新彼女さん、いらっしゃーい!
俺の言葉を受けてから。
池谷母と馬場先生はノビてるカニを起こし、無理やり同行させて佳世のところへ謝罪しに行ったようだ。
ふたりと一匹はどうやらそれどころではないようで、俺たちの行動はおとがめなしらしい。いや死んだカニだから一杯って言ったほうがいいかもしれん。せめてゴールデンボールは世の中のため死んでてほしい。切に願う。
つーか、今の時間、謝罪しに病院へ向かってもただの迷惑になるだけじゃないか?
「……どうなるんだろうな」
戦場から外へ出て。
何が、ということを濁しつつ漏らした俺のつぶやきに、ナポリたんが反応してくれる。
「さあな。でも、ボクたちがどうこうできることはもうほとんどないかもしれない」
琴音ちゃんもそれに頷いた。
ちなみにカニが投げ捨てたPCは、ハードディスクの中へ見事に汚い空気が入りこんでいた模様。
こうなってしまっては、池谷の脅迫とかそれに伴う一連の事件にケリをつけることは、俺たちがやるべきことではないし、できることでもない。被害届を出すにしても、佳之さんや菜摘さん頼りだ。もにょるけど任せるしかない。
俺がそう割り切って、スマホでおもむろに時刻を確認すると、もう十時を過ぎている。
こんな時間にうろうろしていると、俺たちが逆に補導されかねないな、こりゃ。
「……あっ」
そしてここで大変なことに気づいた。
俺たちの着替えが、吉田先輩の車の中に置きっぱなしだったのだ。そしてその吉田先輩は、想像するのも恐ろしいくらいの、ダニへの制裁を進行させている真っただ中なはず。
このままじゃ俺たちは、ただの警備員コスプレ集団だ。
どうやらナポリたんと琴音ちゃんもそのことに気づいたようで、三人そろって間抜けな表情を晒す羽目に。
「さすがに、今すぐに吉田パイセンに連絡とる気には、ならないよなあ……」
「そう、ですね……お取り込み中でしょうし」
しかしさすがにこの格好のままだとちょっとね。
現在地からの距離的なものであれば、ナポリたんちも琴音ちゃん家もそれほど遠くない。が、ナポリたんや琴音ちゃんの家は繁華街近くなので、あやしい恰好は目立ちそうだし、そのあたりをうろつくのも深夜は避けたい気もする。
逆にここから一番近い俺の家は住宅街のど真ん中にあるので、人通りも少ないし、怪しまれる可能性も薄いかもしれない。
「……いったん、俺の家にみんなで向かおうか。そこで佑美の着替えを借りてでも、このカッコを何とかしよう」
という主人公の提案は、満場一致で可決された。
主人公なのに悪者に制裁してないんだけどね。池カニに制裁したのはほぼ琴音ちゃんだったし。
うそっ、俺の存在感、なさすぎ……?
―・―・―・―・―・―・―
自身のアイデンティティに対する紆余曲折を経て自宅前まで来た俺は、まず吉岡家の家の灯を確認する。が、家の中は真っ暗なようだ。
まだ病院から誰も帰ってないのだろう。
そして一方で、俺の家の前まで着た琴音ちゃんが、何やらあたふたしている。
「? なんで挙動不審になってるの、琴音ちゃん。このあたりは人通り少ないからだいじょ……」
「そ、そうじゃなくて、ですね」
あたりが暗いせいで、琴音ちゃんが赤い顔をしてるのか青い顔なのかわからない。あと前髪をやたら気にしだしたのはなぜに。
「ゆ、祐介くんの家にお邪魔するのが、は、はははつたいけんですので、ききききききんちょ」
「あ」
おおっとそうだった。
考えてみると、俺が白木家へお邪魔することばかりで、琴音ちゃんを我が家へ招き入れたことなかったよな。
ま、もちろん理由は多々あったからではあるが。
とはいっても別に二人きりになるわけじゃないし、ナポリたんもいるし、初体験といってもそんな緊張することないと思うんだけど。
「バカだな祐介。年頃の女子はさまざまな初体験に対して無条件で緊張するもんだ。少しはデリカシーを持て」
「ナポリたんまで俺の心を読まんでくれ」
……って。
ウチの家族も、実は琴音ちゃんに会うのって初めてじゃないか?
うわー、佳世があんなになったばっかだし、琴音ちゃんを彼女として家族に紹介するのもハードル高いわ。
…………
いやいやいや。
でもね。佳世と俺はもうコイビト同士じゃない。それはもう明らかだし。
今回の事件は、もとはと言えば佳世が俺を裏切ったことが発端でもある。
そして一番大事なことは。
俺は、琴音ちゃんがいなかったら、立ち直るのに時間がかかった、いや、一生女性に不信感を抱いたまま、
誤字じゃないからな、俺の心境を察してくれ。残念ながらここは
ひょっとすると浮気のせいで精神を病んでしまって、俺が今の佳世みたいな立場にいたかもしれないわけだし。
うん、遠慮は無用だな。
佳世は幼なじみ、多少の情が残っているのは、今回俺に湧き上がった怒りで自覚はした。無関心装ってるよりも、そう認めたほうが楽にはなる。
だけど、それだけだ。
吉岡家と近所づきあいもしないとならないだろう。それなら、恋人という肩書がなくても、幼なじみという肩書だけで許されるに違いない。
むしろ、立ち直れたのは琴音ちゃんのおかげだったんだと、俺をあの時に理解しようとしなかった家族に対してはっきり伝えるべきじゃないのか。
もう俺の恋人は琴音ちゃん以外に考えられないんだからさ。
「……じゃあ、何もないけど。琴音ちゃん、入ろうか」
覚悟を決めた俺は、そう言って琴音ちゃんを改めて招待することにした。
「は、はははははい!」
琴音ちゃんはどもりながらも、うれしそうに返事をしてくれたので。こんなん、俺も笑顔になっちゃうよね。
「おい祐介、ボクは無視か」
「いや、ナポリたんはウチに入るのに許可はいらないでしょ」
「一応尋ねてみた」
「今までの行動を顧みて、遠慮する必要はどこに?」
そしてその後に、一般的な親族の会話をしていたのだが。
「むぅぅぅ……あの、わ、わたしも近いうちに、許可なく入れるようになりたいです!」
俺とナポリたんの会話がうらやましかったのか、琴音ちゃんが突然それに乗っかってきた。想定外。
「……え?」
「そうなれるよう努力します!」
「……そだね。うん」
こぶしを握り締めて意思表示する琴音ちゃんを見て。
それは、どういう意味だろうか──まさかね。
なんていう、俺の過ぎた妄想は、ここでは控えることにしよう。
──ところで、全員、起きてるよなあ、たぶん。
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