それぞれの思惑

『いや、本当にあんなひどい下痢は久しぶりだった。尻から水が出るんだぞ水が。死ぬかと思ってつい遺書を書いてしまったぞ』


「無事が確認できたのはいいけど、生々しいのはマジ勘弁」


 日曜日になって、なんとかナポリたんと連絡がついた。

 やっぱりナポリたんも緑川家と一緒の状態になってたらしい。


『まったく、カキフライであんなになるとは……姉さんに一言言いたいところだが、狙ってやったわけじゃないし仕方ないか』


「一人だけやたらピンピンしてるのがいるけどね、うちも」


『……まあ納得だ』


 何かを察したナポリたん。あたってないけど多分当たりだ。

 教師やってると耐性がついてノロに感染しにくいのだろうか。教師ピンピン物語。


「そういや真之助さんと友美恵さんは無事?」


『今のところはな。これからはどうだかわからんが』


「ナポリたんが感染させてなきゃ大丈夫じゃね」


『そうだな……感染うつったら大変だし、明日まではボクもおとなしくしてることにするよ』


 以上で世間話終了。で、本題へと移る。


「ところでさ、ナポリたん……佳世の話だけど」


『ん、ん……』


 先ほどとは違うナポリたんの口調。


「いったい、どこをどうすりゃいいのやら」


『……』


「もう犯罪行為と言っていいからさ、さすがに本人同士で解決とか言ってらんないとは思うけどね」


『……そうだな』


「ナポリたんは、佳世と最近話してなかったの?」


『……ああ。それもよくなかったのか。ボクがもしも……』


 歯切れが悪いナポリたんの様子から今の気持ちが何となくわかるから、俺は慰めるしかない。


「いや、ナポリたんのせいじゃないからさ」


『……』


「とにかく、体調がこんなんじゃロクに何もできないし。対策は考えておいて、復活したらいろいろ動こうよ」


『……すまない』


 何を謝っているのやら。なにに対して謝っているのやら。

 ナポリたんには、いつも俺のケツを叩くような態度でいてほしい。


「だからナポリたんのせいじゃないって。だいいち……ね」


 ま、俺に相談してきたことでナポリたんへ筒抜けとなることは、佳世も気づかないわけがなく。自分から言いづらいのは明らかだから、そうしてほしいという気持ちもどこかにあったはずだよね。


 ナポリたんにはこれ以上余計なことを言うまい。以心伝心、きっと理解してるはずだ。


『……そうだな、まずは体調を万全にしてからだ。万が一と思い、布石は打ってある。そのために連絡を取らなければならない相手がいるから、協力を要請するか』


「布石……?」


『……ん、そんな大げさなものではないけどな。じゃあ、お互いそろそろ休もう。何かあったらメッセージ送ってくれ』


「うん、ナポリたんもお大事にね」


 通話終了。

 なんだかんだ言ってもナポリたんも佳世のことが心配に違いない。


 …………


 そういや、ハヤト兄ぃとの約束、どうなるんだろうな……

 そこに佳世がいない未来のほうが可能性としては高いにしてもさ。


『まったく、人生って不思議だな。一つのほころびが次々と負の連鎖を生み出していく』


 俺は、前にナポリたんが言っていたセリフを、その時ふと思い出していた。


 が、その時。

 思い出させるのを邪魔するかの如く、俺のスマホが震える。


『今、お土産買いました! 今日の夜には戻ります、楽しみにしててください!』


 お土産売り場での自撮りつき、琴音ちゃんからのメッセージだ。

 そういや琴音ちゃんにはノロわれたことを伝えてなかった。言ったら自分が作ったカキフライのせいだと勘違いされそうだったからね。

 今日会ったら感染うつしちゃうかもな、さてどうしたものか。


 …………


 ひとつのほころびが負の連鎖を生み出したとしてもさ。

 ひとつの幸せが次の幸せを生み出すこともあるんだから。


 ちょっとだけでも、前向きに考えていきましょうかね。いろいろと。



 ―・―・―・―・―・―・―



 さて、ひどい下痢と嘔吐はおさまったものの、やはり体がだるい。

 おふくろと佑美もピークは過ぎたみたいだが、まだ安静にしてた方がよさそうだ。


 が、だるさに負けて、きょうも点滴をしてもらうために近所の病院へ。

 しかし、点滴の力ってすごいな。ビフォーアフターで足の動きが段違いだ。


 点滴を終了した後、やや軽くなった足取りで帰ろうとしていたところ。病院の待合室で、なにやら魂の抜けたようなジャージ姿の男性を見つける。


 ……馬場先生じゃん。

 目の下にクマができていて、確かに具合は悪そうだけど、こういうところとは無縁な印象しかなかったせいか違和感バリバリ伝説。


 さてどうしたものかなどと迷わずに、俺はつい声をかけてしまった。


「先生、どうしたんですか? 体調不良ですか?」


 声を掛けられた馬場先生はバッと顔を上げたかと思いきや、すぐさま涙目になって言葉を叫ぶ。


「縺ソ縲∫キ大キ昴=?√??蜊?スウ蟄舌&繧薙↓繝励Ο繝昴?繧コ繧呈妙繧峨l縺ヲ縺励∪縺」縺滂シ√??菫コ縺ッ縺溘□縺ョ繧サ繝輔Ξ縺?縺」縺溘s縺??」


 馬場先生落ち着いてください。文字化けしてて何言ってるかわかりません。


「どうどう」


「……み、緑川ぁぁぁぁ! 話を聞いてくれ!」


 あのー、いい年こいた大人が突然高校生のガキに抱きついてこないでくれませんかねえ。ついでにノロわれても知りませんよ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 で、俺は馬場先生の隣に座り、待合室で落ち着くまで待つ。

 我に返った馬場先生は、この世の絶望をすべて集めたようなオーラをまといながら、話をし始めた。


「……千佳子さんにプロポーズしたんだが、断られた」


「はぁ?」


「笑えよ、ひとりで舞い上がってプロポーズをしたあげくにぶった切られた俺を」


「あははははは」


「容赦ないな緑川は!? 慰めてくれよ!」


 いや、だって笑えって言ったの馬場先生じゃん。

 まあいいや、実際俺にとって無関係だからどうでもいいんだけど、ここは慰めないと後々めんどくさそうだ。


 えーと……


 …………


 千佳子さんって、池谷の母親の、だよね?

 そういや正装してた時あったな。案の定プロポーズするつもりだったんか。


 …………


 厳密にいうと、無関係ではない、かも。

 しかし馬場先生も、確かに事情は知ってるけどさあ、なんで俺相手に愚痴るのよ。

 ほかの先生相手に相談するのはいろいろ問題あるだろうから仕方ないとしても、友達とかいないのか?


 ま、いっか。

 適当に話を合わせとこ。


「なんといって、断られたんですか?」

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