第7話 旅立ち
1年半後
「弥行、荷物は全部持ちましたか?」
「はい。昨日のうちに一通り準備してありましたし、先程も持ち物リストで確認しましたから大丈夫です」
「本当ですか?まだ持てそうならここにもう少し食べ物類がありますよ。あと、洋服や防具など必要なら今すぐにとって」
「大丈夫ですよ。もう十分以上に必要そうなものは持ってますから、これ以上はいりません」
「リーファ。心配なのはわかるけどそれはちょっと過保護すぎだよー。弥行を困らせたらだめじゃん」
「……そうですね。すみません。少し取り乱しました」
今日は弥行がいよいよ人間世界へ旅立つ日。下界へと続く門の前には弥行と交流があった神の家の住人達が、別れを惜しむような表情で集まっている。
その中には当初ただの人間が自分達と同じ空間で生活することに、激しく抵抗した者達の姿もある。彼らは弥行に直接文句を言いに行くなどして交流するうちに、いつの間にか弥行のシンパに飲み込まれてしまっていたのだった。
今では新しい魔道具に使う魔法式の相談に乗ったり一緒に食事をしたりするほどに親しい間柄になっている。
弥行はそんな者達の表情とかけられる言葉をしっかりと胸に刻みながら列の最後までやってくる。そこにはここ数年でおなじみとなったメンバーがそろっていた。
「ねえ弥行――、本当にその姿でこれから生活していくつもりなの?」
「ええ、そうですよ。どこかおかしいところがありますか?」
「いやおかしいってことはないけどさあ。…ねえ」
「…まあ確かに変ってことはないですけど、なんだか釈然としない気持ちにはなります」
「そうですよね。私もあんまり賛成はしないです」
ティアたちの前にはすっかり様相を変えた弥行の姿が。闇を映したような艶やかな黒髪は、ウェーブがかった茶髪に。光の加減で色合いを変える宝石のような瞳は、くすんだ灰色。肌の色もわずかに暗く、顔のパーツは一つ一つが小さめになって全体的に丸顔にみえる。
「資料を読んで私の容姿はあちらの世界では目立ちすぎることがわかっていましたから、ずいぶんと前からここを離れる際にはどうにかするつもりでした。
ただその為には魔法薬を作る必要があって、貴重な材料を手に入れるのが大きな障害だったんです。ですが…」
『僕たちがお手伝いすれば何にも問題なんてないよ!ね、ティアム!!』
『そうよね、フィグル』
『そうですね。本当にいつも二人には助かっています。これからもよろしくお願いしますね』
弥行は心の中で話しかけながら、両肩に座る白と茶の服を着た精霊達に視線を送る。
「……はあ。なんだかすごく仲良さそうね。こんなことならあの時二人を紹介しなきゃ良かったかも。そうすれば私がずっと弥行のそばにいられたのに」
「アイリスはここに住む精霊達の取りまとめ役でもあるのですから、私と一緒に来るわけには行かないでしょう。第一、あなたは水の精霊でしょう?」
『そうですよアイリス様。僕達だからこそ弥行が育てている希少な植物達の声を聞いて、適切な環境で世話が出来るんです。ね、ティアム』
『そうよね、フィグル。生命を司る私と、地の力を司るフィグル。二人一緒だからこそだと思うの。だからごめんなさいアイリス様。でも弥行に会わせてくれてありがとうございます、アイリス様』
「………む。わかってるわ。だからわざわざ地と生命に頼んであなた達を呼んでもらったのだもの。弥行は
……でもそれだったらやっぱり私が契約しても良かったでしょ。そりゃ確かに私は水の精霊だけど、水だって植物には欠かせないじゃない。なのに彼らが『お前はだめ』って聞いてくれなくて…」
「それはしかたないと以前から話しているでしょう?皆を平等に見届けねばならない精霊王が軽々しく契約するのは間違っていますから。それに会いにくるのはそれほど難しくないのでしょう?ならば良いではありませんか。今更変えるといわれても嫌ですよ私は」
『『みゆき――――!!!』』
「あーこれはまた無自覚に落としにきてるよ。罪だねえ」
「弥行の言葉ってなんかこう、胸にするって入ってきますもんね」
「それを下心なしで無意識にされた結果がこの行列ですからね。何が『どこにでもいるただの高校生』なんだかって話です」
「「全くです(だね)」」
「あの―何をそこでこそこそ話しているんです?ちょっと助けて欲しいのですが…」
弥行はすっかりへそを曲げてしまったアイリスにぎゅうぎゅうに抱きつかれながら、ティアたちに助けを求める。彼女を救出した後リーファに強制的に連れて行かれるアイリスを見届けつつサラは質問を続ける。
「ん――、容姿を変える必要があったのはわかったけど、何もそこまで変えることなかったんじゃない?魔法薬って作るの難しいんでしょ?しかもそれだけ違った容姿を狙って作り続けるって中々大変だと思うよ」
「ですね。魔道具技師は魔法薬も作ったりする職業ですけど、あくまでも魔法理論と技師としての技術が重要ですから、それだけの魔法薬を作るためには調薬の専門的な知識と技術も必要なはずです。弥行がわざわざそんな非効率なことをする理由はないと思いますけど…」
「………それは確かにその通りなのですけれど…」
弥行は一度言葉を切ると、苦しいような嬉しいようななんともいえない表情になって話を続ける。
「……この容姿を作るにあたって記憶のなかの二人を参考にしました。元々私は自分の容姿が好きではありませんでしたから、いわばこの姿こそが“自分の理想”なのです。ですからもう一度、私自身を誰も知らない世界で人生の続きを送るのに、新しい自分になりたいと思った結果ですね」
「……………そっか。弥行がそう思うんならいいんじゃない?あたしはぶっちゃけ元の方が好きだけど、そっちもなんだか小動物っぽくて可愛いし。まあティア様には負けるけど」
「あ、また可愛いって言いましたねサラ。日頃から思ってましたけど、仮にも創造主に対してちょっとひどいんじゃないかと思うんですけど!!」
ティアはそう言ってプクーっと頬を膨らませて抗議する。そんな仕草が余計にまわりから子ども扱い受ける要因になっているとは本人だけが気がついていない。
弥行が顔には出さず内心苦笑を浮かべていると、突然心配そうな顔になったティアが弥行の手を軽く握って諭す様に言う。
「ねえ、弥行。あなたは想像したことがありますか?自分の幸せを」
「え?…ええと、はい。ありますけど、急にどうしたのですか?」
「ずっとずっと気になっていたことなんです。弥行は自分の幸せを望んでいないんじゃないかって」
「そのようなことはありませんよ。そもそも、自分の幸せを望まないような人間は生きてはいけません。人間の行動理由の起源はすべて“自分のため”ですから。これでも未知の世界への旅立ちにドキドキするとともにワクワクしている私が、幸せを望んでないなんてことはありえません」
「そりゃそうだよね――。もーいきなりへんなことを言わないでくださいよ。何事かと思うじゃないですか」
二人は妙な空気を変えようと必要以上に高めのテンションで話をする。
会話を聞いていた周りの者も不安を取り除くような事を言うが、ティアの表情が晴れることはない。
そして弥行にしゃがむように言うと、その両頬を小さな手で挟んで瞳を覗き込んだ。
「あ、あの…」
「弥行。私はあなたが前の世界で生を受けてからずっとその同行を観察してきた者として、他の誰よりもあなたの幸せを願っているつもりです。神である私はこれから先弥行のためになにかをすることはないですし、出来ません。それでも少なくともここにいるみんなはあなたが自分の世界で生きていくところをずっと見守っていますから。
そのことをどうか忘れず、あなたはあなたのために幸せを勝ち取って欲しいのです。これから先もしかしたら悩み苦しむこともあるかもしれません。それでもまっすぐな輝きを持つあなたならきっと切り開いていけるはずだから」
ギュッと抱きしめる小さな体は、嗚咽とともに震えていた。後ろからはサラの鼻をすする音が。
弥行はただただ沈黙を貫く中で、ここ数年鳴り止んでいた胸の痛みがわずかにぶり返し、しかし以前とは違ってそれが妙に優しく体に染み込んでいくのを感じていた。
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