伏線回収に必死な様子が見てとれます

「真之助さん、ちょっといい?」


 ナポリたんとの密談を終え、またもやリビングに戻る。

 先ほどは何やら深刻な話をしてたように見えたが、真之助さんと友美恵さんの現在はまったりモードだ。オヤジたちが一旦席を離れているからかな。


「おう、どうかしたか祐介」


 俺は祖父母の正面の席へと座った。


「実は、訊きたいことがあって」


「ん? 改まってなんだ?」


「白木さん……初音さんのことなんだけど」


「……はあ? 祐介は娘さんと知り合いなんだろ? なんでわざわざ俺に訊くんだ」


 母父ボブいぶかしんだ。間違ってないぞ、真之助さんは母親の父親だから。


「いや、ちょっと疑問に思ったことがあって。この街に初音さんたちが流れ着いてきたときの話を……」


「……ああ、そういうことか」


「あら祐介~、琴音ちゃんと知り合いなの~?」


 真之助さんが納得すると同時に、友美恵さんが混ざってきた。

 おっと、友美恵さんも知ってるのか。いやそりゃ夫婦だし当然だろうけども。


 少々おっとりしているこの母方の祖母は、わりと天然のようなそうでもないような話し方をする。

 駄菓子菓子だがしかし、怒ると誰よりも怖い、とは母父とナポリたんの弁。


 そうして祖父母と孫の会話が始まった。


「は、はあ。奇妙な縁でして」


「そうよね~、奈保里とも同じ年だし、知っててもおかしくないわよね~」


 彼女です、とはさすがに言えないね、まだ。


「……そうだ祐介、その頃の初音さんに関しては友美恵のほうがよく知ってるぞ」


「え? そうなんですか?」


「ああ、この街にやってきてすぐに娘……琴音ちゃんが入院した時、面倒見たのが友美恵だからな」


「えっ!?」


「そういえばそんなこともあったわね~、もう少し遅れたら危険な状態だったらしいけど~」


 ファーストイヤーは初耳ってか。俺は思わず身を乗り出して友美恵さんに質問攻めをする。


「な、なんで入院したんですか?」


「え~と、たしか髄膜炎、だったかな~? ひとりでぐったりしているところを、アパートの様子見に伺ったら発見してね~」


「えらい重病じゃないですかそれ」


「そうね~、幸いにも早く処置できたから後遺症も残らなかったけど~。あ、でも~」


「……なんすか?」


「それまでの記憶がなくなっちゃって、いろいろ大変だったのよ~」


「……へっ? まさか、初音さんははおやの記憶とかも、ですか?」


「そうなの~。一時的なものじゃないかとはお医者さんは言ってたけど~、そうじゃなかったみたいでね~」


「……ちなみに、琴音ちゃんが何歳の時ですか?」


「ええっと~、確か六歳になったばかりのころ、だったかな~。誕生日のすぐあとだったようだから~」


「……」


 ということは、だ。

 琴音ちゃんは、母親が離婚していたことを記憶に残ってない、と言っていたけど。

 それってひょっとして、その病気のせいなんじゃなかろうか。


「祐介、ここだけの話だが」


 真之助さんが、突然真面目になる。


「その時の初音さんは、こういっちゃなんだが、目に余るひどさだったんだよ」


「目に余る……?」


「ああ。いわゆる、育児放棄ネグレクトってやつだ」


「!」


 俺は固唾をのんだ。

 あの優しそうな初音さんが育児放棄をしていたなんて思わなくて。


「だから友美恵も気にかけていて、まめに様子をうかがってたんだがな。さすがにそんな状況になっては、友美恵もきつく叱らざるを得なかった」


「きついなんてとんでもない~、真剣に言い聞かせただけですよ~」


 真之助さんの言葉をやんわり否定して、友美恵さんがお茶をすする。


「まあどっちでもいい。娘が入院して、その時から初音さんはまっとうな母親へと変わったと思う」


「そうね~、貸してあげた治療費なんかも、律義に返してくれたしね~」


「その後、初音さんは娘さんと店へ食べに来るたびに、少しづつお金を返してくれてな。全額返し終わった後に、『これからは正真正銘の親子として生きていきます』って宣言してったのを、今でもはっきり覚えてるぞ」


 ふと後ろを見ると、ナポリたんはスマホをいじりながら、離れたソファーの上で寝ころんでる。

 少ししか離れてないのに、あっちとこっちで空気の密度が異様に違うわ。話題がヘビー級どころかアナコンダ級だって。


 ――なるほど。


『私もやっと、本当の母親になれたんですから』


 初音さんのその言葉の意味を、ようやくおぼろげながら理解できた。


 まあ、理解できたふりはそのくらいにしておいて。

 初音さんも、おそらくそこで改心できるくらいなんだから、もともとはそんなにダメな人間じゃなかったはず。

 そんな人が育児放棄をするくらいに荒れた原因はやはり──


「──ところで、初音さんって離婚してこの街に流れてきたんでしょ? 離婚の理由とか相手のこととかわかります?」


 真之助さんは俺の問いに一瞬戸惑ったが、友美恵さんが代わりに答えてくれた。


「あ~、浮気がどうとか、信じていた相手に裏切られたとか言ってたのは聞いたわね~。詳しく知らないけど~」


 なんとなくその一瞬だけ、友美恵さんの眼光が厳しくなった気が……いや、真之助さんがとなりで肩をすくめている。気のせいじゃないかもね。

 ここを詳しく尋ねるのはやめといたほうがよさそう。考えるな、感じろの世界だ。


 …………


 それにしても、かなり踏み込んだ話が聞けたな。なんとなく白木家の事情も分かってきた。

 だからと言って俺は何もできない。しようがないと言ったほうが正しいのか。


「ま、まあ、初音さんの話はそのくらいにしてだ。祐介、聞いたぞ。大変だったようだな」


「あ、はい……」


 真之助さんの話題方向転換がこちらへ向いてきたので、思わず夜まで生返事。


「いろいろ言いたいことはあるだろうが、美良乃も孝弘君も本気で反省しているようだし、許してやってくれ」


「……もう許してますよ」


 これが琴音ちゃん効果というか。

 あの時の心をほじくり返されても、特にダメージは負ってない俺がいる。もちろん思い出したくはないんだけどさ。

 カワイイ彼女って偉大だな。セクシャルバイオレットナンバーワンなだけでなく癒し効果も絶大。最強じゃん。リライトリライト。


「……そうか。十七年前もなぁ……」


 真之助さんが何かを思い出すような遠い目になり、友美恵さんがクスクスと笑っている。

 この夫婦は祖父母ながら本当に仲がいいな。こんな夫婦になりたい。


 ……いや、誰と夫婦になるのよ。


 必死で脳内妄想をかき消そうとしていると、ラブストーリーさながらの突然さで玄関のドアが開く音がした。

 その帰宅者は来客に気づいたのか、ドアを開けてから慌てたようにリビングへやってくる。


「……ナポちゃん……」


 我が妹、佑美のご帰宅だ。ナポリたんの前で仁王立ちをしてる。

 目が血走っているのはなぜだろう。


 ぎょっとしてるナポリたんを見るのは新鮮だ。

 さすがになにやら感じたらしいが、少なくともそれがシンパシィでないことは間違いない。


「……お、おう。佑美、久しぶりだな。お土産が……」


「そんなことはどうでもいいの。ナポちゃんに今すぐ相談したいことがあるの」


「はぁ……?」


「このままだと私、誰も信じられなくなる。だからお願い、相談に乗って」


「お、おう……」


「ありがと。じゃあ私の部屋で」


「お、おい、なんだいったいちょ、おい、土産が……」


 拒否権もなく佑美に引きずられていくナポリたんを見て、俺も祖父母も唖然。


「……どうかしたのか、佑美は」


「なにやら、切羽詰まったような表情、してたわね~」


「……さあ?」


 男女という概念が信用できなくなったみたいで病んではいたけど、多分それの相談じゃないかな。

 という言葉は飲み込んだ。


 …………


 ま、大丈夫だろ、ナポリたんなら。

 佑美の悩みも、ちゃんと解決してくれるはずだ。


 …………


 ……


 なにやら佑美の部屋が騒がしいけど大丈夫かな。

 大丈夫だよね。だって佑美とナポリたんはずっと……仲間だもんげ!


 …………


 ……


 もう許してやれよ。

 アーメン。


「なんで祈ってるんだ祐介ぇぇぇ! 異変を感じたら助けに来い!」


「あ。ナポリたん生存確認。よかったね」


「よくないわ! もう百合の住処こんなところにはいられん! ボクは家へ帰らせてもらう!」


「何があったのかは知らんけど、そのセリフはやめたほうが……」

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