お似合いのふたり

 小松川家の面々は、結局佑美の暴走後にすぐ帰っていった。


 佑美にいったいおまえは何をしたと尋ねたら。


『オトコの心を持つオンナノコのナポちゃんなら信用できると思った』


 という的を射てない答えが返ってきたので、とまどい天国。

 いや確かにそこいらへんの男より漢らしいけどねナポリたんは。ジェームスディーンみたいな女の子。

 そして佑美が暗い目をして拗ねているので、煩悩退散のために走り出させることにした。


 …………


 たとえ白木家の事情を知ったところで、琴音ちゃんを見る目が変わることはなかろうな。

 今が幸せそうならそれでいい。


 ………………


 …………


 ……


 明けて月曜日。

 佳世が包丁持って襲ってくる可能性が微粒子レベルで存在するのと、正式につきあうことになった照れくささなどもあり、琴音ちゃんといっしょに登校はしなかった。


『昼休みは一緒にご飯を食べよう』


 代わりにそんな約束をしておいた。


 俺の心はすでに昼休みへと飛んでいたのだが、教室へ着くなりまたもや有象無象が俺の周りに集まってくる。


「おい緑川!」

「緑川殿、白木殿をめぐって池谷氏と連れ込み宿前で争ったようでござるな」

「KO勝ちを収めたと聞いたが」

「やっぱりヤッたのか!? ヤッたんだな!?」


「うるせえよ! つーかなんでお前ら知ってんだ? あとヤッてねえっつうの」


 噂が流れている事実に驚愕。誰か目撃者がいたのか?


 しかし、あんな些細な事件が噂として広まるなんて。

 ヒマジンだなこの学校のオール・ザ・ピープルみんな。ジョンレ〇ンが歌いそうだわ。


「隠しても無駄だって。もう昨日の事件は逐一広まってるぞ」

「どうやって緑川殿が池谷氏というカースト上位者を撃退したか聞きたいでござる」

「お、そうだな。池谷は自宅静養するほどの痛手を負ったと聞くし」

「ま、まさか、行為の画像を……あわわ……」


 事実誤認。池谷は自分の中身入りスキンで倒れただけなんだが。撃退というより自傷行為というか自慰行為というほうがしっくりくるな。

 いや俺たちが巻き込まれたから自爆テロみたいなもんか。ああ説明面倒。投げっぱなしジャーマンでいいだろ。


「変態バスケ野郎と一緒にすんな。こうやったんだよ」


 俺は、心の中で魔法陣を数個描いた。

 我は神を斬獲せし者──


「──ブッ飛べ有象無象。イクスティンクション・レイ!」


「ぐはっっっっ!」

「うぐううっっ!」

「ぎゃあっっっ!」


 前回の教訓をもとに、通信魔法講座でマスターしたスキルをお披露目。

 数名倒れた。だが、ひとりほど生き残っている。どうやらこの究極の攻性呪文アサルトスペルを知らなかったらしい。

 知らないと通用しないのが脳内呪文の欠点だ。


 しょーがねーな。


「じゃあ、とっておきだ。エターナル・フォース・ブリザード!」


「ぐうっ! 大気が……凍る……」


 バタッ。

 さすがにこれは知ってたか。というわけで排除完了。


「……おまえら、無駄にノリがいいな」


 俺の攻撃に律義に反応して倒れるとは。

 有象無象のこいつらに、少しだけ親しみがわいた。ウザいのは変わらないけど。


「人のこと言えるのかよ」

「拙者も緑川殿がここまでノリが良い御仁だとは、今まで知らなかったでござる」

「おう、なんか最近少し柔らかくなったように見えたけど」

「あいては死ぬ魔法まで使えるってすごい。見直したよぉ」


「……お、おう、そうか」


 わけわからん。そんなところで見直されてもねえ。

 いやさ、こいつらとまともに話する機会って確かになかったけどな。

 俺はどちらかというと群れるのが嫌いだったし。


『柔らかくなったように見えた』


 それはおそらく。

 琴音ちゃんと一緒にいるおかげなんじゃないのかな、とは自分でも思う。


 …………


 ははっ。俺、笑っちゃいます、だよ。風見し〇ごさんが踊ってるぜ。

 今までギスギスしっぱなしだったんだな。ベッドをギシギシいわしてたやつらのせいで。


「ああ。そして白木さんもさ、なんか……最近すごくかわいく見えて」

「同意するでござる。最近の白木殿はよく微笑んでいるでござるし」

「はたから見てると、あんな笑顔するんだなー、って最近思うようになったなあ」

「うん、緑川くんがうらやましい」


「……」


 しかし、続いた有象無象の言葉に思わず絶句。

 なんだよこいつら。前の時には、話してても要領を得なくてイマイチだとか、いっしょにいても楽しくないタイプだとか好き勝手言ってたくせにさ。

 今になってあっさりテノヒラクルーしてやんの。理解できねえ。


 ふん、まあいいや。いまさら琴音ちゃんの魅力に気づいても遅い。

 もう俺の彼女だかんな。


 俺の……


 …………


 ああ、赤面してるよ、今の俺。

 アオハル真っ只中なのに赤くなるとはこれいかに。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そしてようやく昼休み。


「……しっかし、暇を持て余した神々がくせい遊びうわさってこわい」


「そ、そうですね。まさか昨日のことがこんなに広まってるとは……」


「ホント、どこでだれが見てるかわかんねえな」


 いつもの裏庭で、弁当を食べながら並んで会話する俺と琴音ちゃんであった。


 まさか初音さんが琴音ちゃんチェックしてたとこまで見られてないとは思うが、定かではない。

 噂の出所をたどると、どうやら諸悪の根源は新聞部の夏目亜里なつめありという人物らしいが、見られたのはこちらの落ち度だし八つ当たりはできん。

 壁に耳あり、障子にメアリー。くわばらくわばら。


「琴音ちゃんは、根掘り葉掘り聞かれなかった?」


「え、あ、あの、聞かれましたけど、笑顔で適当に応対してたら、すぐに鎮静化しました」


「けっこう図太いんだね」


「だ、だって……」


 そこで琴音ちゃんが照れたようにはにかみ。


「それどころじゃないくらい、今、しあわせですもん……」


 ぐはっ。

 俺は吐血した。脳内で。

 今のセリフといいしぐさといい、レギュレーション違反ですよ琴音ちゃんってばああもうかわいいなあぁぁぁぁ。


 思わず抱きしめたくなるが、人の目をもっと気にしないとならない。我慢だ我慢。


「あ、あとですね」


「ん?」


「クラスメイトから、嬉しいことも言ってもらえました。祐介くんとわたしがお似合いのふたりだって」


「……へ?」


「いつも楽しそうなわたしたちを見て、自分も彼氏が欲しい、って心から思ったって……」


「……」


 お似合い、ねえ。

 いやさ、自分を必要以上に卑下するわけじゃないけど。

 こんなにかわいい彼女が、量産型男子高校生の俺を好きでいてくれるって、夢じゃないのか、と。

 そんなふうに思うことはあるんだよ。


 …………


 なんだかんだ言っても。

 佳世に裏切られたことが、いまだに忘れられないのかな。ことあるごとにこんな考えが浮かんでしまう。


「……? どうかしましたか、祐介くん?」


「あ、い、いや。俺って、こんなにかわいい彼女がいて幸せ者だなあ、なんて思ってね」


 ギュッ。

 慌てた俺が思わずそう言ってしまったのを確認してから、琴音ちゃんが左腕に抱きついてくる。


「……わたしだけがそう思ってるんじゃないのが、こんなに嬉しい……」


 ──バカか、祐介おれは。

 その言葉は俺を反省させるのにじゅうぶんすぎた。

 反省してまーす、といっても大麻は持ってないからね。


『おまえは白木に対して、ブレるんじゃないぞ』


 ナポリたんにも言われたじゃん。

 琴音ちゃんは裏切らない。疑うような真似はしちゃいけない。

 そして琴音ちゃんを疑わせるような真似もしない。それがブレないってことだよ。


 だから、思い切り今の幸せを堪能しよう、二人で。


 …………


 最近波乱続きだったせいか、嵐の前の静けさにしか思えないのはなぜだろう。

 気のせいだといいな。


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