第9話 彼女の日常 2


ミユキが山の麓まで下りると、彼女の到着を待っていたのか町の人々が集まってくる。



「おはよう。いやあ、今日は一段と冷えるね」


「おはようございます。皆さん雪かきをされていたのですね。態々このようなところまでして頂いてありがとうございます」



人々の手には雪かき用の大きなスコップやバケツ、傍には運搬のための手押し車が置かれている。

彼らは山に独りで住んでいるミユキが町に下りてきたときにために、山道のすぐ近くまで雪かきを行ってくれていたらしい。



「アンナにはその“すのぼー”とやらがあるから必要ないってあたし言ったんだけどね。この人ってばいきなり『日頃の感謝を伝えるためにもやるべきだ』とか言ってはりきっちゃってねえ」


「い、いいだろう。君には町の皆がいつも世話になってるんだから。それにアンナがここにこれなくなって困るのは俺たちのほうだ」


「それはね」



“アンナ”というのはミユキの表での名だ。この世界の魔道具技師にはあらゆる特別な権利が認められているが、その一つとしてプライバシー保護のために『偽名を名乗る権利』が広く受け入れられている。人々は彼らが名乗る名を“偽名”と認識しつつも愛着を持って呼んでいた。



「ねえ、アンナ~。今日いっぱい雪積もってるし“すのぼー”にぼくを乗せてよ―――」


「わたしもわたしも――!この間見せてくれたみたいに滑ってみたい!!」


「おれもやってみてえ―――」



一方集まってくれた子ども達の方は多分に下心が含まれていたようだ。彼らはミユキが両足に装着している『それ』に興味を惹かれてやまないらしい。しかしそれはある意味では当然の話で――、



「だって坂道だってビュンビュン上るし、坂も何もないところで2回転宙返りとか出来るんだぜ!かっけえよな!」


「だよな―――」



そもそもこの地域では元の世界にあったスノーボードというものがなかったのもあるが、ミユキがそれを魔道具として改良し元の世界で有名なサスペンス漫画の主人公が使っている“あれ”を再現した形にしてあるため、好奇心旺盛な人間の心を擽るのである。

実際、子どもたちがミユキに強請り始めたあたりから、周りの大人たちが発する空気も期待を帯びたものに変わっていた。



「あのですね、私が使っているこれは動かすのが難しいんです。乗っている間中ずっと一定量の魔力を注ぎ込まなければいけませんし、スピードもかなり出てしまうので、慣れるまでは危ないのですよ。

そもそもこれは私が雪道の移動をスムーズに行うために開発したものなので、全然実用的ではありません。ですから、申し訳ありませんが乗せるわけにはいかないのです」


「「「「ええ―――――」」」」


「……まあ、そうじゃろうな。あんなのがそう簡単にホイホイできるわけなかろうて。わしの若い頃でもありゃ無理だ。お前たちもあまりアンナに無理言っちゃいかんわい」


「おじいちゃん……」


「そりゃそうだけど……」



明らかに落胆した表情を浮かべる子供たち。ミユキは仕方ないな、と心の中で苦笑を浮かべて元はと言えば自分のせいでもあるので笑みを浮かべて提案する。



「私が乗っているスノーボードには乗せられませんが、魔道具抜きのスノーボードの図面は持っているので後で木工職人の皆さんのところに行って作ってもらえるようお願いしてみます」


「ほんと―――!!やったあ」


「それ使ったらアンナみたいに滑れる?」


「同じようには出来ないと思いますが、緩やかな坂を下りる分には十分に楽しめると思います。ただしいつも言っているように、遊ぶときは大人がいるところで準備体操してからにして下さいね?」


「うん!!」


「…いつもいつもすまないね。君がいろんなことを教えてくれるお蔭で、この町は以前よりずっとにぎやかになって来てるよ」


「ほんとそうよね。この間も『肌荒れがすぐ治るクリーム』とか『誰でも簡単に作れる本格チーズケーキ』とかを教わってみんなすごく好評だったのよ?最近じゃ冬場だからって辛かったり苦しそうにしてる人を見かけなくなったし、あたしたちってアンナに甘えすぎなんじゃないかって話してたくらいで」


「それはとんでもないことです。私の方こそ皆さんに支えられている部分が多々あることを自覚しているのですよ。いわば持ちつ持たれつということでは無いでしょうか」


「そう言ってくれるとわしらも気が楽になるんじゃがの。それよりアンナにはなにか用事があるんじゃろう?日が暮れんうちに早く済ませた方が良いじゃろう」


「そうですね。皆さんも具合が悪くならない程度になさってくださいね」



ミユキはスノーボードを肩掛けバッグタイプの異空間収納アイテムボックスに仕舞って皆と別れた。


少し歩くと小さな町が見えてくる。

そこからは曇りがかった雪の日ではあったが、人々の活気あふれる様子が遠くからでも伝わって来た。




山の麓の町、リフレットはアルヴァ―ト・ケルヴィン伯爵が治める領地の中で最も人口が多い町ではあるが、国の中でもかなり辺境に位置することもあり“伯爵”が治める都市としては他と見劣りするところも多い町である。


しかしそれでもミユキにとっては(元の世界を含めても)この町ほど人々の温かみを感じる町はないと思えたし、なんというか日本人として文化や習慣が肌になじむというか、とにかくひどく居心地の良さを感じてしまうので今更誰が何と言おうと居場所を変えるつもりはないに等しかった。



(だからこそ少々やり過ぎ感は否めずとも、ここに住む人々の生活を豊かに出来るように尽力したいと思ってしまうのですよね。たとえそれが『神の家』で目標にした“異世界ボッチ計画”から少々外れることになっても、誰かの幸せな顔以上に尊いものはないですから)



ミユキは自分に声をかけてくれる食べ物屋の店主や、買い物中の主婦たちに会釈をしながら、町中を通り過ぎる。


途中で子供たちに約束したとおりスノーボードの図面を木工職人たちに渡しに行ってお返しとして魔道具製作に使える上質な木材を貰ったり、以前から頼まれていた薬を病院に届けに行って患者のおばあさんの長話に付き合わされたりしながら、ようやく当初の目的である領主の館に辿り着いたのであった。




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せっかく異世界に来たのでチートなしでボッチライフを目指したい 猫にゃんにゃん @nekonyannyan

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