ポークビッツポークビッツ、ヤッホー

「……さて、と」


 池谷のノートPCを見てみると、何やら怪しい名前の付いたフォルダがたくさん。

 そして、ゴミ箱には『佳世・D』と名前の付いたフォルダが丸ごと捨てられていた。


「……やっぱ。こいつってバカだわ」


 フォルダごとゴミ箱にボッシュートしただけで削除になると思っていたのか?


「どうする、祐介?」


 横からのぞき込むナポリたんが、俺に選択肢を迫ってくる。


 佳世を脅したこの動画を俺たちが保存しておけば、池カニを裁く上で有利になることは百も承知だが。


「いや……こんなもの、この世から完全に抹消した方がいい」


 せめてもの情け、とでもいうべきか。

 俺の今日の目的のうち一番大事なことは、もう佳世に自殺をさせてしまうような外的要因を、あとかたもなく消し去ることだ。削除削除。

 ま、サルベージされたらわからんけどな。


 池谷は佳世のハメ撮りに関して、他のやつらに渡してない、みたいなことを言ってたし、他の連中が佳世という言葉で慌ててなかったあたり、それは本当だとは思う。

 あの悪い先輩のやり方を軽い気持ちでまねしただけか? だとしたらこいつ、やっぱり救いようのないバカだ。


「さて、あとは……ん?」


 そんな中、【汁ブシャー】という名前のよくわからない隠しフォルダを発見した。


「なんじゃこりゃ。ポチポチっと」


 何の気なしに開いてみると、中からは。


「っ!」


「これは……」


「……わ、わたし……?」


 中に入っていた画像は、琴音ちゃんの隠し撮りであった。それもほとんどが胸の部分の。

 ガードが緩くなった瞬間を盗み撮りした、というところか。


 わなわなと手が震えて、無意識にPCを叩き壊したくなるわこんなん。この根っからのおっぱい星人めが! 何が汁ブシャーだよ! 

 ふ〇っしーじゃなくて、ドビュッシー。偉大なる作曲家に謝れ。


「はいはいこれも削除削除」


「う、うううぅぅぅ……いつのまに……」


 赤くなりながら歯を食いしばる琴音ちゃんの気持ちもわかるわ。盗撮は絶対にやめよう。見たい時は土下座でお願いして……


「あ、あの、でも、祐介くんなら盗撮しなくても、いつでも言ってもらえれば……ま、前向きに考え……」


「心の中を読むのはやめようね、琴音ちゃん」


 しかしまあ、なんか怪しいフォルダがたっくさんあるねえ。

 おお、これは槍田先輩のか? 他にもハメ撮り相手の名前らしいフォルダがデスクトップに点在。なんでわざわざバレやすいところに置いとくかな?

 どのくらい余罪があるのか未知数だ。


「これは……ひどいな。佳世と槍田パイセン以外のもてんこ盛りだ」


「ひ、ひゃあ……」


 ナポリたんと琴音ちゃんの目線もフォルダ内の画像に釘付け。何しろ無修正。目を覆いたくなるようなものばかり。


「……ふむ」


 しかし、池谷って実は……

 ま、俺も人のこと言えるくらい立派じゃないけど、これ絶対俺以下じゃねえか?


「……お、ま、え、ら……」


 あ、泡吹いてたカニ野郎が復活しやがった。


「よう池カニ。こんなにハメ撮り大量に所持してやがるってすげえな」


 そんな中、俺は無修正で池カニと相手の裸体が映っている画像をPC一面に表示させる。


「おまえさあ、こんなに画像や動画所持してるっていうことは、今までも脅したりしたことあんだろ? 余罪たっぷりだな」


 カマかけ御免。


「そ、そんなこと……してない……脅迫したのは、佳世が、初めてだ」


「ふーん。それが本当でも、今さら遅いけど。なんで佳世だけ脅したんだ? そんなに良かったのか?」


「……」


 池カニの無言はいったい何を意味するかはわかんないけど。

 ひょっとすると、こいつはこいつなりに、佳世に対して愛情みたいなものはあったのだろうか。


「……う、うああああ!」


「あっ!」


 などと、大して意味もない情けをかけちまったせいで。

 いきなり起き上がってPCを奪い取るカニ野郎に対する反応が遅れてしまった。


「こんなものおおおぉぉぉ!!!」


 俺がいじっていたPCを奪い取った池カニは、窓を開けたと思ったらすぐにそこからPCを投げ捨てる。


「……は、はぁ、はぁ、これで、すべてなくなった! 外部にも残してないから、警察に見つかったらヤバい証拠はもうない!」


 物が落ちる鈍い音が聞こえ、俺たち三人そろって唖然。そうまでして証拠隠滅したかったんかい。

 相変わらず股間は痛そうなんだが、それでも得意げに証拠隠滅したつもりになっているこいつが痛々しくて、失笑するしかないわ。


「……じー」


 しかし、琴音ちゃんが何やら──先ほど自分の手を汚して攻撃した池谷の股間を、確認するようにじっと見ている。


「……あの、ひょっとして池谷君って……」


「ん? どしたの琴音ちゃん?」


 ここでとんでもない殺傷力を持った言葉が出てくるとは、俺も想定外でした。テヘ。


「祐介くんより、小さくないですか……?」


 ──小さくないですか?


 ────小さくないですか?


 ──────小さくないですか?


 おおっと、とんでもない琴音ちゃんの発言が、エコーかかって部屋中に響き渡ってるぞ。その時世界が動いた。


「ぐっっっっはっっっっっっ!!!!!」


 ネガ反転した空間で、バタッと倒れる池カニ。いとをかし、あはれなり。


「こ、琴音ちゃん……」


「え、だ、だって、公園の時に見た祐介くんのそれと比べても……なんというか、すごく、小さいです……」

 

 いやーん、比較対象があの告白したときのそれですか!

 まあそれはそれとして。俺が口に出さなかったことをはっきり言ってくれちゃって。身長高い癖に、チン長が平均以下っていう池谷の急所を的確にえぐっちゃったね。そこに痺れる、憧れるぅ!

 おかげでカニ野郎はショックでまた泡吹いた。さすこと。


 …………


「琴音ちゃん、俺のは他の人と比べないでね」


「え、え?」


 胸のサイズで優劣を決められる女子の気持ちがわかった気がした。くわばらくわばら。


「……おーい、池カニ?」


 その横で、ナポリたんが面白そうにツンツンとボールペンでカニをつついている。だが反応はない。


「……心肺停止してない、これ?」


「白木のひとことで心だけが死んだか。額に『屍肉』って書いてやるかなー?」


「あ、あの、じゃあ、そのまま椅子に座らせてひざ下をゴールデンハンマーで叩いてみましょう……」


「いや脚気かっけの判定じゃないからね琴音ちゃん」


 ビタミンB1不足すら判定できるって、便利だなゴールデンハンマー。ナポリたんが持っていたのも納得だ。


 池谷は今度こそ立ち直れなさそう。

 ひょっとしてこいつが大きいおっぱいに執着する理由って、自分の息子が小さいことから来るコンプレックスだったりしてなー! あははー!

 この情報、面白いから裏サイトで流しておこうっと。


 自分のことは棚に上げる悪巧みと同時進行で、何やら階段下からガタガタと音が聞こえてきた。


「ん、警察きたのか?」


「どうだろう……」


 お手伝いさんが呼んで、今到着したか? でもサイレン音とかは全くしなかったよね。


 次に、慌てて階段を駆け上ってくる音が。しかも一人じゃない複数人だ。

 やっぱり警察か、さて俺たちのことをなんて言い訳しようかな。


 ──と思いきや、扉が開いた時に姿を確認できたのは。

 なぜか着飾った中年女性と、そのわきにジャージ姿の馬場先生。


「緑川! 白木や小松川まで……なぜ、おまえらがここに?」


 当然ながら馬場先生もびっくりしている。

 お手伝いさん、連絡したのは警察じゃなくて、保護者の方だったのね。

 それにしても、馬場先生まで一緒に来たってことは、この二人オトナのデートしてたんか?


 お互いに訝しむような状況になってしまっては、一から説明するしかあるまいよ。

 ああ、めんどくせえ。



 ―・―・―・―・―・―・―



「申し訳ありませんでした! 私の監督不行き届きです!」


「い、いや、まあそうなんですけど」


 あらかた事情を話すと、池谷母が自分の息子の同級生に対して。


 ドゲザー。


 見てくれの雰囲気は皇帝サウザーなのに。しかも躊躇なしだ。

 息子はこんなんだけど母親は常識人かな。


「あの時に、おかしいと気づくべきでした……何やらこちらに忖度しているような、吉岡さんのお父様の態度に」


「……」


「まさか、吉岡さんのお父様が、御堂先生の秘書をなさってたとは……この、バカ息子!」


 俺の目がおかしくないという自信はないが。

 池谷母は、心からそのときのことを後悔しているようにしか見えなかった。

 泡吹いてる自分の息子をぺしぺしと力なく叩いている。


 そして、一緒に姿を現した馬場先生も。


「緑川……本当に、吉岡は大丈夫なんだな? 命に別状はないんだな?」


「あ、はい。ただ……」


「……」


 言いよどんだ俺のわきでナポリたんが少し力なくうつむいたのを見て、馬場先生も察したようだ。

 痩せても枯れても元バスケ部員、心配なことは嘘じゃないだろう。


 だけど、もう遅い。


「……すまない」


 結局他にできることがないからか、馬場先生まで土下座。


 いや困ったなー。

 でも、俺たちに謝られてもどうしようもないわけで。


「謝る相手、違うと思いますけど」


 俺は、そう言うしかできなかった。

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