそれぞれ好きな料理を注文して受け取った後、一緒に食事をとりながら話をすることにした。
ちなみに食堂は可能な限り弥行が人間らしい生活を送って、神の家に慣れてもらうためにアルマミーティアが設けた場所であり、そういった施設は他にもいくつかある。それらは最初、弥行たち以外の天使たちは物珍しそうにしながらもあまりよりつかなかったが、今では娯楽感覚だったりお互いの交流の場として大勢が活用していた。
「すっかり忘れてましたけどそんなのも確かにありましたね」
ティアは思いがけない話題に目をしばたたかせる。
「文献によると私が転移する先の世界では、産まれた赤ん坊を神樹と呼ばれる特別な木の下に連れて行って神託の儀を受けさせ、死ぬまで持続する神の加護を享ける風習があるとのことでした。それについて詳しく教えて頂けないかと思いまして。出来るだけ現地の人々との差異はなくしたいですし」
「なるほどです。構いませんよ。そもそも神樹というのは私とは直接関係がないんですけど、あの世界を創造するにあたって生み出した『精霊』と呼ばれる私たちに近しい高位生命体が沢山住み着く木なんです。
それで精霊たちの力は基本的に直接他の生物たちに干渉できないんですけど、その木を通してだと多少しやすくなるんですよね。しかも彼らは好奇心旺盛なので、産まれたばかりで術が掛かりやすい赤子にお土産感覚でかけちゃうわけです。それが人々の間で広まって風習化したって感じですね。
ただ一様神からの神託として受け入れられているので、親しい人ぐらいにしか自分が持っている加護を明かしてはいけないとされているらしいです」
「…そういうことだったのですね。つまり私が現地に行っても受けられられないということですか。まあでもなくても特に困らなそうですし、目に見えて強力な力を貰うということもなさそうなのでバレないですよね」
「それは多分そうだと思いますけど……」
(ていうかこの人の命の輝きを前にしたら、そんな加護なんてあっても無くても大差なさそうですよね……。神である私が目にして魅了された威力は伊達じゃないですもん)
「なんだったらここで神託の儀を受けます?準備に時間はかからないですから、この後でも良いですよ?」
「……そうなのですか?でも、力を与えるのは精霊なのですよね?しかも産まれたばかりの赤子にしか掛けられないのではないのですか?」
「そうなんですけどね!ここには全知全能な神様がいるから、多少の無理は通せちゃうんです!!ついでに今まで弥行に見せたことが無かった場所にも案内してあげますね」
ティアは見た目の年齢も併せて小さな少女がお気に入りのおやつを貰ってごきげんでいるときのような愛らしい笑みを浮かべて、目の前のお子様ランチをほおばる。その微笑ましい光景に食堂全域が暖かい空気に包まれた。
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