横浜市磯子区、宗教団体心中事件

 こんにちはKです。

 今回は平成三年に起きた、痛ましい事件をご紹介します。


 平成三年五月六日、横浜市磯子区に在る、とある雑居ビルが火災で全焼し、十名が軽傷、十五名重症。そして取り残された十名の死体が発見されました。

 調査の結果、ガス漏れと漏電が原因であると判明しました。


 しかし後に警察は、この事件を放火であると発表します。それは、死亡した十名に共通点があったからです。

 雑居ビルには、宗教団体のテナントが入っておりました。死亡した十名は、その宗教団体の信者だったのです。


 その宗教団体はカルト教団として、一部では有名だったようです。

 この世界には、あらゆる欲望が蔓延している。肉体を捨てる事で欲望と切り離され、解脱し天国に行ける。それがこの宗教団体の教義だった様です。


 更に調べを進めていくと、ほとんどの信者が前科を持っている事が判明しました。軽いものでは窃盗。それ以外には、詐欺や殺人未遂の前科を持つ者もいました。

 そして初犯の為、執行猶予がある者は少なく、同じ犯罪を繰り返し、数度刑務所に入所している者ばかりでした。


 恐らく教祖なる人物は、前科を持ち社会に適合出来ない人物を、更生目的で集めていたのでしょう。

 そこまでは特に問題行動とは思えません。しかし、信者の洗脳と教義の異常さから、かなり問題のある集団であった事は、間違いないでしょう。


 そして、信者の中で一人だけ、助け出された者がいます。当然ながら、重症を負い病院で治療を受けておりました。奇跡的に命を取り留めたその一人は、警察官に語っております。


「自分は、解脱する事が出来ませんでした。修行が足りない証拠です。このままでは、教祖様や仲間達にこのままでは、合わせる顔がありません。私は修行を続け、解脱へ至る道を模索したいと思います」


 この証言からも、信者達は解脱という名の、集団自殺を図った事が濃厚であると、警察は判断しました。更に調査を進めると、ビル内には細工された痕跡が見つかりました。

 火災の原因となったガス漏れや漏電は、老朽化や点検不足によるものでは無く、意図的な放火である。

 こうして事件は、カルト教団の異常な集団自殺として幕を閉じたのです。


 ただ、この事件にも裏が有るのです。これからその話しを致しましょう。

 

 平成六十二年四月。集団による強姦事件が起きました。犯人は十数名からなる暴走族グループ。被害者の女性は当時十六歳。そして、数日後に自殺をし、この世を去りました。

 事件を重く見た警察は、暴走族グループを一斉検挙。そしてメンバーは、強姦致死傷罪となり、五年の懲役となりました。

 ただ一人、証拠不十分として、刑を逃れた者がいました。それが、暴走族グループのリーダーであったSです。


 実に悲しい事件だと言えます。遺族の方々の怒りは、相当なものでしょう。そして、被害者の女性には、二つ上の兄がいました。


 賢明な皆さんなら、もうおわかりかもしれません。その兄こそが、たった一人、命を取り留めた信者です。

 兄、ここではTとしましょう。Tは事件後、手を尽くしてSの動向を調べました。そして行き着いたのは、例の宗教団体です。

 そしてTは、Sに近づく為に宗教団体へと入信します。


 その時点でTは、Sに裁きを下す意志は有りませんでした。少なくとも、警察が取り調べをした結果、無罪であると判断したのですから。

 しかし、あくまでも妹を強姦した集団のリーダーです。その事実を知らなかったはずが有りません。関係が無いとも、思えないでしょう。

 その為、Tは同じ信者となり、Sと懇意になる事で、真相を聞き出そうとしたのです。


 宗教団体に入信した事で、意外な事実が判明します。それはTを、奈落の底に突き落とすものでした。 


 Sは事件当時、既に宗教団体の一員でした。新たな信者獲得の為に、Sは教祖から様々な使命を受けていました。その一つが、強姦事件です。

 強姦事件を起こした上、心のケアをする目的で、被害者の女性を取り込む。それが教祖の意図でした。ただ教祖の誤算だったのは、女性が数日後に自殺を遂げた事。その結果、事件が明るみになった事です。

 

 教祖は、警察の幹部に顔が利く男でした。そして、取引を持ち掛けSを無罪とし、宗教団体と直接関係の無いSの手下に全ての罪をなすりつけたのです。


 真相を知ったTは、警察に届けようとしました。しかし、結果は門前払いです。

 先ず、物証が無い。事件をあらましは、Tの証言のみ。それも、また聞きである。それでは、警察も動きようが有りません。

 仮に、再捜査が行われたとしても、当時は事件をもみ消したのです。今回も揉み消されるのは、ほぼ確定邸でしょう。


 そして、Tは殺人計画を立案しました。

 そもそも、肉体という欲望の塊を捨てる事を教義にしている宗教団体において、なぜ殺人計画が必要だったのか。肉体を捨てる事が最終目的であれば、放っておいても彼らは死を選択するはず。Tがわざわざ手を下すまでも無い。

 その理由は、教祖自身に大きな問題があったと言えるでしょう。


 自らが定めたにも関わらず、教祖は教義を順守する気が有りませんでした。

 先の事件の様に、若い女性を言葉巧みに誘い、強姦紛いの事を行うのは日常茶飯事でした。教祖自ら肉欲に溺れる様に、率先して強姦を行う。そんな行動も教祖から言えば、肉欲を捨て去る為には必要な事だそうです。その団体では、そんな詭弁がまかり通ります。何故なら、咎める者が存在しないのです。

 信者は須らく洗脳を施され、教祖の言うがままになっていたのです。

 

 また、これはカルト教団において、起こりがちな人事でも有るのでしょう。

 教祖が見込んだ利用価値のある人間、例えばSの様な荒事を行える者を幹部として取り立てました。幹部には甘い汁を吸わせて、悪事の全てを一般の信者に隠す。

 一般の信者には、教義が絶対であると思い込ませる。また必要なくなった信者、若しくは余計な秘密を知った者は、解脱と称して殺し、秘密裏に始末する。


 これだけでも、教祖の異常さがおわかりになるでしょう。

 また洗脳は、非常に恐ろしいものです。長期間に渡り飲食を断ち、正常な判断を狂わせる。時には体罰と称した、拷問を行う。そして、刷り込んでいくのです。


 また教祖は、更に恐ろしい企みを企てていました。

 大ニュースになったので、覚えのある方はいるでしょう。平成七年に起きた某宗教団体のテロ活動。それに近しい、いえ、それ以上の事を、計画していました。

 ただ某宗教団体ほどの、信者数が存在しません。その為、小規模でも出来るテロ行為を思いつきました。それが成功すれば、有名な地下鉄での事件よりも遥かに、被害の大きい出る事は間違いありませんでした。


 その方法とは、秘密裏に爆薬を製造。その爆薬を信者に持たせ、各地で自爆テロを行うというものです。

 信者の中には、爆薬の製造に精通した者がいました。その為、立てられた計画だったのでしょう。

 

「世間には、煩悩を持った人間が溢れています。そして世界は汚濁に満ちています。だから我々の手で、この世界から救い上げなければなりません。多くの人を救いましょう。救った分だけ、あなた達は天国で幸せになれるのです。さぁ皆さん、浄化の時間です、これは救いなのです。そしてあなた方の魂は、神の下に行く事が出来ます。永遠の幸せを手に入れて下さい」

 

 教祖の陰謀を止め、悲しい被害者を出す為には、Tが殺人計画を実行せざるを得なかったのです。


 教団員として生活する中で、Tにも洗脳は施されました。しかし、それに耐えきれたのは、妹の無念を晴らしたいと言う思い、そして教祖の暴走を止め被害者を出さない正義感からでしょう。


 そしてTは、長い教団での生活の中で、密かに精神科に通院してました。

 仮病の要素が無かったとは言い切れません。しかし洗脳に抗う為には、必要な行為だったのかもしれません。

 そして医師の診断の下、睡眠薬が処方されます。


 通常、医者が処方する睡眠薬を、一気に飲んだ所で致死量には達しません。ただ、Tは睡眠薬での殺人を計画したのではないのです。

 長年の通院により溜め込んだ大量の睡眠薬、これを教団員の飲食物に混ぜて、強制的に投与する。そして昏睡状態を作り上げる。

 これで、計画の八割は成功です。後は、ビル火災を起こし、教祖を含む信者全員を焼死させる。

 

 どんな事情があろうとも、殺人は殺人。その為、火災時に逃走する事無く、Tは自らも信者と共に死ぬことを選んだのです。

 前述の通り、捜査の結果はカルト教団の集団自殺として処理され、Tはカルト教団の被害者として扱われました。


 事件の数年後に、Tと接触した私は、彼からこんな事を言われました。


「自分は妹の無念を晴らす事が出来た。そして、教祖の異常な行動を止め、大量殺人を止める事が出来た。しかし、自分が殺人者である事は間違いない。自分はあの時、死ぬべきだった。だが、死なずに生きているのは、生きて罪を償えという神の思し召しなのでしょう。私はまだ未熟、解脱には至りません」


 未だ言葉の端々から、洗脳の痕跡が見受けられるTですが、現在は己の事を顧みず、ボランティア活動を精力的に行っております。

 

 Tの行動は多くの人命を救う事に繋がりました。その一方で、失った命も有ります。Tの行為は正解なのか間違いなのか、私にはわかりません。

 みなさんは、どうお考えになるでしょうか? 

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