よろしい、ならば戦争だ

「お、やっぱりここにいたか、今一番ホットなバカップルは」


 まさしく不安を掻き立てるかのようなタイミングで。

 ナポリたんが、ちょうど弁当を食べ終わった俺たちに近寄ってきた。


「出たな嵐」


「なんか言ったか?」


「いんや。嵐のメンバーが結婚したみたいでめでたいねって」


「突然時事ネタを絡めてくるのが理解不能だぞ祐介。しっかし、おまえら昨日あんな面白いことになってたとは思いもしなかったぞ。なんでボクに言わなかった」


「もういいから忘れさせてくれよ」


「そうはいかんぞ多分。前のバスケ部の騒動の時も大問題になったんだし、おそらくお前らも」


「げっ」


 おわっと、そうだった。噂がここまで拡散してしまったら十分その可能性はある。

 ますます不安が募るわい。


「まあ、今はちょうど生徒指導の田中が出張でいないし、そこはラッキーだよな」


「名前しか出てこないモブ教師だと思って適当な名前つけてんな作者は」


「祐介くん……それはいったい誰に向かって発言を……?」


「ああ、ごめん琴音ちゃん。メタるのはダメだな」


「え、あ、あの、わたしメタル大好きですけど……アイアンメイデンとか」


 メタる違いだ。

 そしてなんでそこでNWOBHMニューウェイヴオブブリティッシュヘヴィメタルの代表格バンドが出てくるんだ。

 実は琴音ちゃんって洋楽大好きっ子? アーティストのチョイスがあれだけど。


「あーいいよなアイアンメイデン! ボクもカラオケで挨拶代わりに『ビークイックオアビーデッド』をよく歌うぞ」


 話に混ざってくるナポリたんは、真之助さんの影響で洋楽大好きっ子だ。ただし90年代前に限る。

 琴音ちゃんは同志を見つけた喜びで、目がらんらんりんりん。おっと逆だな。


「えっ……選曲センスが非凡すぎます! 小松川さん実はアナーキーですね!」


「いやそれじゃパンクになっちゃうからね琴音ちゃん」


 その二つを混同させると、ファンに鋼鉄の処女アイアンメイデンで処刑されるってば。アイアンメイデンはリーダーがパンク嫌いなんだよ。


 …………


 いや、琴音ちゃん自体が鋼鉄の処女だったわ。こりゃまた失礼いたしました。

 なんせ初音さんから『結婚する相手以外には簡単に身体を許すな』とか言われてるんだもんね。


 …………


 やっぱ、そういうことするのは卒業まで待たなきゃならないのかなあ。


 安易にそういうことしたくない、という気持ちはあるけど、でもそういうことしないと心もいつしか離れて、佳世みたいに浮気されちゃったりする可能性が高くなっていく、かもしれない。

 もちろん信じてるけど、琴音ちゃんにまで浮気されたら、俺はもうリスカじゃすまない自信はあるぞ。


 ま、コドモはできないからちゅーくらいはいいとしてもだ。

 佳世の時もそこまではイケたのに、一歩踏み出せず、結局佳世がイケタニにイカされて、ついでに俺が絶望で逝かされて。

 男女って、親密になっていけばいくほど、葛藤は出てくるのかも。


 ……いやいや!

 またブレるのイクナイ。俺は清く正しく生きるんだ。そして薔薇のように美しく散る! 百合は知らん。どっかの草むらに咲いているかもしれない。

 この前無意識に反応してしまったのはノーカンで夜露死苦よろしく。あの状況で反応しないのはEDか結婚詐欺師くらいなものだろ。


「……なんで親指で首を掻っ切るしぐさをしてるんですか、祐介くん?」


「心の叫びだ」


「はい……?」


「まあそんなことは取るに足らない。というより、もし呼び出しを食らったらどうするかを考えなきゃならないね」


「あ、は、はい。やましいことはないですから、ちゃんと経緯を説明すれば大丈夫だと思いますが」


「琴音ちゃん、それは考えが甘すぎる。きのこ派の敵意を軽んじるたけのこ派の考えくらい甘い」


 もめ事が起きた場所が場所ラブホなだけに、何もないと認めてもらうのは悪魔の証明みたいなもんだし。

 きのこ派としては、常に危機感を持って対処しないとダメよね。


「……」


 ん?

 琴音ちゃんの反応が何かおかしい。

 さっきまでラリってとろけるような表情だったのに、今は口元が険しく引き締まり、背景に『ゴゴゴゴゴ』というオノマトペが見えている。


「……祐介くん」


「ど、どうかしたの?」


「祐介くんは、きのこ派なんですか?」


「……へっ?」


 俺は斜め上にそれた質問に、間抜けな声をあげてしまったが。


「俺は向こう十年、きのこ派だよ。やっぱりあのクラッカーの食感がいい」


「クッキーとチョコのハーモニーこそ至高です!」


 えっ。

 琴音ちゃんはたけのこ派かよ、よりによって。

 去年の総選挙、僅差で敗れた屈辱はまだ忘れてないぞ。


「いやそれは違う。甘くないクラッカーと甘いチョコの組み合わせが偉大なんだ!」


「パッケージ開けると折れてるきのこも多いじゃないですか! あれが許せません!」


「いや、折れてないきのこは手が汚れない! それにたけのこはチョコの量が少ないだろ! あれが不満だ!」


「大事なのはチョコの量じゃなくて味のバランスです!」


 なぜか軽い言い合いになってしまう。だがお互いに引かぬ、媚びぬ、顧みぬ。


「いやさ、たけのこ派って子どもが好むイメージだから、カレーなんかもバーモントとか好きな人多いんじゃないかな。ジャワ一択だろ常識で考えて」


「爽やかな大人の辛さとか、大人ぶってるきのこ派の人が好みそうですよね」


 くだらない言い合いがなおも大連チャン。


「きつねうどんこそ至高だ!」


「天ぷらそばこそ究極です!」


「パピコはチョココーヒーこそ唯一無二!」


「ホワイトサワーがパピコの代名詞です!」


「ポッキーはバリエーションが豊富!」


「トッポは手が汚れません!」


「ビーフシチューのコク!」


「ホワイトシチューのまろやかさ!」


 中庭において、つい昨日正式につきあい始めたカッポーとは思えないような低レベル同士の争いが繰り広げられていた。


 戦いは同じレベルの者じゃないと成立しない、とはよく言ったもので。


「おまえら……なんでそんなくだらないことを真剣に言い合ってるんだ」


 ナポリたんが半ば呆れて、そう仲裁してくるも。


「男には譲れないこだわりがある!」


「女だからこそわかる本質があるんです!」


 俺は譲らない。

 琴音ちゃんも譲らない。


 ……いやこれ、オトコもオンナも関係なく、単に嗜好の違いじゃね?


 とは思ったけど、まさかこうまで琴音ちゃんと好みが違うとは思いもせず。

 俺は戸惑いつつも、今さら後には引けなかった。


「ぐぬぬ……」


「ふうぅ……」


 やがて、ゴング代わりか、昼休み終了後を知らせるチャイムがあたり一面に鳴りひびく。


 …………


 つきあい始めて次の日に、もう喧嘩ですかい。

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