神様の家

第3話 神様の家での暮らし 1






カチリ。










「……はっ」


「おおっと。危ない危ない。んじゃ、これはどうかなっ!」



細身の女は力強く剣を振り上げ相手の剣を打ち上げると、もう片方の腕で素早く懐から短剣を取り出し相手の急所へと突き付ける。


対する弥行はそれに不意を突かれながらもすぐに反応し打ち上げられた剣をそのまま手から離すと、上体を逸らしながら攻撃を避け一度相手の間合いから離脱するべく後方へ跳躍しながら、牽制のためにこれまた隠し持っていたナイフを放り投げる。女が予想外の動きに戸惑いつつそれを避けた時には、弥行は落下してきた自分の得物を回収し再び相手へと突進していく。


それを見て女はこれからさらに過熱するであろう剣戟の応酬と心の読み合い探り合いに胸躍らせて口元をにやりと歪ませた。






「ふい――――――……。今日もいい汗かいた――。あ、そだ弥行、大丈夫?結構思いっきり殴っちゃったから痛むんじゃない?痣になる前にはやく治してもらわなくちゃね」


女は弥行を放して起き上がると、 気遣わしげに手を差し伸べる。



「痛みはわずかにありますが問題ありませんよ。治癒の魔道具ですぐに治せますし」



弥行は相手を不安にさせないよう笑みをつくりながらその手を取って立ち上がる。



「そう?…あ―でもリーファから弥行の身体に傷を作らないよう気を付けるようにって言われてるんだよね―――。やっぱり医務室いこっか」


「そうですか?ではそうします」




二人は使っていた武器防具をもとあった場所に戻して円形の大広間を出た。


医務室への道すがら女は興奮冷めやらぬといった表情で弥行に話しかける。




「それにしても弥行ってばほんと上達するの速いよね――!最初の時と比べたら別人かなって思うくらい体の使い方が上手くなったよ」


「そう思いますか?その割には今日もあっさり負けてしまいましたけど」


「そりゃあたしはそう簡単にやられるようなやわな鍛え方してないし―――。でもほんとだよ。さっきだって結構ヒヤってする場面多かったもん。突然投げナイフ出して来た時はかなりびっくりしたんだよ。あと壁や天井を走ってみたり、部屋の端に追い詰めたと思ったら実は偽物で後ろから麻痺毒付きの吹き矢が飛んできたりしてさ。弥行って実はあっちの世界で言う”ニンジャ”の子孫だったりしないよね?」


「違いますよ。吹き矢は生物や武器そのものの気配に敏感なサラに有効かと思ったんですけれどね。下手な魔法使っても音などですぐ気づかれてしまいますし」


「えへん。でも最後の方は何が出てくるのかワクワクしちゃってさ。駄目だってわかってるんだけどついつい本気に…」


「…本気に、なったんですか?」


「えっ。げ、リーファ!!」




その時、T字の通路の右側からやって来た女が二人の会話に口を挿む。


第三者の登場に弥行は気が付いていたため顏色一つ変えなかったが、サラは話に夢中になっていたせいか動揺する。



「どうなのですか、サラ」


「え―――いやあ―――――…あはは。ちょ、ちょっとだけだよ……」


「……はあ。サラ。貴方は争い戦うための権能を与えられているせいか、戦闘中頭に血が上って本気になると手が付けられなくなるから、どうしても弥行の指導役をやりたいなら常に冷静でいるよう心掛けるように、と

あ・れ・ほ・ど!ティア様にも言われたのによもやそれをお忘れになられたわけではございませんこと?」


「…え、わ、忘れてはいないよ。うん。ただ今日はいつもより熱が入りすぎちゃって。弥行があたしとの戦闘を通していろんなことが出来るようになってくれたんだなって思って嬉しかったし…」


「……確かに今日は私もサラをびっくりさせられるように、前々から計画していたことを実践出来ましたからね。戦闘用魔道具の改良も進んで、より高度な戦術を行えるようになって少しでもサラを満足させられたなら何よりです」


「だよねー」




弥行はサラがあまり責められるのもかわいそうだと話を逸らすようなことを言う。


しかしそんなことではリーファの怒りを鎮めることが出来るはずもなく。


リーファは素早い動きでサラの後ろに回り込んで両こぶしで頭を挟み込む。



「なーにが『だよねー』ですか!!そういう問題じゃないってわかってるんですか!!!ちゃんと反省して下さい!!」


「…うわーん。いたいよー――。ごめんなさい――――」


「弥行もですよ。幾らあなたの方が指導を受けている立場だからといっても、私たちとは違ってただの人間の女の子なんですから。自分の身体を気遣う意味でもそうやって大丈夫そうな顔しないで、つらい時はつらいって言わなくちゃ駄目でしょう」



そう言うとリーファは今度は弥行の前にスッと身体を滑り込ませ、厳しい顔つきで見分する。


弥行はその言葉と行動に、常に周りに厳しく自分にはさらに厳しく生きるリーファの中の暖かさを感じ、心の中で顔を緩めた。




「ありがとうございます、リーファ。でも本当に大丈夫ですよ。サラが所々手加減してくれたおかげか日常生活に支障が出るほどの怪我は負っていませんし、もともとこれから医務室へ向かうところだったのです。だからあまり心配なさらないでください」


(ま、本当はサラが本気になってもある程度対処できるだけの実力を、幸いにも今迄の訓練から得られていたからなのですけれど。もしそうでなかったら私今日うっかり死んでいたかもしれません……)



リーファは弥行が口にしなかった言外の部分をおおよそ雰囲気で把握しまだ説教を続けるか一瞬迷ったが、これ以上弥行を付き合わせて体に障ってはいけないと一旦矛を収める。




「もう全く。仕方がありませんから今はこれで勘弁してあげます。サラは弥行の治療が終わったらこってり説教ですけど」


「え―――。まだあるの…」



サラは不満たらたらで口をとがらせながら項垂れる。そこで弥行は朝から気になっていたことを思い出し口にした。



「そう言えばリーファ、ティア様の居場所を知りませんか?神託の儀についての話をしたくて朝から探していたのですが、姿が見えなくて」


「……え、ええ。ティア様なら私たちが管理している世界のひとつで不具合があったとかで、担当の天使たちと一緒に対応に当たっているらしいです。どうせまた時空間の歪が起きたとかそんなのでしょうけど」


「えっなにそれ。あたしそんな話聞いてないけど」


「別にわざわざ知らせる必要も無いような些末な事ですから、連絡しそびれたのでしょう。今度から連絡係にはちゃんと仕事をするように私から言っておきます」


「ふーん」



弥行はリーファの表情や態度から彼女の発言が必ずしも真実ではないことを確信したが、世界の管理のことについては自分が口出しできることではないので気づかなかったことにした。



「そうですか。では今日は都合が悪いということですよね?日を改めた方が良いですか?」


「いえ。そんなにはかからないはずですよ。多分昼までには片付くでしょうから、弥行たちは早く怪我を治してしまいなさい」


「そうですね。わかりました」








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