ダメ教師はワシが育てた
「……あなたとの夜はわたしにとっては至福の時です。が、生活をゆだねる気にはならないんです。ごめんなさい」
「……」
「……と、申し訳なさそうにいわれてしまったんだよおおおぉぉぉ! 何とかしてくれ、緑川!」
「無茶振りにもほどがありますなあ」
ふんふん。
つまり池谷、いやバカ谷の母親は、馬場先生をセフレとしか思ってないということでしょうかね。よくあるアレか、身体の快楽だけを与えてくれる相手。決して一緒に添い遂げようとは思えない相手。
…………
親子してクソじゃね? 池谷家は。
でもバカ谷が馬場先生を『お義父さん』と呼ぶ悲劇、いや喜劇はとっても見たいので、心にもない煽りを試そう。
「男ならそこで引き下がっちゃダメでしょう先生。身体の快楽から前後不覚にして言質とらないと」
「それは試した」
「あっそうでしたか」
「だが、俺は受ける方だからなあ……」
「しれっと大人の事情を生徒に暴露しないでください。もう知ってるけど」
失敗。
「すまない。だがあきらめきれないんだ。なあ教えてほしい、俺はいったいどうすれば」
「だから相談相手間違えてるでしょうに」
大事な人にフラれた馬場先生の動揺もわからなくはないが。
まだ未経験ですよぼくちゃん。牛乳じゃなくてチェリーボーイにそうだんされてもこたえなんてでやしないです。
俺が当然のことながらうまいアドバイスも与えられなくて黙り込むと、馬場先生は何かを考えこんでからため息とともに愚痴を吐き出した。
「……重ね重ねすまない。いろいろ将来のことについて考えてしまうこともあってな」
「将来?」
相手しよう。
「ああ。ここだけの話なんだが、ウチの高校が構造改革を始める、という噂がな」
「へ?」
「それによって、今後の俺の生活も影響出るのではないか、と少し不安になったんだ」
「……どういうことですか?」
今明かされる衝撃の事実……ってほどではないけど、未確認情報なので詳細を求めてみる。
馬場先生の口が軽いことに助けられた。
「緑川も知っての通り、ウチの高校はスポーツの強豪校として以前は有名だった。だが、ここ最近野球部は甲子園とは無縁だし、他のスポーツも鳴かず飛ばず。そのあたりのテコ入れとして、実績あるやり手の理事を迎えることにしたとか、噂が立ってるんだ」
「……はあ」
「要するに」
「馬場先生は大した実績も上げてないですから、構造改革が始まるとクビを切られちゃうかもしれない、と危惧してるんですね」
「事実だけどオブラートに包めよ緑川ぁぁぁ!」
なるほど。
確かにウチの高校、年々生徒数は減少してるけどなあ。経営状態もよろしくないとか? 詳しくは知らんけど。
「馬場先生」
「お、おう。なんだ?」
「ダメですよ、そんな自己保身からバカた……池谷の母親にプロポーズしても。おおかた『学校をクビになったら、池谷の母親に養ってもらおう』とか考えてたんじゃないですか?」
「うぐっ、そ、そんなことは考えてない! た、ただ、就職先をあっせんしてもらえたらうれしいなとか、下心が少しあっただけだ!」
ズッポシ図星か。
「そんな下心あったら見透かされるに決まってます。だから断られたんじゃないですか?」
「……」
「もし本当にそこに愛があるなら、その純度を高めてプロポーズすべきでしたね」
俺がしゃべる内容は、口から出まかせの正論っぽい何かにすぎない。
でも馬場先生はそれに衝撃を受けたようだけど。今なら詐欺師になれそう。俺の名を言ってみろ! サギ!
こんなガキに言いくるめられる先生もアレだが。そこまで追い詰められていたんか。
「その通りだ、緑川。俺が愚かだったな。たとえ俺の仕事がどうなろうが、千佳子さんに対する愛に偽りはない。きれいな心になって、もういちどプロポーズにチャレンジだ!」
輝きを取り戻した馬場先生の目は、何を見ているのだろう。たぶん将来の喜劇だな。ま、俺としては笑かしてもらえればそれでいい。
──さて、と。
「ところで、池谷のやつは……最近真面目に部活してますか?」
馬場先生はまだ完全に信用できないし、佳世のことを相談するにしてもここじゃちょっと気が引ける。
というわけで
「お? あ、ああ、そうだな、最近は部活を休んでるようだが、まじめにやってると思うぞ」
「休んでてどこが真面目なんすか!」
もう俺の人生、ツッコミから離れられないんじゃないかと思えてきた。
今後はお茶目しないように監視するんじゃなかったのかよ。色ボケしてて忘れてんな。ま、想定内だけど。
「何してんですか、池谷の母親ともし一緒になったら、ヤツは義理の息子になるんですから。ちゃんと監s……見ていないと」
「そ、そうか! そうだな、そうだよな!」
池谷母と一緒になるという妄想で頭にお花が咲いたか。先生が単純すぎて頭を押さえたくなるが、我慢。
「生徒を指導することは教育者としての義務ですからね。もし、そのあたりで何か不審な点があったら喝入れてくださいよ」
「おう! 今日の話を聞いてくれた礼として、そんなことはお安い御用だ。任せろ! 千佳子さんも何やら忙しくしてるから、池谷を寂しがらせないようにするのが保護者としての役割だよな。俺、頑張る!」
教育者という言葉がいつの間にか保護者に変わっているが、とりあえずそこはいいや。ほんと、馬場先生の単純さって、ウチのオヤジを彷彿とさせるわ。隠し事ができなさそうなところまで似ている。
今のところは。
馬場先生は池谷のことを監視するどころではないという状況だったようだから、佳世の件とかについても何も知らなさそう。
そして。
池谷母が何やら忙しそうだということは、池谷がこそこそと悪さするのに都合がいい状況だったんじゃなかろうか。
…………
いろいろ作戦練らなきゃならないことがあるなあ。
俺のそんな考えもそこそこに。
ブーッ、ブーッ。
予告もなく振動するスマホが、シャツの胸ポケットで暴れた。
おっと、おそらくは──
「じゃあ、馬場先生。俺は体調良くないので、帰りますね」
「おう、ありがとうな緑川! おかげで薬がなくても今日は眠れそうだ。ところで体調、どうしたんだ?」
不眠で病院来てたのか、先生。単純バカじゃなくて繊細バカなんだな。今日の会話でまたひとつ学んだ。
「何のことはありませんノロです。でもみんなに
「わかった……ん?」
立ち上がっておざなりな礼をした俺は馬場先生から離れ、即座にスマホを手に取りメッセージをチェックする。
『これから飛行機に乗ります! 祐介くんに早く会いたいです!』
こんな一言がすごく嬉しい。
俺もだよ、待ってる、と即座にメッセージを返した。
北海道でのどんな話を聞かせてくれるんだろう。
俺はそれがとても楽しみだった。この時は。
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