困いっちんぐ、俺


 俺の質問を受け、佳世が石化する。

 言いづらい内容だということは安易に推測できるわけだが、その内容がどうなのかが問題だ。


 俺の予想は、というより誰もが同じことを予想するとは思う。この状況なら。

 だがここでは、佳世の口から言わせないと意味がない。


「……言いにくいのか?」


 少しだけ気づかいするふり。偽善者という自覚はあるぞ。

 いいじゃないか、やらぬ善よりやる偽善。ま、毅然とした態度で偽善はするが、佳世を救える気せん。


 佳世はやがてあきらめたかのように口を割った。


「……あの人に、『今度は、先輩も混ぜてみんなで遊ぼう』って……」


「……は?」


 遊ぶ。

 さあこの言葉の指し示す意味はなんだ。


 遊びだったのね。

 つまり、真剣な恋愛というものの逆転。

 身体だけよー、先っちょだけよー。大丈夫大丈夫、外に出すから。嘘だけどな!


 ……などと冗談かましてる場合佳世。


 仕方ないじゃん、熱がある状況でまじめな思考はしちゃいけないって脳が訴えてるんだから。知恵熱でさらにボーっとすることうけあい。


 …………


 やっぱ、そういう意味だよなあ。今度、とか言ってるし。

 全く話は変わるけど、池谷のことが『浩史』じゃなくて『あの人』になってるわ。どういう心境の変化だろうか。

 もし見切りをつけた、ということであれば、遅すぎるんだけどね。スーパー閉店五分前に消費期限今日までの豚肉を五割引きにするというレベルで遅い。


 ハイ、指さし確認。


「……遊ぶって、身体でだよな?」


「……」


 佳世の返事なっしー。

 断片的すぎて理解が追いつきません。仕方ないから想像で補完してみよう。


 つまり。

 先輩というのは、池谷とやんちゃしていた関係の先輩で。

 その先輩に頼まれれば断れない池谷が、佳世を人身御供として差し出そうとしてる。

 これならば先輩を含む天使の3Pどころか悪魔の4Pも6Pチーズも思いのままだよ。やったねパンチーなしのパーティー! 観音巡りのマーキングだぜ!


 …………


 いやいやいやクズだ完全にクズの思考回路だ、こんなこと現実に許されるわけがない。乱交パリピとか本当にいるのか。この世に要るのか。滅せよ。


 でもちょっと待て。

 槍田先輩が、いままでそのクズの相手をしていたってことなのか?

 まあ槍田先輩の時はウィンウィンだったかもしれんな。需要と供給の一致。


 しかし今現在は、需要はあれど供給が追い付かない、という状態か。まるで新型コロナウイルスが大流行しそうな時にマスクが品薄になる、みたいな感じだな。

 で、佳世を脅して供給、ってか? そんなことしたらコロナウイルスどころかもっとヤバいものに感染しそうだけどさ。


 …………


「……肉便器?」


 遠慮も配慮もない俺のストレートな一言を受けて、佳世が崩れ落ちながら号泣を開始した。


「あああああぁぁぁぁぁ…………! い、やああああぁぁぁぁぁぁ…………」


「……」


 おっと。

 ヤバいじゃんこれ、エロゲの展開だよ。ハメ撮りで脅して肉便器化。

 エロゲは小説より奇なり、ってか。


 部屋の中に響く不快な慟哭で、俺の考えも一般的常識を取り戻す。


 ──これ、明らかに犯罪行為だろ。俺の力ではどうしようもないじゃん。


「……もう、ヤられちゃったんか? 佳世は」


 佳世が叫び疲れたころにそう尋ねると、否定された。


「……まだ、まだなの。急に生理が来たって嘘ついて、逃げてきた」


「逃げ……」


 そこで絶句。

 逃げられるのか。言い訳の仕方で琴音ちゃんを思い出したのは内緒だが。

 もしも相手がスプラッタもへーきへーき、という強者の集まりだったら何の意味もなかったかもしれんから、賭けには勝ったようだな、佳世。


 ……ふむ。

 もうこれ俺にはどうしようもないんじゃね?

 ここまで大事になったら、見られたくないとか言ってられるか。もう佳之さん菜摘さんを経由して、警察に届け出るしかないやん。


「佳之さんと菜摘さんは?」


「……お父さんは、出張に、行ってる……お母さんは、仕事で……」


「ああ、そうか……そういえばもうすぐ選挙だったな」


「……ぐすっ、ふええええぇぇぇぇ……」


 佳世は、自分のことがスキャンダルの元になる、なんてことを恐れていたりしてね。

 何が原因で落選するかわからんし、娘がビッチだと大変だ代議士秘書も。


 ああもう。

 何とかしてやるという気もあることはあるんだが、いかんせんこの状態では俺も身動きが取れない。


「とにかく、うまくかわして家に引きこもれ。生理とか言い訳すれば、一週間近くは逃げられるだろ」


「……」


「もうあれダメこれダメ言ってる状況じゃないよな。俺も体調が元に戻れば一緒に助けを求めることくらいはしてやれなくはないから、偽りの生理期間中に腹をくくれ」


「……」


「今回ばかりは、できる範囲で助けてやる。俺にできることなど何もないかもしれないけどな」


「……ううん」


 佳世の力ない声にすっかり慣れた自分が、別人のようだ。


「……ごめん、ごめんね、こんなことお願いできた義理じゃないのに、こんなこと自分で何とかすべきなのに。苦しくて悲しくて情けなくてどうしようもなかった時に、祐介のことしか頭に浮かばなかった。ごめん……めいわく……かけて、ごめん」


 このセリフを違う状況で言われたら、心に響かなかったかもしれないが。

 今ここで佳世を見捨てるのは、何か違う気もする。


 俺が「わかった」と答えると、少しだけ安心したように佳世は部屋を去っていった。


 それから俺は、ナポリたんに相談しようとメッセージを送ったが。


 当然のように反応はない。カキフライが原因なら、ナポリたんもノロわれてる可能性があるわけで。

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