自分勝手なリベンジ

 次の日。

 いつもの通り、昼休みに裏庭へと向かう俺。


 向かう途中で通った校舎脇の自動販売機裏で、休憩所のベンチに座ったナポリたんを発見する。


「あれ、ナポ……」


 声をかけようとして、固まった。

 なぜかその隣に、坊主頭の女子という、一発で誰だかわかる人物がいたからだ。


 まあ、同じバスケ部だし、俺はともかくナポリたんなら話す用事もあるのだろうが。

 ちょっとだけ、雰囲気が重苦しく感じられる。


 思わず、自販機の反対側に身を隠してしまった。

 結果として盗み聞きチャレンジとなってしまう。が、気にしない。


 ふたりともあまり大きくない声で会話していたが、俺の位置からは一言一句はっきり聞き取れた。


「……やっぱりそうなのか。で、どうするんだ、佳世は」


「……どうするもこうするもないよ。もう馬鹿なことはしない」


「ほう?」


「自分の気持ちがはっきり分かった今、同じ間違いを繰り返すわけにいかないの」


「……報われなくても、か?」


「……うん。報われないからこそ、だよ」


「忘れなきゃ、前にも進めないと思うぞ」


「……でも、わたしバカだから。繰り返さないためにも、忘れないように頑張らなきゃならないの」


「それは、裏切られたときのアイツの怒りや悲しみも、忘れないという解釈でいいのか?」


「……」


「まあいいや。ただな、甥であり幼なじみである祐介を裏切った佳世のことを、ボクもいまだに許せないところはある」


「……」


「それでも、佳世もボクにとって大事な幼なじみだ。だから正直に言うぞ」


「……うん」


「佳世がいつまでもそんなことをしていたら、忘れようとしている祐介にとってはただの迷惑だ」


「……」


「自業自得、因果応報という言葉をかみしめるのも、全部見えないところでやれ。すがろうとするな」


 佳世は涙目だ。が、はっきりと首を縦に振った。

 それを確認したナポリたんが佳世の肩をパーンと叩いてから、怪しげなボトルを渡す。


「……奈保ちゃん、これは?」


「髪の毛が早く伸びるという、話題のシャンプーだ。高いんだからな、無駄にするなよ」


「……ありがとう」


「誰にも使われず、ウチに眠ってたやつだから、気にしなくていい。……なあ佳世、ハヤト兄ぃとの約束を守るためにも、バスケ部を続けないか?」


「……ごめん、奈保ちゃん、ほんとうにごめん……」


 静かに泣くことしかできない佳世のわきで、ナポリたんが空を見上げる。

 俺はそこまで確認して、そーっとその場を去った。


 ──佳世は、ひょっとしてバスケ部を──



 ―・―・―・―・―・―・―


 

 あれからバスケ部は、部活動をまじめにやっているようだ。精子脳も今のところ問題を起こしてはいないらしい。

 だが、部活動そこに佳世の姿はなかった。


 まあ、盗み聞きしたことでだいたいのことはわかっている。今更俺が気にしても仕方がないので、わざわざ確認は取らなかった。


 そうして、三日ほど平穏な日々が続いたが。


 ある日。


「……槍田パイセンが、退学したって話、聞いたか?」


 ナポリたんがやや暗い表情を従え、二時限後の休み時間、情報伝達にやってきた。


「はぁ!? マジ? なんで?」


「ああマジだ。もともと精神的に不安定でほとんど学校には来てなかったようだが」


「ああ……」


 確かに以前確認したときは精気、いや生気のない目をしていたけどね。


「結局あの事件を機に、浮気相手が何人かいたのを全部清算したあと」


「は……」


「実はその浮気相手の一人が、パイセンに対して復讐をしたせいで、壊れかけてたパイセンの精神がついに壊れたらしい」


「へ? 復讐? なんで?」


「……これは推測だが、パイセンみたいな都合のいい女を手放したくなかったのかも、な」


「ああ、要するにあとくされなくやらせてくれる相手、ってことね」


「そういうことだろう。で、パイセンは自殺未遂で保護され、今は病院」


 病院ってどっちのほうだろう。身体か、ココロか。

 まあどっちだとしても、学校どころじゃなくなったということはわかった。

 ほとんどビョーキ。浮気相手が数名いたことも含めて。


「つーか、自殺未遂するほどって、どんな復讐されたん?」


 何も考えず俺は訊いてみた。

 しかし、そこでナポリたんの表情がさらに曇る。


「……動画拡散だな。いわゆる」


「えっ」


 俺の霊感ヤマ勘第六感をフル動員した結果。


 ──リベンジポルノ。


 その単語しか頭に浮かばなかった。

 ふられてHANZAIとか、マッチもびっくりの自爆テロだわな。高校生しか飲んじゃダメ、大人が飲んだらタイホだぞ、というわけにもいかん行為だし。


「まあ普通の状態だったら、パイセンも壊れはしなかったかもしれないが……パイセンの彼氏は責任を感じたのか、『一生面倒を見ると誓った。今回は世話になった、ありがとう』と、ボクにメッセージをくれたよ」


「……」


 自殺未遂も絡むとは、また壮絶な話ではある。だが、俺たちも無関係じゃない。

 ナポリたんの表情が最初から暗かったのは、そのせいだろう。

 槍田先輩、まさかの最終ヤミ形態へと到達してしまったか。誰かがNice Boat.しなきゃいいけどな。


「……ボクも、やりすぎたかもしれない」


「いや……ナポリたんのせいじゃないよ。もとはと言えば浮気三昧だった槍田先輩が悪い」


 そう。そして池谷も。

 だいいち、そんなことを言っていたら、俺や琴音ちゃんが自殺していた可能性もあるわけで。浮気発覚からどうなるかなんて、俺たち以外の問題だ。


「……だから気にしなくていいよ、ナポリたんは俺と琴音ちゃんを救ってくれたんだから。本当に感謝してる。ありがとう」


 ちょっとだけ泣きそうなナポリたんが弱々しく見える。俺が元気づけるなんて、いつもと逆だわ。

 というかどれだけナポリたんにお世話になってんだろう。情けないな俺。もっと大きくならないと。今日から〇大ハンバーグ食うか。


 結局。

 浮気なんて、だれも幸せにしない。だれも幸せになれない。

 俺が琴音ちゃんと幸せな日々を過ごしているというのは、奇跡なだけなんだよな。


 ──らしくもなく落ち込むナポリたんを励まさなきゃ。昼休みにでも琴音ちゃんに相談しようっと。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る