タチバ・スワップ

恋人道、始めます!

 幸せなはずなのに少しだけMOODムードMADマッドになってしまったので。

 俺はとりあえず琴音ちゃんを送りとどけ、当然に別れのキスなどもないまま、自宅へ戻った。


 すると、玄関に靴が三足ほど多い。

 まさかと思い、リビングまで向かうと。


「よーう、祐介」


 テレビ前のソファー上でだらけてお菓子を食べていたナポリたんが挨拶をしてきた。

 奥のテーブルには、真之助じいさんと友美恵ばあさんもオヤジたちと一緒に座っている。心の声だけな。

 妹の佑美はまだ帰宅してないようだ。


 何やら込み入った話をしていたように思える祖父祖母に軽く挨拶をし、ナポリたんのわきへと移動して、さっそく尋ねる。


「どしたのナポリたん、小松川家勢ぞろいで」


「ん、いや、旅行のお土産を届けに寄ったんだけど」


「……ああ」


 納得。

 しかしさっきナポリたんが食べていたお菓子は、お土産に持ってきたものみたいだけど……セルフ消費すんな。

 まあいいか。どんな味なのか興味はわくよな、熊本名物『馬刺しパイ』って。うなぎパイの仲間みたいなもんかな。


 叔母と一緒にお土産を貪り食う。

 なんとなくコンビーフみたいな味がするパイを堪能しつつの会話スタート。


「……いろいろあったみたいだな、祐介」


「ん? いきなりなにさ」


「さっきチラッと話が出てたぞ」


「なるほど……まあね」


 馬刺しパイを二枚消費してから、意を決して提案。


「……ところでナポリたん、報告があるんだけど。ここじゃなんだから、俺の部屋に来ない?」


 ナポリたんは理由も聞かずに頷いてくれた。



 ―・―・―・―・―・―・―



「……そうか! やっとその気になったか! おめでとう!」


 部屋に入って。

 まずは、きょう正式に琴音ちゃんとつきあうことになったと報告した。

 ナポリたんは祝福の意味を込め、俺の背中を数回ポンポンと叩いてくる。


「ありがとう、ナポリたんのおかげでもあるよ」


「ボクは何もしてないぞ。まあ、いざとなったら尻蹴とばすくらいはやったかもしれないけどな」


「いんや、ナポリたんに言われたことが真剣に考えるきっかけになったからね」


 最後に気合いを入れるかのように、力を込めてバシン! と肩を叩かれ。

 ナポリたんが表情を変えた。


「……で、佳世の件は、どうなったんだ?」


「……ああ」


 やっぱりそっちへ話は向くのね。

 いいことだけ報告したとしても、現実から目を背けるわけにいかないしな。


「一応軽くメールで報告したとおりだけど……昨日、改めて佳世から謝罪された」


「ほう」


「なんでも……」



 ────────────



『祐介、本当にごめんなさい。謝っても許してもらえないのはわかってる。それでも、ごめんなさい』


『心の叫びを泣きながら伝えてくれた祐介の姿を見て、自分がとてつもなくひどいことをしたって痛いほどわかった』


『これからは、自分のためじゃなく祐介の心を癒すために、誠心誠意謝罪して過ごします』



 ────────────



「……だってさ」


「ふーん」


「……それだけ?」


「ああ。やっと色ボケから醒めていつもの佳世に戻った、ってだけの話だろ?」


 ナポリたんがしれっとそう言って、紅茶をすする。

 うーん、そうなんかね。

 確かにまあ、それまでいやなやつではなかったわけだから、佳世となんだかんだ言いつつも仲良くしていたわけだけどさ。


「で、祐介はどう答えたんだよ?」


「あ、いや……」



 以下回想。



 ────────────



『そんなこといわれても、何もかも遅いわもう』


『……うん。でも愚かな自分がこんなにイヤになって、そして祐介はわたし以上にイヤな気持ちになったんだって思うと、たとえ許されないってわかってても贖罪せずにはいられないの』


『贖罪なんてされても迷惑だわ。俺のことなんか忘れて池谷と仲良くやれよ。こっちだって琴音とつきあってるしな』


『ううん、ひろ……池谷君とはもう別れる。ちゃんとつきあおうといわれたけど断ったよ。わたしにとって一番大事なのは祐介。祐介以外の男の子には、もうなびくつもりもない。たとえ祐介が白木さんとつきあってても、その気持ちは変わらないから』


『バカみてえな言い分だな。ヒロポンでもキメてラリってんのか?』


『ラリってないよ。やっと冷静になれたの。だから、もうわたしは祐介以外見ないことにする。許してもらえなくても』


『……』


『そして、もし祐介がわたしを必要としてくれる日が来たら……いつか頼ってほしい。私はどんな頼みでも、笑って『SAY YES』って答えるよ』



 ────────────



「……な? やっぱラリってるだろ? 朝の月が出てるタチのわるい方向へ行っちゃったわ」


「祐介、それ以上はいけない。盗撮するような方向へ行かないだけマシだと思うべきだ。で、どうするつもりだ?」


 改めて考える。


 でもさ。

 もう佳世のことはどうでもいいっていうかなんて言うか。

 池谷と行為しようが妊娠しようが結婚しようがどうぞお好きに、って感じ。100%、そうかもね。


「……ぶっちゃけ、佳世のことはどうでもいい、というか、もう気にならなくなってきた」


「そうか。だいぶ吹っ切れたという感じだな。まさしく『好きがなくなって無関心』に近いだろ」


「なんかそう言われると俺が冷血人間みたい」


「んなこたない。重課金するプレイヤーをないがしろにするソシャゲが廃れるように、一番大事なものを大事に扱わなかった佳世が受ける当然の因果応報だ」


「おいたとえ」


「すまん、ガシャが散々な結果に終わってつい。まあそれはそうとしてだ、だからこそ」


「……なにさ」


「おまえは白木に対して、ブレるんじゃないぞ」


 ナポリたんが発する言葉の語尾に強くこもる力。

 琴音ちゃんは当然として、ナポリたんも裏切ることなんかできないからな、負けじと力を込めて返事させてもらうわ。


「もろちん」


「パンツごとズボン下げてやろうか?」


「ジョークです。もちろん」


 俺がそう言い切るのを確認したナポリたんは、伸びをしてから。


「じゃあ、ボクも少しは冷静になった佳世と話をするかな。今後のために」


「今後……?」


「ああ、こっちの話だから祐介は関係ないさ。ま、バスケ部員のことは気にせず、白木と仲良くやってな」


 そんなことを言って部屋を出ていった。


 間髪入れず、俺じゃなくスマホがブレる。

 琴音ちゃんからだ。


『彼女になって初めてのメッセージです。今日はありがとうございました。一生忘れられない一日になりました』


 彼女になって初めて、という文に意味もなくジーンとくるなぁ。アイラブジーン。


『俺もだよ。そしてこれからもよろしくね』


 即レス。あえて先ほどのもっこり山には触れない。まだセックスレスだもん。


 すると、またまたレスがすぐに。


『正式につきあい始めたこと、お母さんに報告しました。そして許しをもらえました。きゃっ(はぁと)』


 おお、つきあってもいいという許しが出たか。

 よかったよかった、初音さんには、また今度改めてあいさつしに行こう。


 …………


 そうだ。

 初音さんと言えば、今日の昼間の件で、引っかかることがある。


 …………


 ここは頼りになる祖父、真之助さんに尋ねてみるのもいいんじゃないだろうか。

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