教育者と言えど人の子である

「……で、いったいおまえたちは何をしたんだ? 事の次第では厳しい処分もあるぞ」


 放課後。

 危惧していた通り、俺と琴音ちゃんは、日曜日にラブホ前で騒ぎを起こしていた件で、馬場先生に呼び出されていた。

 田中先生がいないからと安心していたらごらんの有様だよ。生徒指導代理が馬場先生とは知らなんだ。


 そして、俺と琴音ちゃんの間にある空気が、ややぎこちない。

 仲直りせずにここへ来たせいかな。


 …………


 今気づいた。馬場先生のアフロヘア―が金髪、いやウ〇コ色へと変化してるんだけど。これ、本当にバババーバ・バーババ化してるじゃん。不潔に見えることこの上ない。


 ……まあいいや。とりあえず言い訳開始だ。


「いや、だから何もなかったですし、公序良俗に反することはしてない……」


「そんな言い訳が通用すると思ってるのか。素直に吐いたほうが身のためだぞ」


「…………」


 琴音ちゃんは、その時初音さんにやられたことがトラウマになってるかもしれん。

 なるべく琴音ちゃんに負担をかけないように持っていきたいんだけど、喧嘩状態のままでうまく連携が取れるだろうか。


 …………


 あ。

 大事なことを確認してなかった。


「ところで、騒ぎを起こしたとき、わが校の生徒はもう一人いたはずですが」


「……知らんな。発見者からの通報にもその事実はなかったぞ」


「おかしいですね。池谷浩史という人間が」


「そんなことを訊いてはいない。緑川が白木と一緒に、いかがわしいホテルから出てきたという事実のことを訊いてるんだ」


「いや、とにかく池谷を呼んで話を聞いてみればわかるはずです」


「池谷は体調不良で欠席しているし、わざわざ呼ぶ必要は感じられない。今はお前たちのことのほうが大事だ」


「……」


 そんなはずねえだろ。あれが誰かに目撃されてたとするならば、打ちのめされて倒れていた池谷が一番目立っていたはずなのに。


 むりやり俺たちに矛先を向けて、池谷がいたという事実をなかった方向へもっていきたい。

 そんな馬場先生の意図みたいなものが、ひしひしと伝わってくるんだけど。


 傍らで、琴音ちゃんはどうしていいのかわからずに、下を向いたまま黙り込んでいる。見ていてかわいそうだ。


 いやね、そりゃラブホから出てきたことは、俺たちの年齢からしていいことでないのは確かだけどさ。

 そうなった原因である池谷をかばうかのような馬場先生に、怒りを覚えるわ。

 先生からすれば池谷はバスケ部部員だしその母親とも仲がいいし、かばいたくなるのは当然としても、教育者としてどうなのよ。


 …………


 おまけに池谷、ラブホでするようなこと部室内でしてたじゃん。

 証拠がないからうかつにツッコめないけど、そのことを思い出し俺はちょこっとキレた。

 ナポリたんに迷惑かけない程度に、怒髪天ごっこをしよう。


「……そういえば馬場先生、池谷の母親と仲いいですよね?」


 カマかけたらアフロが揺れた。

 動揺しているな。倍率ドン、さらに倍。


「二週前の土曜日、なかよく池谷の母親と外出していったのを、偶然見ちゃいまして」


「ちょ、ちょちょちょちょっとななななななにいってるかわかちこわかちこ」


 篠沢教授に全部賭けるくらいに動揺してるわ。

 ワカチコいうならちっちゃいことは気にするなよ。見られたくないなら堂々と外出しなきゃいいのに。

 実は池谷母と既に「むーすーんでひらいーて、手ーを打ってむーすんでー。股ひらいてー」的な展開になってるんですかね。


 馬場が動揺! 歌は童謡! 股は同様! 俺はDOUTEI!

 うん、最後だけ韻が踏めなかった。腹いせにダメ押し。


「生徒の母親に手を出したとするなら、校内でも結構な騒ぎになりそうですよね」


「しょ、しょしょしょ、しょうこ、しょうこ、あーるーのーかーしょうこ」


 公安に目をつけられそうなどもり方をする馬場先生に吹き出す一歩手前である。

 いや実際のところ、この高校でそれが問題になるのはウチの父親のせいなんだけどな。ごめんね馬場先生。間接的に俺も被害を被ってるから許してちょ。


 そこで俺は琴音ちゃんに目配せをした。


「あ、あの、実はわたし、その決定的シーンを撮影し」


「しらきいいいいぃぃぃぃ!!!」


 琴音ちゃんがハッとして、見つめていた日のことを話してくれた。

 よし、なんとか阿吽の呼吸。


 瞬時に、馬場先生が全力でジャンピング土下座。すげえ、さすが体育会系。

 でも、やましいところでもあるんか? そこに愛は、あ・る・ん・か?


「すまんかった! もうオレにはこのチャンスを逃したらあとがないんだぁぁぁ! 見逃してくれ!!!」


「え? え、ええと……」


 ことね は とまどっている!

 ばば は たたみかけた!


「今度池谷が問題を起こしたら、千佳子ちかこさんは責任を取って一緒に北海道のへき地へと引っ越すと言っているんだ! それだけは避けたい!」


「……なんだこの教師」


 ぼやきつつも察した。さすが俺。


 千佳子さんってのが池谷の母親で。

 あーんど、池谷がまた問題を起こしたら、池谷母は親としての責任を全うするため、池谷を違うところで隔離しつつ再教育を施す、って決意表明してるわけね。

 だから問題にならないようかばってる、と。


 馬場先生、たとえついてっても再就職できるか疑問だしなあ。この頭じゃ。


「後生だ、お願いだ! あんなにしっかりしていて自分にも他人にも厳しくて気の強い理想の熟女王様にいろいろと攻められる機会など、俺のこれからの人生の運全部使い果たしてもあり得ない!」


「……あ、そうですか」


 馬場先生の熱い想いあふれる滝が川になり、それがやがて小さな泉になり、俺はあきれまクリステル。気の強い熟女王様が馬場先生の好みだったという、ムダ知識までついでにゲット。

 結論。馬場先生はマゾラッティということですか。すげえな、マゾまんじ


「……ねえ琴音ちゃん」


「な、なんでしょうか?」


「マジ卍って最近聞かなくなったよね」


「この状況で余裕ありますね祐介くん。さすがです」


「いや、だってさあ……」


 もう何も言う必要ないんじゃないの。

 でもこのままじゃなんか締まらないから、一応要求を通そう。


「とにかくですね。馬場先生、その件に対して池谷が関与してないということにするなら、俺たちの件も不問にしてもらわないと無理かと」


「……そ、それは」


 馬場先生の葛藤が見て取れる。

 じゃあ、追撃のカマ、かけちゃおっかなー。


「ああ、そういえばですね。駅前裏通りにある大人のおもちゃ店の店主が、祖父の知り合いなんですが。アフロのお客様が常連でいるって聞いたような」


「あああそれは人違いだ、現在過去未来いずれでも俺が大人の店でグッズを探していたなんて事実は一切ないあるよ!」


「ないのかあるのかどっちですか」


 カマかけ成功。面白いくらい自爆してくれてたのしい。


 一昔前の怪しい中国人みたいなしゃべり方で、馬場先生の動揺の程度がわかろうというもの。

 まさか『中国は広島生まれ』だったりして。これからゼンジー・馬場と呼ぼうか。それともゼンジー・バババーバ・バーババがいいかな。いや無駄に長いわ。却下。


 まあでも、これで馬場先生と池谷の母親はねんごろな関係だと証明された。性的な主従関係の意味で。

 同じホテルのムジナってやつだったら俺は乾いた笑いしか出ないけど、馬場先生はそこで違うもの出してるんだろうなー。おぞましい。


「あ、言い忘れてましたけど、馬場先生」


「な、ななななななんだ」


「実はマイ制服のポケットの中に、ICレコーダーなる機器が」


「みどりかわぁぁぁぁぁぁ!!!」


 おおすげえ。空中で土下座の姿勢を保ったまま着地するアリウープ土下座だ。さすがバスケ部顧問。


 …………


 これはいい展開になったかもしれん。

 ナポリたん情報で、実は少し気になっていたことがあるんだよね。

 災い転じて福と茄子。ナスじゃなくてカコですよー。そう、過去のことで。


『今度池谷が問題を起こしたら』


 確か池谷は何かやらかしたせいで、ホントなら北海道の全寮制男子校に行かされるはずだったんだよな。

 両親の離婚騒動でうやむやになったとは聞いたけど。


「……安心してください、このICレコーダーと白木さんの持つ写真は、俺たちのことを不問にしてくれるなら公にはしません」


 初音さんにまで問題が飛び火するのもいろいろとよくなさそうだし。これが最善か。


「ほ、本当か!?」


「ただ、ちょっとお尋ねしたいことがあるんですけど……」

 

 馬場先生がどこまで知ってるかは不明だが、大人のカンケイなら池谷の母親から聞いてる可能性もある。駆け引きしてみる価値はありそう。

 こんな機会そうそうないしね。

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