浮気してくれてありがとう

「……琴音、本当にごめんなさい」


 落ち着いた後に、自分の行動がとんでもないことだとようやく自覚したのか、駐車場の片隅で初音さんが土下座していた。


 ふかぶか。


 股間に降りていた血が分散したおかげでようやく思考回路が正常化した俺は、またまた親が子にする土下座シーンを目撃してしまい、いやな気分になる。


 でも、さっきの初音さんはなんだか別人みたいだった。というか、俺が見たことのない初音さんの一面、なんだろうけど。


「本当にごめんなさい。また琴音をひどい目に遭わせてしまった。こんな母親失格な私が糾弾する資格なんてないのに、二人にも裏切られたと早とちりして、心がざわついてしまったの。許してください」


 初音さんは誠心誠意謝罪している。

 実の娘相手だというのに、これ以上なく下手したてに出て。


 なんか、いままでは普通の母娘と思ってこの二人を見ていたけど、『また琴音を』とか不穏なセリフもあったし、言葉の裏が気になるわ。


 …………


 まあでも、気になったからと言って、首つっこむわけにはいかないので、流そう。


「ゆ、祐介くんは……」


「……ん?」


「わ、わたしが汚れてしまったと、思ってますか……?」


「……いや。白い天使だと思ってる」


 いきなり会話を振られて、俺は視線を下にずらしながらそう答えた。

 巻きスカートが相変わらず無防備ですがな。うん、今日も白ですね。琴音ちゃんには白が似合うよ。いいにおいもしそう。白さと香りの琴音ちゃんぱんつ。


「な、ならよかったです。というわけなので、お母さん、も、もういいですから……」


「……もう疑わないと誓います。本当にごめんなさい」


 ほっとした琴音ちゃんが許そうと優しい言葉をかけても、初音さんはさらに深く頭を下げる始末だ。

 ここが鉄板の上だとしても、額をつけそう。


「え、えーと、謝罪するなら、ここじゃなくて自宅とかのほうがいいとも思いますし、いいかげん土下座やめましょうよ初音さん」


 ついでに処女確認らしき行為もここじゃないところでやった方がよかったとも思うけど、それを忠告したら無限ループに陥りそうである。

 俺はそう言いつつ初音さんの腕をつかんで引き上げた。力なく、渋々と言った感じで立ち上がる初音さんにとりあえずホッとするのもつかの間。


「……祐介くんも……疑ってごめんなさい。信じてあげなくてごめんなさい」


 謝罪しつつ、またまた座り込みそうな初音さんを全力で阻止。


「だーかーらー、やめてくださいって! それに、琴音ちゃんに初音さんが忠告した内容、俺も聞かされて知ってましたし、裏切ることなんてできませんよ」


「……裏切れないと思っている相手を、平気で裏切ってしまう。それが恋愛なのよ」


「……はい?」


「そうして裏切った挙句、望まない妊娠をしてしまう。そんなことになったら、誰も幸せになれないの」


 初音さんのセリフが重い。誰の体験談だ。巨大掲示板の浮気・不倫板を閲覧してるときのような気分はイヤだぞ。少なくとも今の状況には適合しない。

 どんな修羅場をくぐってきたんだろう初音さんこのひと


 ああもう、仕方ねえな。意味合いが多少違ってもいいや、レツ&ゴー、バツ&テリー。


「……誰も幸せになれないなんて、限らないと思います」


「……えっ?」


「あのですね、ウチの両親も望まない妊娠をした結果、俺を産んでくれたんですよ。それで苦労したことは散々聞かされてました」


「……えっ?」


「でも、ウチの両親は現実から逃げずに、俺を必死で育ててくれました。そして今は幸せです」


 幸せかなあ、と最近の騒動を思い起こして疑問が浮かぶが、些細なことは胸の内にしまっておこう。


「まあ、望まない妊娠だけは俺にとって反面教師ですね。だからこそ、生半可な性欲に負けて、琴音ちゃんに手を出したりしませんので、安心してください」


「……そ、そんなことが……」


 信じられない、と言わんばかりの初音さんの視線を受けつつも、俺はさらに力強く腕を引っ張り、なんとか立たせることに成功した。


「……祐介くんも、そんな業を背負わされて生まれてきたのね。つらく、なかったの……?」


 初音さん、なんてことを訊いてくるんですか。俺がまるで愛されてない子供のように言わないでくださいって。


 ……少し不安になってきた。大丈夫だよな、おとといのこと以外は。無理やりにでも大丈夫ということにしておかないと話が進まない。

 

 で、だ。

 なにやら深刻なあさっての方向へと話が向かってるように思うんだけど、どう言うのが正解か迷う。


 …………


 いや、正直に言えばいいか。

 こうやってここで生きていることが、俺にとっては一番大事なことなんだからさ。


「つらいわけないじゃないですか」


 キッパリ。


「母さんが俺を産んでくれたからこそ、俺はこうやって生きていられるんで。妊娠した経緯はどうであれ、俺はそのことに感謝しています」


「!!!」


 初音さん、フリーズ。プチュンと画面が消えた音が聞こえた気がした。

 やったよレアフラグゲットだよ! 十万分の一以下の確率だよ! ドヤ顔で缶コーヒー買いに行っていいよね。

 まあ、初代まどマギのように、一瞬何が起こったかわからないフリーズもあるけどな。プチュン音もなくいきなりまどかがセリフをしゃべるなんていう静かな演出がフリーズと気づくまで十秒くらいかかったぜ。


 ああ、なんで知ってるかというと、オヤジが実機を持ってるからだ。俺もよく遊んでるぜ、ひつまぶしに。


「……琴音」


「は、はい」


 初音さんがしばらくしてからゆっくり琴音ちゃんのほうを向き、呼びかけた。


琴音あなたは……生まれてきて、幸せだったの?」


 なんでそんなことを今さら娘に訊くのかなあ。それともさっきひどいことしたのをそんなに後悔しているのか。ミステリー、いやヒステリー?


 ──答えなんて決まってるだろうに。


「……はい」


 ほらね。


「わたしは、お母さんの娘に生まれて、よかったと思ってます。それに……」


 琴音ちゃんはそこで言いよどんで。

 それでも、力強く最後まで言い切った。


「お母さんの娘だったからこそ、祐介くんとも、知り合うことができました」


 その言葉を聞いて、初音さんが思い切り自分の娘を抱きしめた。


「琴音! ことねぇぇぇぇ……ありがとう、ありがとう! 私の娘に生まれてきてくれて、本当にありがとう……」


 それから初音さん号泣。

 なんだこれ、わけがわからないよ。弓矢を当てられたイン〇ュベーターか俺は。


 ──でもさ。


『祐介くんとも、知り合えました』


 そんなこと言われたら、俺だっていちゃうじゃないかい。アンタ背中がすすけてるぜ。


 もちろん琴音ちゃんももらい泣きして、三人でしばらく泣いてた。


 …………


 ラブホの経営者の方、駐車場の片隅こんなところで大騒ぎしてごめんね。



 ―・―・―・―・―・―・―



 初音さんはもうすぐ休憩時間が終わるので、三人が落ち着いた後、ラブホの駐車場を後にする。

 泣いた後ってスッキリするもんよね。きっと初音さんもそうだったのだろう、いつもの穏やかな雰囲気を完全に取り戻していた。


 それに対し、池谷は相変わらず、ラブホ前で放心状態のままヨツンヴァインになってた。もうヴァカかとアフォかと。


 ゆっくり歩いてた初音さんが、池谷の前でふと立ち止まる。


「この男の子……なのよね。琴音の元カレで、裏切って浮気したっていうのは」


「「はい」」


 俺と琴音ちゃんが即返事。

 まあ、初音さんには俺たちが知り合った経緯を説明してはいたから、こいつが元凶だと思うと憎さ百倍ではあるだろう。


「……池谷君、だったかな。琴音を裏切ったことは、許せないけど……」


 案の定、罵倒するのかな……なんて思ってたら。


「琴音を幸せにするには、キミでは力不足だったみたい。キミが浮気してくれたおかげで、琴音がホンモノ・・・・と知り合えたわ。本当にありがとう」


 池谷に近寄り、憎しみとは真逆の言葉でサラッと毒を吐いていた。多分本人には聞こえてないと思うけどね。


 …………


 いや、なんか池谷の痙攣が激しくなった気がする。イッたか。

 マジで命の危険かもしれないので、あとで救急車呼んでおこうっと。えーと、110番でいいのかな。ああでも連絡すると面倒が起きそう。


「……あ、あと、琴音。今日のことはまた改めて、家に帰ってから謝らせてもらうわね」


「も、もういいのに……お母さんったら」


「そういうわけにはいかないの。それに、伝えたいこともあるしね」


「……? は、はい」


 軽く親子の会話をして。

 それから俺に向かって「邪魔したわね。それじゃあ」と残し、初音さんは仕事へと戻った。


 そして、残された俺と琴音ちゃん。

 予定はかなり狂ってしまったが、どうすべきか。


 …………


 うん、毒を食らわばサラトガ、ダイナマイトバディ。別にここがカ〇カワ系列だからと言って艦〇れにこびてるわけじゃないけど、思い立ったら告るしかない。

 琴音ちゃんにあんなふうに思っててもらえるならば、一刻も早くこちらからもオトコを見せねば。


 …………


 ボロン。

 

 …………


 そのポ〇クビッツしまえよ。


「じ、じゃあ、予定は狂っちゃったけど、これから絵本作家さんの個展、行こうか」


「は、はい!」


 少しだけ。

 琴音ちゃんに告白する心の準備時間、ちょうだい。

 次回は絶対告白するからさ。


 ──ああ、ヘタレは治らず。

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