毒の在処

 こんにちは、Kです。

 今回は、今までとは別の切り口で、事件の紹介を致します。


 私はこれまで、幾つかの事件をお伝えしました。そのいずれにも、明らかにされていない真実が存在します。

 私は犯罪を犯した者を、擁護するつもりは有りません。ですがそこに至る経緯は、知るべきではないでしょうか?

 犯罪という結果を生み出した原因は、考えるべきではないでしょうか?


 世の中には多くの犯罪が存在します。その者を犯罪に走らせる、理由は何でしょうか?


 貧困はその大きな一因でしょう。

 対して、貧富の差が激しい社会を創った者達がいます。彼らは、今この瞬間にも飢餓で消えゆく命を、歯牙にもかけないでしょう。

 

 以前、刑事のNさんが、私に語ってくれた言葉を、今更ながらに思い出します。


「Kさん。刑事なんてやってると、胸糞悪い事件なんてしょっちゅう出くわすんだ。豊かになったから、歪んじまったのかな? 違うだろうな。狩猟本能は、人間が持って生まれたものだ。歴史を振り返れば、糞みたいな事を平気でやってたみたいだしな。それに比べれば、今の時代は平和そのものだろうな。でもよ、Kさん。平和になる為に、色んなモンを押さえつけて来た。暴対法の改正だってそうだ。規制したからって、犯罪は無くならない。それこそ、昔より陰湿になってる。どうなってるんだろうな、今の世の中はなぁ。どうすりゃいいんだろうな、俺たち警察官はよぉ」


 私はその問いに答えられませんでした。

 平和を享受する一方で、腐敗していく姿を見て見ぬ振りをするのが現在の社会だと、私自身が考えているからです。

 ですがこのまま社会が腐り、人間が生きる事の出来ない世界へ向かうのを、見て見ぬ振りが出来ません。

 

 ただ、社会に対して何の影響を持たない私が、ここで何を語ろうと、何か変わるのでしょうか?

 少女の命すら救えなかった私が、何かを変えられるのでしょうか?


 傲慢に塗れた人は、少しでも優しくなれるのでしょうか?

 暴力を使い他者を脅す人は、居なくなるのでしょうか?

 愛欲の果てに、暴走する人は、自らを省みるのでしょうか?

 自らの手は汚さずに富を得ている人は、飢える人にその一部を差し出すのでしょうか?

 人を蹴落としてでも、利益を得ようとする人は、過ちに気が付くのでしょうか?

 贅沢な暮らしを一度でもすれば、それを捨てる事は出来ません。それを維持するためには、どんな悪事でも許されるのでしょうか?

 淫らにふけり、それを商売にする者、そして利用する者は、自らを律する事が出来るのでしょうか?


 全ての人類に悟りを開けとは、言いません。ですが、心の中に少しだけ、他者を思いやる心が有れば、世界は少しだけましになる。

 私はそう考えます。


 ですがこのまま漫然としていては、そんな未来は訪れないと思っています。私は世界に絶望しています。だからこそ、私は立ち上がろうと思います。


 いま私は車で、とある場所に向かっております。

 向かう先は、ある議員が予定している、参院選の街頭演説場所です。その街頭演説には、日本国の首相が応援演説する為に顔を出すと、情報を得ています。


 そして、私の車にはライフル銃が載っています。

 銃の名称には明るくないので、お教えする事は出来ません。また、入手経路もお教えできません。


 賢い方は、もうおわかりでしょう。

 私は、今代の首相を殺します。


 また私の仲間が、幾つかのTV局と新聞社に、時限爆弾を仕掛けています。

 首相の応援演説は、十八時です。それに合わせて、爆発するようにセットしてあります。そして一部の仲間は、既に街頭演説の場所へ赴き、警官隊の配置等を確認と、狙撃スポットの確保をしております。


 なぜ私が、首相、TV局、新聞社を攻撃するのか。それだけは、お伝えしておきましょう。

 首相の暗殺は、見せしめの為です。社会の腐敗を止められなかった責任を、取ってもらいます。

 TV局と新聞社は、恣意的な情報を流し続け、人々を洗脳した罪を、償ってもらいます。


 現在は十五時、現地への到着予定は十六時です。

 もし、事前に決めてあった幾つかの狙撃スポットが、使用できない状況であったら、この時点で仲間達から連絡が来る事になっています。その際は、仲間達を回収して、次のチャンスに備えます。

 中止となった場合、時限爆弾は撤去した上で、引き揚げます。

 

 安全に爆弾を撤去し、その場から去る時間的余裕を鑑みて、十五時が決行するか否かを決断するタイミングです。

 その連絡は、私の車の前後を走る、仲間達が行っています。また前後の車は、盗難車両と呼ばれる物です。これの入手経路も秘密です。

 一応、検問やパトカーの走行を確認する為に、前後を走っています。


 そうこうしている間に、十五時半を超えました。現地は、すぐそこです。流石に私も、かなり緊張しております。

 ハンドルは、汗でベタベタになっているのがわかります。腋にもかなりの汗をかいております。


 私は狙撃した後、ハンドガンで自分の頭を打ち抜きます。これで、私は尋問される事もありませんし、仲間の事が漏れる事もありません。

 今は死ぬ事よりも、計画が失敗に終わる事が怖いです。

 

 私は、パーキングに車を停めると、現地へ向かいます。背にしているのは、ギターのハードケースです。中には銃身を外したライフルとその銃身、後は弾が入っています。


 仲間の下に向かう前に、少し煙草に火をつけてから、気を落ち着かせます。

 車に据え付けた灰皿に吸い殻を入れると、車に鍵をかけます。そして、乗車中に飲んでいたコーヒーの缶を、空き缶入れに捨てると、目的地に向かって歩き出します。

 

 仲間と合流すると、彼らは何も言わずに、僅かに首を縦に動かしました。

 決行の合図です。


 そして私は、仲間達が確保していた狙撃スポットで、準備を整えます。ライフルの組み立ては何度も練習しました。


 怪しまれない様にと、多少分解してギターケースに収めたのですが、ここまでの道で警察官には出くわしませんでした。

 ライフルケースで持ち運んでも良かったと考えながらも、組み立てが終わり、微調整も完了します。


 手の震えは止まりません。ですが、これまで感じて来た憤りを思い返せば、自然と心が凪いでくるのを感じます。

 私はもう一度、仲間達を見渡します。仲間達は、私にサムズアップで答えてくれます。


 ご覧頂いている文章は、私の肉声を録音したデータから文字に起こす様に、仲間の一人に依頼しました。

 こんな手記を残せば、私に共犯者がいた事は明白です。仲間達の身元を隠そうとしている私の行動とは、矛盾に感じる方も多いでしょう。

 ですが私は知って欲しいのです。私と仲間達が、やろうとしている事を。


 私は、令和最大の犯罪者になるでしょう。

 私の行為が、未来にどの様な影響を与えるか、見当もつきません。ですが、誰かが立ち上がってくれると信じています。一歩を踏み出すと信じています。

 そして仲間達と共に、この世界を変えてくれるでしょう。

 だから私は、安心して地獄へ向かえます。


 後は、私の仕事です。

 私は念の為にもう一度、スコープを除いて、問題が無いかを確認します。

 仮に私の狙撃が失敗しても、時限爆弾が有ります。テロ自体の失敗はありません。そして仲間達は、この場から去り地下へと潜ります。


 私は仲間達に、ゆっくりと頭を下げます。これが、仲間達との最後の別れになります。


 音声データの録音も、ここまでです。

 私が死んだ後、スマーフォンを所持していては、そこから仲間達の身元がばれてしまいます。これから自分のスマートフォンを、仲間達に手渡します。


 ☆ ☆ ☆

 

「さらば、友よ。後は頼む」

 

 これがKさんの、最後の言葉です。


 Kさんに倣って、少しだけ後の事を話しましょう。まぁ皆さんも、ニュース等でご存じかもしれませんが。

 

 新聞社に取り付けた爆弾は、全て爆発しました。TV局も同じです。

 大騒ぎになってます。一番の騒ぎは、首相の暗殺でしょうけど。


 Kさんが撃った銃弾は三発。その内の二発は外れました。一発だけが、首相の頭蓋を撃ち抜きました。

 そして、Kさんは小銃で頭を撃ち抜きました。遺体は警察の下に有ります。いずれちゃんとした形で、Kさんを埋葬しようと思います。


 Kさんのおかげで、我々の身元は割れてません。

 ですが優秀な日本の警察の事です、我々の身元が判明するのは、時間の問題でしょう。


 我々は、Kさんの冥福を祈ると共に、行動を起こします。

 Kさんがつけてくれた革命の火は、我々が絶やしません。真の巨悪を引きずり出し、始末するまで、我々の革命は終わりません。


 世界の変革をここに。

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毒の在り処 東郷 珠 @tama69

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