謝罪の押し売りと、愛情の押し売り

 今日はなんとなく、琴音ちゃんも俺もそのまま自宅へ帰った。


 俺と琴音ちゃんはまごうことなき恋人のはずなんだが、なぜこんな気分になるのだろうか。おかっしー。疑問の妖精。


 しかし。

 やっぱり帰宅したのは間違いだったのかもしれない。

 帰宅してから夕飯までの間に、訪問者があったからだ。


「……祐介くん、突然すまない。少しでいい、二人きりで話をしないか」


 訪問者は、佳世の父──吉岡佳之よしおかよしゆきさんだった。


 この前の土曜にも、さんざん謝罪されたんだけどなあ。

 うちのオヤジみたいないい加減な教師と違って、お堅くて多忙な職業なのに、仕事大丈夫なんかね。



 ―・―・―・―・―・―・―



「なぜ、佳世は突然坊主頭にしたんですか?」


 ところ変わって、俺の部屋。

 サシで話ができるとすればここしかない。


 案の定というか矢〇丈というか宍〇錠というか、いきなり土下座してきた佳之さんを何とか説得して顔を上げてもらってから。

 俺は、まずどうでもいいことを尋ねる。


「……ん? 祐介くんの意向ではないのか……?」


「はあ?」


「佳世はな、『祐介くんに許されるためには、そうするしかない』と、わたしたちの制止も聞かず、勝手にそうしたんだが……」


 佳世の野郎。

 俺の部屋で前に見たんだろうが、やっぱり伝説のNTRゲームに関する薄い本の真似か。

 ひとを何だと思ってやがったんだ。特殊性癖の持ち主と誤解していたわけじゃあるまいに。


「……はっ」


 思わず声が漏れた。そりゃ、佳世が俺の性癖など知るわけもない。そして、今の俺が何を望んでいるのかすらもわからなかったんだろう。深い会話をここ半年ほどした記憶も残ってないくらいだから。それゆえの迷走か。

 謝罪と反省の押し売りとか、最後までありがた迷惑だったよ。そんなこともわかり合えなかったんだな、幼なじみなのに。琴音ちゃんとは対照的すぎるわ。


 日曜日を丸一日寝て過ごしたようなむなしさは残るが、まあ些細なことだ。気を取り直してパンツァーフォー。


「それは求めてはいませんでした。すみません、佳世をあんなにさせてしまって」


「いや、それはかまわない。佳世は祐介くんに殴られてもおかしくないくらい、ひどいことをしたんだから」


 またまた同じ悠久の螺旋へ突入しそう。誰得なループだ。


「……けじめとして重く受け取らせてもらいましたので、もうあのことは忘れませんか? お互いの家のためにも」


 とっとと堂々巡りを終わらせたくて、前向きにも思える提案をしてみると、佳之さんはいかにも重そうに口を開く。


「それでは、私の気が済まない」


「……」


「佳世はおろか、私ですらもあれほどまでに祐介くんを傷つけてしまった。お詫びのしようがないのは理解している。だが、何かをせずにいられないんだ」


 だーかーらー、やめてください佳之さん、土下座は。

 佳世の土下座は頭踏んづけたくなったけど、佳之さんにはいろいろよくしてもらったし、そんなことされても困るだけだわ。


 でも、親子だなあ、とは思う。謝罪の仕方がそっくり。


「……わかってますよ。でも、もうどうしようもないわけで」


 佳之さんにとって、佳世はかわいい一人娘だもんね。

 たとえ許されないことをしたとしても、かばいたくなる気持ちはわかる。


「だから、お互いに忘れようと提案してるんです。許す許さないじゃなく、忘れる」


 佳之さんがガバッと顔を上げた。

 気おくれしたら俺の負け。堂々としてればいい。


「……祐介くんは、忘れられるのか?」


「……」


「あれほどまでに悲しい気持ちを、忘れられるのか?」


「……はい。きっと、忘れられます」


 ──俺にはもう佳世よりも大事にしたい相手がいるんだから。


 目をそらさずにそう断言する。

 その後に佳之さんが見せた、なんとも説明不可能な表情は、おそらくずっと忘れないだろう。


「……そうか……そうか……」


 きっとすべてを理解してくれたであろう佳之さんは。

 最後に深々と、額をこすりつけるくらいに再度土下座をしてきた。


「本当に……すまなかった」


 だから、もういいんですってば。佳世を何とかできるのは佳之さんと菜摘さんだけなんだから、そちらを優先させてください。

 今日はたぶん、今までで一番落ち込んでるはずだから。もう俺は関われないから。俺は大丈夫だから。


 言いたいことをぐっと我慢。

 言ったら言ったでさらにめんどくさくなりそうだしね。



 ―・―・―・―・―・―・―



 佳之さんは帰っていった。この会談にどんな意味があったのかは謎だが、お互いに今後この話題に触れないという同意が取れただけでも上出来だよね。


 ウチの親は部屋の外で聞いていたかもしれない。

 部屋から出る様子もない俺のことを、夕飯に呼びにすら来なかったもんな。

 出歯亀してんなよ。家族間にもプライバシーはあるんだぞ。


「……なんか、落ち着かねえな」


 今すぐ彼女の声が聞きたい。

 琴音ちゃんに連絡しようと、俺はスマホを取り出した。

 

 コール二回で即つながる。


『は、ハロー! 白木琴音だよ!』


「……その挨拶気に入ったのか……」


『あ、あああうう、や、やっぱりちょっと寂しくなって、祐介くんの声が聞きたいなあ、なんて思ってたら、ちょうど通話着信があったので……』


 別にミ〇イアカリからお金をもらっているわけではなさそうだ。

 どうやらテンパると変な挨拶になってしまうらしい。


「……そっかそっか。俺も声が無性に聞きたくて、ついね」


『え、えへへ……』


「似た者同士なのかな、俺たちは」


 俺の声が聞きたい。そんなこと言われて嬉しくないわけがないやん。

 一方通行じゃないこの気持ちを確認したくて、言葉を絞り出す。


『……いいえ。似てないですよ』


「ひどい」


 否定されてちょこっとだけ泣きそうになる俺だったが。


『……だって、わたしのほうがきっと、『好き』って気持ちが大きいですから』


「……」


『祐介くん……だぁい好き、です』


 すぐあとに、違う意味で泣きそうになった。


 俺が、今いちばん欲しいもの。

 琴音ちゃんは、それを惜しみなくくれる。


 だが、もらってばかりではいられない。彼氏としてはね。


「いやいや、俺だって」


『待ってください、絶対にわたしのほうがこれ以上なく』


「間違いなく俺のほうが限界まで」


『……しょうがないですね、じゃあ違いを証明してみせます』


「どうぞどうぞ」


『ここでダチョウの流れになるとは思いませんでした……』


 琴音ちゃんは少し大きく息を吸って。

 観念しなさい、とばかりにこう言った。


『祐介くんがもしいなくなったら、わたしはさみしくて死にます。そのくらい、好きです』


 一瞬、ぞわっ。

 冗談っぽく言ってはいるが、本気度が半端なく感じられたから。


 ウサギ並みだな、おい。

 でも琴音ちゃんのバニー姿……いやいや、佳世を一撃で仕留めたあたり、凶暴なウサギ、ボーパルバニーかもしれん。

 おっぱいに気を取られてたら、くびをはねられた、ってか。痛みを感じる前に死ねそうだ。


 ──さて、なんて返すべきでしょうかね。


 そんな悩みも、幸せのうちだよな。たぶん。

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