殴り込みだョ、全員集合!
「……到着したな」
ナポリたんが忌々しげに吐き捨てた。
池谷宅前。明かりは二階の一室のみついている。おそらく池谷の部屋だろう。そしてそこには、池谷とその他がいるはずだ。
「少し待とうか」
ナポリたんがキョロキョロと辺りを見回している傍らで、俺は琴音ちゃんに話しかける。
「……時間、大丈夫? 琴音ちゃん」
「は、はい。今日はお母さんもいませんし……」
「とりあえず、琴音ちゃんには見張り役というか、ケリがつくまで待機しててほしい」
以前、池谷をおはようからおやすみまで見張っていた場所を指さし、琴音ちゃんへそうお願いした。
「いざという時、外部に連絡をしてほしいから。なにかハプニングがあったときも知らせてもらえるしね」
「えっ、で、でも、祐介くんと
琴音ちゃんの心配ももっともだ。おそらく、池谷の部屋には四人いる。クソみたいなやんちゃ仲間、いやリンカーン仲間だろう。ろくでもない人間が四名。
「ああ、もう少し待てばまったく問題はない」
それでもナポリたんはどこ吹く風だ。俺も頷く。
「安心して琴音ちゃん。ナポリたんは、勝算のない行動はしないから。なんせジェームズ主水だからさ」
「……」
それでも心配そうな琴音ちゃんは。
黙ったままうつむいて何か真剣に考えこんだ後、決意を固めたようだ。
「や、やっぱりわたしも一緒に行きます!」
「それは危険すぎ……」
中にいるのはもはや人の皮をかぶった野獣先輩どもなので、琴音ちゃんみたいな巨乳美少女が一緒だと非常に危ないと思われる。
ゆえに俺は外で待っててもらおうと諭したんだが。
「……まあまあ、白木だってただ見てるだけじゃ納得いかないだろ」
なぜかナポリたんは琴音ちゃんの味方をする。
「いや、危ないでしょ、どう考えても」
「バッカだな祐介。白木が、蚊帳の外で解決されても納得します、みたいな顔をしてるか? よく見ろよ」
「えっ……?」
ナポリたんに言われて改めて琴音ちゃんの顔をまじまじと見てみる。
やっぱカワイイ。俺の彼女は世界一。
でも。
キュッと締めた唇、気合が入っている眉。意志のこもった眼。
どれもが断固たる決意を固めた戦士のそれだ。
「わたしだって……怒ってます」
「……」
馬鹿か俺は。
当然だろ、そんなこと改めて言われないとわからんとは恥ずかしい。
「……そだね。ごめん。でもさ、実際身の危険が……」
「おお、それなら白木に武器を渡しておくことにしようか」
俺が不安を口にすると、ナポリたんが秘密道具を出してくれた。
テッテレテッテッテーン、テーン、テーン!
「なぜにドラ〇もんの道具を出すときの音が……」
「な、なんですか、これ……ハンマー?」
ナポリたんが琴音ちゃんに渡したものは、なにやらウ〇コ色に染まったハンマーだった。
見た目のイメージは、さびれた温泉宿の娯楽室に置いてある、ワニワニパニックなどに使うようなアレ。
「ゴールデンハンマーだ。護身用として安全性は高く、しかも相手の大事な一品を奪って自分のものにできるという伝説の」
「百万円クイズハンターじゃねえよ!!!」
「じゃ、じゃあわたしは『べに花二番』を奪い取れるんですね……」
「いや温泉旅行券とかもっと高額なのあるはずなのになんで狙いが『べに花二番』なの? 家で植物油切れてたの?」
ちなみに『べに花二番』とは、べに花から搾ったオレイン酸たっぷりの植物油である。調理用の油としては高価だが、クイズハンターの賞品としては最低ランクのハズレアイテムだ。ゴールデンハンマーを使ってそんな指定したら司会が苦笑いすることうけあい。
あ、『べに花二番』をディスってるわけではない。実際、俺の家では高級すぎて常時使えないくらいの高級油で、健康にもいいからな。リノール酸を摂りすぎるとアレルギーひどくなるし。
まあ、それはともかく。
その伝説のハンマーがなんでここにあるのか理解に苦しむが、確かに護身用としてはそれなりに威力ある上に、思い切り叩いても相手を殺したりしなさそうだし、よきかな。
「おそらく武器はそれでじゅうぶんだ。超強い助っ人も来ることだし」
「ほえ? 助っ人? 誰?」
──キキッ!
俺が間抜け声をあげてすぐ。思わせぶりなナポリたんのわきに、車が一台停まった。以前どこかで見たハイエース。そこから体格のいい男性が降りてくる。
「あ」
「確か……槍田先輩の……」
警備会社の制服らしきものに身を包んだその人は、以前遠くから見たことのある人物だった。
「ええと、初めまして……かな。吉田です」
「紹介しよう、槍田パイセンの彼氏である、
なにやら霊長類最強のかほりがプンプンとするんですけど気のせいですかねえ。
だが、意外と物腰は柔らかい。そのせいだろうか。
「槍田先輩はもう、大丈夫ですか?」
「あ、あの、槍田先輩の具合は大丈夫なんでしょうか!?」
自己紹介をする前に、俺と琴音ちゃんが同じことを尋ねてしまった。
「……ああ。もう心配はいらないと思う」
力強いその返答に、俺と琴音ちゃんがホッとした表情を見せると。
「……君らは優しいな。むしろ君らを混乱に巻き込んだのはこっちなのに」
吉田先輩の本音が漏れた。
あ、この人悪い人じゃない。
そう直感で判断した俺。浮気発覚の時は怒り狂ってただけかな。サレラリみたいな?
でも、少し罪悪感はあるんだよね。面白がっていた出来事が、マジで命にかかわる大事件へと発展したことについて。だから優しくなんかないんですすいません。
と、脳内謝罪もそこそこに。
準備完了した俺たちは全員で池谷家のほうを向く。
「……さぁて、みんなそろったことだし、悪者退治、いきますか」
自信満々なナポリたんを先頭に、俺たちは池谷家へと突入を……
…………
「……ってさ。ちょっと待った。池谷の家にどうやって突入すんの?」
昂った気持ちを萎えさせるような疑問がつい口から出ちゃった。いやでも重要なことでしょ。
「誰かほかの家族がいる可能性もあるだろうし、だいいちインターホンで俺たちのことを正直に言ったところで、池谷が門を開けるとは思えないんだけど」
「な、なら、『宅急便です』っていうのはどうでしょう……?」
「こんな時間に?」
「……」
琴音ちゃんと俺がそんなやり取りをしてる脇で、ナポリたんは顎に手を当てて何かを少しだけ考え。
「ふむ。じゃあ、探りを入れよう。幸い、池谷の家はこれを頼んでいる」
池谷宅の門の右上に貼ってある、ホームセキュリティ会社のステッカーを指さした。
いわゆるア〇ソックのそれだ。
「というわけで、吉田パイセン。お願いします」
「……ああ、なるほど」
なにやら納得したような吉田先輩が、おもむろにガラケーを取り出し、なにやら電話をし始めた。
「夜分にすみません。池谷様のお宅でしょうか? アル〇ックの吉田と申しますが……はい、はい。実はですね、ただいま池谷様のお宅での異常の知らせがありましてですね……はい、はい……そうなんです。一応、お名前をお伺いしても……」
どうやら吉田先輩は池谷の自宅番号へ電話したらしい。
(ナポリたん、どゆこと?)
(簡単なことだ、池谷の家で異常があったと警備会社に報告があったから、念のため家の中を確認させてほしいと許可をもらってるだけだ)
(……そんなこと吉田先輩にさせていいのかな?)
(バッカ、吉田パイセンだって怒ってるんだぞ。今日のこともノリノリで協力してくれたわ。おまけに、許可さえもらえば不法侵入ではなくなる。一石二鳥だ)
(それ以上にヤバい橋を渡ってると思うけどね、職権濫用だし)
(吉田パイセンは、すでに退社してるから無問題)
(もっとヤベェ発言キタコレ)
ちょうどヒソヒソ話が終わるころ。
「……はい、はい。ええ、念のためですので。お手数おかけしますが、よろしくお願いします。では」
吉田先輩の首尾も上々らしく、オッケーマークを左手で作ってきた。
「よし、いちおう家へ入る許しは出たよ。あと、どうやら他の家族は不在で、お手伝いさんが『息子さんしかいない』と言っていた」
「吉田パイセン、ありがとうございます。よし、じゃあボクたちも含め、みんな作業着に着替えよう」
「……ん? なんで?」
「そうすればみんな警備会社のものだと思われるだろ。着替えたら突入するぞ」
「わ、わたし、こんな強そうな服を着るのは初めてです!」
「琴音ちゃんの問題は胸のサイズだと思うけど平気なんか」
というわけで、よくわからないうちに警備員のコスプレを四人ですることとなった。着替えはハイエースの中で順番に。
琴音ちゃんの分だけややぶかぶかである、胸部の問題で。この制服をどこで調達してきたかはあえて聞くまい。
あと、いちおう全員、やや深めに帽子をかぶって、と。
──よし、準備完了。明かりがついている部屋を再度確認。
ピーンポーン。
「すみません、先ほどお電話したアル〇ックの者です。門と玄関を開けていただけますか?」
『……はい』
しばらくして、門のロックが外れる音がした。
そのまま進み、次に玄関のドアを開けると、向こう側にお手伝いさんみたいな地味めの中年女性がひとり。メイドみたいな服を着ていたが、これをメイドさんと言ってしまうとメイド警察にお叱りを受けそうだ。
「夜分にすみません。いちおう確認だけさせてください。二階に侵入者と報告ではありましたので、その確認だけで結構です。入ってもよろしいでしょうか?」
「……どうぞ」
お手伝いさんの確認をとり、吉田先輩が入る。
間髪入れずに、あとへ続く俺とナポリたん、そして琴音ちゃん。
階段を上がり、ぞろぞろ続く四人。間違いなく異様な光景。
お手伝いさんはおかしいと思っただろうが、それを口に出さずに二階へ誘導してくれた。
トン、トン、トン。
階段を上り切って奥から二部屋目の左側。外から見た限り──池谷がいる部屋は、おそらくここなはず。
「あ、警報が鳴ったのはここの部屋ですね。確認よろしいでしょうか?」
白々しく言い切る俺、戸惑うお手伝いさん。
「え、でもここは……」
「すぐ済みますので。では、失礼します」
お手伝いさんの許可も取らず、ノックもせず。
俺たちは池谷がいるであろう部屋のドアを、怒りに任せて荒々しく開けた。
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